27.襲撃.
アルウェイ公爵と談笑を続けていると、あっという間に日の出を迎えた。
長い時間を公爵とともに過ごしたことで、彼が割と親馬鹿であることがわかった。とはいえ、娘から快く思われていないことを知っているジャレッドとしては少し、不憫にも思う。
さすがにオリヴィエとハンネローネが別宅で過ごしていることについては聞くことができなかったが、同居するようになれば色々な疑問が解けていく――そんな予感があった。
久しぶりに楽しい会話ができたと言ってくれた公爵と一緒にテントの外へ。すでに、炊き出しの支度をしている兵士たちに交じって住民たちの姿が見ることができた。住民たちはジャレッドに気づくと、感謝と心配していたと次々に言葉をかけてくれる。
住民たちに応えながら、彼らのために戦えたことを嬉しく思えた。
「ジャレッド、具合はよくなったのか?」
「――ラウレンツ、お前こそどうなんだ?」
住人たちに活気が失われていないところを眺めていたジャレッドに声がかけられた。二日ぶりに会ったラウレンツだ。
「僕はすっかり回復した。ほとんど眠っていたので、気付けば回復していたと言うべきなのかもしれないがな」
「回復したならなによりだ。俺も腕のしびれこそ少し残っているけど、体力は取り戻した」
二人はお互いの無事を確認すると、拳をぶつけ合い、笑って地面へ腰をおろす。
ともに上着こそ羽織っていないが戦闘衣姿だ。寝すぎたせいで充血気味の瞳は同じで、そろって寝癖もついている。
「竜種の鱗はよほど固いらしいな。昨日、お前が応急処置をした場所を医者が確認していたところを見たが、よほどの力自慢でもあれだけの時間で縫うことは不可能だそうだ。お前はどれだけ力があるんだ?」
呆れた様子のラウレンツにジャレッドは苦笑する。
「力はそんなにないよ。昔から剣を使っていたからそれなりにあるんだろうけど、力を自慢するほどじゃない。正直、夢中だったし、魔力に助けられていたからできたんじゃないかな」
「魔力に助けられていた?」
「ああ、昔は身体強化魔術なんて便利なものがあったらしいけど、今はそんなのないだろ? でも、一時期、魔力によって身体が強化できるなら便利だなって思って試行錯誤したことがあったんだ。だけど失敗。だけど、魔術に魔力を追加することで魔術そのものが強化される場合があるみたいで、一昨日は黒曜石の槍に魔力を少しだけど流し続けていたんだ」
効果があったかどうかまでは判断できない。
ジャレッド自身の力が足りないなら、他を強化しようと試みたのだ。結果としては、竜種の鱗を縫えているので強化できたのかもしれないが、あのときは夢中だったので自分でもはっきり覚えていなかった。
ただ思うのは、無事に竜種が救えてよかったということだけ。魔術師としては失格なのかもしれないが、人として間違っていなければそれでいい。
「よくも、行き当たりばったりで……」
「結果がよければいいだろ?」
竜種を倒す準備はしていても、治療する準備をしていなかったのでしかたがない。ジャレッドとラウレンツは顔を見合わせて笑った。
少し他愛のない話をしていると、次々に住民と兵士が広場に集まってきた。炊き出しの人間が足りなさそうだったので、二人も手伝い、朝食があっという間に配られた。ジャレッドたちも軽く済ませ、帰り支度をすることになった。
町長のジーモンと青年の代表が挨拶にきて、何度も礼を言ってくれた。
今まで万が一のことを考えて情がわかないように名前をつけていなかった竜種に、正式に名前を付けると聞いた。すでに情が移っているので今さらだと笑っていたが、領主に住民と認められたのだからしっかりと名付け、改めて住民として受け入れるとのことだ。寝床も町の中に用意するらしく、住民たちは喜んだという。
竜種はこの町のよき守護者となるだろう。まだ子供ではあるが、成長していけばいずれ先日戦った冒険者などが束になっても太刀打ちできない強さになることは目に見えている。そんな竜種が仲間と認めた住民たちを守るのだ、よほどのことがない限り安全だろう。
ジャレッドは復興した街に必ず訪れると約束して、握手を交わした。
