40.襲撃者の行方.
「――はぁっ、はぁっ……侮っていなかった、慢心もしていなかった、しかし――この体たらく……おのれっ、子供でも宮廷魔術師ということか」
息も絶え絶えに石化した両腕と衣服の重さと、傷と疲労によって疲弊した体を引きずりながら、襲撃者はムラスタの街から離れた獣道を歩く。
「いまだ石化は続くか……まさか古代に滅んだとされる石化魔術を、この目で見るどころか直接食らうことになるとはな。魔術師としては本懐だが、すべきことがある人間には堪える」
ジャレッドの放った石化魔術は襲撃者の両腕を石化させただけでは飽き足らず、今もなおゆっくりと体を蝕んでいる。
残り少ない魔力を使い抵抗を続けているものの、いずれは腕から肩へ、そして体中に石の呪いは広がっていくだろう。そして、待っているのは――死だ。
「――ジリル」
聞き間違えるはずもない声に、自分の名を呼ばれ襲撃者は顔を上げた。
男――ジリルの眼前には、似通った容姿をもつ男性が立っていた。双子、と言われれば納得ができるほど、二人の人相に共通点は多い。同じ金髪と、冷たい氷のような瞳。強いて違いを上げるなら、男性のほうが髪は長く、少しではあるが瞳にも温かみを感じることができる。
「兄上」
兄、と呼んだ男にジリルは膝を着こうとするも、石化された腕と衣服がそれを拒む。
「構わない、楽にしていろ。しかし、その腕は――そうか、ジャレッド・マーフィーに石化されたのだな?」
「申し訳ございません、奴の力を見誤っていました」
「謝るな。彼を見誤っていたのは私も同じこと。それよりも、石化された腕は?」
ジリルは兄に首を振った。
体を蝕む石化は、全身に広がる前にジリルの肺を石と化し殺すだろう。腕は、完全に石となっており、手の施しようがない。そもそも、失われた石化魔術の解除方法など知る由もないのだ。せめて、ただ表面上が石化しただけだったのなら違ったかもしれないが、骨まで石になっているはずだ。
「奴の力量は魔術を使い始めたとは思えないほどです。よほど才能に恵まれたのか、それとも師が優れていたのか、いえ、両方かもしれません。ですが、両腕の引き換えに殺しました」
「よくやってくれた。フーゴ・リュディガーはどうした?」
「公爵は生きています。奴を殺すだけで精いっぱいでした」
悔やむことしかできず、ジリルは唇を噛んだ。
せめて片腕さえ少しでも動けば、いくら武人とはいえ意識を失っている人間など容易く殺すことができたはずだ。
どこまでも邪魔をするジャレッドを忌々しく思いながら、彼の死を見届けることができなかったことだけが心残りだ。
「お前は本当によくやってくれた。今――私の手で楽にしてやろう」
「感謝します、兄上」
「もういい、無理をするな。辛くなるだけだ」
兄の気づかう声を無視して、ジリルは続ける。最期の言葉となることがわかっているため、兄も本気で止めようとしなかった。
「この身を持って奴の異常性を知りました。いくら兄上でも、石化魔術を受ければ太刀打ちできません。奴は、マーフィーは化け物です」
「だが、その化け物をお前は殺してくれた。もう私を阻む敵はいない。王立魔術師団に属する多くの魔術師は、私たちの考えを知れば味方になるはずだ。宮廷魔術師が立ちふさがろうと、数が揃わない奴らなど怖くはない。私たちの未来はお前が切り開いてくれたのだ」
「お役に、立てましたか?」
荒い呼吸とともにジリルが問う。
「もちろんだ。感謝の言葉しか見つからない。お前のおかげで、もっとも未知数だった敵はもういないのだ。あとは騎士団も、宮廷魔術師も、貴族も、王族もすべて殺せばいいだけ」
「最後までおつきあいできず、残念です」
「私もだ。しかし、お前の想いは私の中で生き続ける」
弟の体を力いっぱい抱きしめ、兄は涙を流す。
ともに育ち、魔術師として切磋琢磨してきた半身を失う痛みに、心が張り裂けそうになる。
「このジリル、兄上の弟として生を受けたことを、心から、感謝、しています」
「私もお前が弟でよかった。来世でも、兄弟となろう」
右腕に魔力を集中させると、冷気とともに氷の刃が生まれる。
腕に纏わりつくように伸びる、氷刃を弟の胸へ押し当てた。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません。さようなら、兄上」
「さらば――ジリルよ」
別れの言葉と同時に、氷刃がジリルの心臓を貫いた。
口から血を吐き、呼吸を止めた弟の体がゆっくりと地面に傾く。受け止めはしたが、石化した腕が絶命した拍子に砕けてしまう。
死してもなお弟を苦しめる若き魔術師の石化魔術に感嘆するも、今は怒りと悲しみのほうが強い。
体はそのうちすべて石と化すだろう。ならば、その前に兄として、家族として弟の亡骸を持ち帰るため、氷刃を横に一閃しジリルの首を刎ねた。
「この手で殺せなかったこと、酷く残念だ、ジャレッド・マーフィー。弟の仇として、お前の愛する者をすべて殺してやろう」
弟を奪われたやり場のない怒りは、ジャレッドの周囲へ向かう。
今は無理でも、事を成した暁には死した仇のもとへ婚約者も家族も全員送ることを男は決意する。
「愚かだな、若き魔術師よ。お前は味方する相手を間違えた。進化した私たちが、進化できなかった人間にいいように使われるなど、あってはならないとなぜ気づけなかった?」
男は当初からジャレッドを殺そうと企んでいたわけではない。初めは見極めようした。食人鬼の群れを前に、どうするのかと観察したのだ。
結果は、その身を顧みず非魔術師を守ろうと戦い続けた。高潔かもしれないが、愚かでもあった。
若いことを差し引いても、取り返しのつかないほど非魔術師に肩入れしてしまっている少年を放置することを危険だと判断し、信頼する弟と部下に殺すよう命じた。
結果、代償に弟を失ってしまった。
だが、犠牲をだしても殺さなければならなかった。男とは違う、魔術師たちはなにを代償にしてもジャレッドを取り込もうとしていたのだ。彼と婚約者の関係を破壊し、より優秀な子を残すために相手を複数人用意していたと聞いている。
その考えに男は反対だった。後継を作ることは構わないが、成すべきことを前に悠長なことをと思わずにはいられなかったのだ。
いまは正統魔術師軍が一丸となって行動するべきにも関わらず、つまらない派閥争いのせいで水面下に動くほかない。
彼さえいなければ、宮廷魔術師など恐れるに足らないと誰もが理解せず、状況を見守ると逃げ腰になっていた。
「……愚か者どもめ、お前たちはなにもせずただ見ていればいい。どうせ新たな世界にお前たちの居場所などないのだ」
魔術師でありながら魔術師として生きようとせず、口で不満を並べるだけの人間には用はない。
男の計画はもう始まった。あとは水が流れるように、自然とことが進んでいくだろう。
長きにわたり願い続けてきた、魔術師の国を手に入れるまで――もう少し。
「――我ら正統な魔術師の未来のために」
活動報告のほうに書籍に関する重要なお知らせを書かせていただきました。
どうぞよろしくお願い致します。