竜種の様子を見にいき、元気に草を食べている姿を見て改めて安堵すると、声をかけた。竜種はジャレッドのことをしっかりわかっているようで、人懐こい瞳を向けて鳴いてくれた。竜種とも別れを済ませ、アルウェイ公爵に挨拶しようとしたその時だった――。
「――ッ」
突然のように現れた殺意に襲われた。
反射的に迫りくる白刃を掴む。
「見事だ、ジャレッド・マーフィー」
「誰だよ、お前ら」
襲撃者は二人。目元以外を黒衣で纏っている。明らかに魔術師や冒険者ではない――暗殺者だ。
奇跡的に掴んだ襲撃者の腕に力を込めるが、痛がる気配もなければびくともしない。そうとう鍛えられていると判断して、腹部を蹴り飛ばして距離を置く。
襲撃者は二人、得物はそれぞれナイフを一振り。対してジャレッドは素手だ。考えなくても不利だった。
「もう一度聞く、誰だ?」
魔力を練って威嚇する低い声を出すが、返事の代わりに襲撃者は左右に分かれて飛びかかってきた。
地面に流し込んだ魔力が地精霊に与えられ、石の槍が複数生まれて襲撃者を襲う。しかし、襲撃者の身のこなしは軽く、襲いかかる槍の切っ先に足を置くとさらに跳躍した。
舌打ちをしながら、さらに魔力を練って黒曜石の槍を生みだす。一本を武器として構え、残りを連続して放つ。
襲撃者は魔術師と戦いなれているのか、ナイフを使い槍にぶつけることで軌道を変えながら頭上より降ってくる。
襲撃者の体を何本もの槍が掠めるが、傷つくことなど気にする様子も見せない姿は死を覚悟した者のそれだった。
最初の攻撃を手のひらで受け止める。ナイフが貫通し、激痛が走るが、奥歯を噛みしめ堪える。受け止めたナイフごと腕を掴み拘束すると、二人目の襲撃者の攻撃の楯とする。だが、襲撃者は仲間が楯にされたことなど構うものかとナイフを突き立てた。
ジャレッドはとっさに拘束を緩め一歩下がる。
「お前……仲間ごと……」
ナイフだけではなく、腕までが楯となった者の胸部を貫通しており、もし後退していなければ刃がジャレッドに届いていたことは間違いない。
胸を貫かれて絶命した男を地面へ投げ、手のひらのナイフを抜いて構える。
「名乗れよ、襲撃者」
「個の名前は必要ない。我らはヴァールトイフェル。ただそれだけだ」
「……ヴァールトイフェルだと――大陸でも有名な暗殺組織が、俺に何の用だ?」
「今回はただ警告にやってきた」
襲撃者はそう言って構えをとく。
「ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイに近づくお前が、我々の脅威にならないように」
「そう言われて、はいそうですか、って言うことを聞くと思っているのか? もし、あの二人を少しでも傷つけてみろ、どこに隠れようと暴きだして殺してやる」
「よい殺気だ。だが、このような場所にいるお前になにができる? ヴァールトイフェルは我らだけではない」
「――ッ! まさか、お前!」
既に手遅れだと言わんばかりの脅しに、黒曜石の槍を精製して放つが、冷静ではないジャレッドの一撃は容易くかわされてしまった。
「警告したぞ、ジャレッド・マーフィー。我々に殺されたくなければ、あの親子にかかわらないことだ」
そう言い放ち、襲撃者は身をひるがえしていく。
「待てっ!」
追いかけようとしたジャレッドだったが、
「ジャレッド! なにがあった!?」
「何事だ!」
ラウレンツとアルウェイ公爵が現れたことで、意識がわずかにそちらへいってしまった。その隙に、襲撃者は消えた。
「傷を負っているではないか、誰にやられた? この倒れている者の仕業か?」
ジャレッドの腕を取り、心配そうにするアルウェイ公爵に、襲撃者の狙いがオリヴィエたちか言うべきか迷う。
真偽が定かではないため、簡単に口にしていいことではないとわかっているが、ジャレッドには黙っていることはできない。
「アルウェイ公爵」
「どうかしたのか?」
「お話があります」
わずかだが、オリヴィエが抱えているなにかに近づくことができたと感じながら、ジャレッドは公爵へ事情を話すのだった。