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26.魔術師協会からの依頼 そして……2.



 ジャレッドが再び目を覚ますと、テントの中はもちろん外もまだ暗かった。

 複数のテントが用意されているのが噴水のある町の広場であることを今さら知る。誰もが眠っているのだろう、人の声はなく静寂が保たれていた。

 竜種がどうしているのか気になったが、おそらく住民と同じように眠っているのだと推測する。

 眠り続けただけあって体力は回復していた。全快、と言えないのが残念ではあるが、魔力の方は消費そのものが少なかったので、もう一度眠れば万全となるだろう。

 竜種を縫う、と言葉にすれば実に簡単だが、硬い鱗を無理やり縫わなければいけない作業が改めて大変だったと実感した。

 まだわずかに違和感が残る右手を動かしていると、ふいに声がかけられた。


「起きていたのか、ジャレッド」

「あ、アルウェイ公爵?」

「なにか心配事でもあったかな?」

「いえ、目が覚めてしまったので外の空気を吸いたくて」


 テントの中で眠っているのも悪くはなかったが、少しだけ体を動かしたかったこともある。長い時間眠っていたせいで、体が少しだけ固くなっていた。


「アルウェイ公爵こそ、まだ暗いのになにをしておられるのですか?」

「私は皆よりも早く休ませてもらったのでね。その分、早く起きてしまったのだよ。この町は森に囲まれているので空気が澄んでいるから気持ちがいいね。そうだ、よかったら話をしないかい?」

「構いませんが……」

「娘のことで少し君と話しておきたいと思っていたんだ」

「はい。よろしければ、春とはいえ朝は冷えるので、テントの中で話しましょう」

「すまないね。お言葉に甘えよう」


 テントの入り口をめくり、公爵を中へ招く。

 中に置かれている椅子に公爵が腰を下ろすのを確認してから、小さく頭を下げてジャレッドも腰かけた。


「さて、娘の話もしたいが、その前に君が寝ていた間のことを伝えておこう。おそらく、気になっていると思うからね」

「お願いします」

「住民たちに炊き出しをし、ここと同じテントを複数用意した。しばらくの間はテント暮らしになってしまうが、時期的にこれから暑くなっていくので若干の不便さを我慢してもらうことにはなるが大きな問題はないはずだ」


 公爵の言葉にジャレッドは安堵した。テント暮らしは確かに大変だが、雨露を防ぐことができるだけでも違いは大きい。住み慣れた家がなくなってしまったことは本当に残念だと思うが、復興に関する必要な資金も取るべきところから取ると言ってくれていたので住民には負担がないだろう。


「事が事だったので、復興するまで税も免除する予定だ。いずれ町が復興した折には、竜種とともに町おこしをすると住民たちは張り切っていたよ。こんな状況になっても希望を捨てない彼らを私は尊敬する」

「私も同じ気持ちです」

「冒険者に関しては、昨日の内に王都へ送った。私の領地で起きたことなので断罪するのは簡単だが、魔術師もいることもあって魔術師協会を含め裁判を行う予定だ。もちろん、投獄することはすでに決まっているし、彼らのしでかしたことはあまりにも罪深いため慈悲はかけない。彼らに依頼した商人と冒険者ギルドの役員も王都の人間だったので、全員まとめてということになる」


 だが、実際に投獄される者は剣士たちくらいかもしれない。魔術師である彼女はもしかしたら魔術師協会が身元を引き受ける可能性もある。協会は魔術師のための組織なので、彼女が反省し、協力的になるなら仮に投獄されても早く刑期を終えることはできる可能性もないわけじゃない。

 商人に関しては少し難しい。竜種を求めることそのものは罪ではない。しかし、商人の依頼がきっかけで大きな被害が出たことも確かなのだが、原因の大部分は冒険者たちの行動だ。財産没収や、ペナルティはあるかもしれないが大きな罪に問われることはないだろう。

 冒険者ギルドに関しては、関わりがないのでわからない。だが、冒険者たちの問題行動を黙認しているのは明らかなので、なんらかの罪に問われればいいと思う。


「冒険者と冒険者ギルドには私たちも困らされているよ。だが、彼らも組織としては必要だ」


 やや苦い表情を浮かべる公爵。もしかすると、領地で今回ほどではなくても問題はあるのかもしれない。


「といったことが君が眠っている間にあったことだよ」

「ありがとうございます。問題がなかったようで安心しました」

「いや、いいんだ。君たちは十分すぎるほどこの町のために働いてくれた。これ以上なにかさせるわけにはいかないよ」


 困ったように笑う公爵が気遣ってくれるのがわかった。

 娘の婚約者だからではなく、領地のためにできることをしたジャレッドたちに心から感謝しているのだ。

 公爵という立場でありながら気さくで、民のために自ら赴くなど、尊敬すべき人物だと思う。

 ゆえに、わからない。オリヴィエの言うアルウェイ公爵とは違うのだ。目の前にいる公爵ならば、例え幼かったとはいえ娘の言葉をないがしろにしただろうか、と疑問に思う。

 ジャレッドの内心など知らず、公爵はひとりの親としての表情を作ると、親し気な声をだした。


「さて、娘の話だが、ジャレッドはずいぶんと娘に気に入られたようでほっとしているよ。公爵家という家に生まれてしまったせいであの子はもちろん、他の子供たちにも必要以上に苦労をかけている。オリヴィエだけではなく子供たちにもわがままなところがあるので難儀しているよ。そういえば、君も先日いきなりオリヴィエに呼び出されたようだね、父親として謝罪させてほしい」

「いいえ、気にしないでください。ハンネローネさまともお会いすることができましたし、オリヴィエさまからも宮廷魔術師候補になったことで正式に婚約者として認めていただけましたのでよかったと思います」

「そうか……オリヴィエは本当に君のことが気に入ったんだね。おそらく、君ならわがままを言っても許してくれると甘えもあったのだろう。すまないが、大目に見てやってほしい」


 心底安心している公爵に、婚約者のふりだと言えるはずもなく罪悪感がジャレッドを襲う。


「そして、私からも宮廷魔術師候補に選ばれたこと、おめでとうと言わせてほしい。宮廷魔術師の席は半分しか埋まっておらず、候補すら滅多に現れない。是非、頑張ってほしい」

「もちろんです。魔術師としてするべきことをしたいと思っています」

「娘が結婚の条件に宮廷魔術師になることを言い出したときにはどうしようかと思ったが、私の想像以上に君が優秀でよかったよ。妻から聞いたが、これからオリヴィエたちと一緒に住むらしいね?」

「そうなってしまいました。正直、まだ婚約者というだけですので一緒に暮らしていいものか迷うのですが……」

「構わない、父として許そう。なに、オリヴィエが君のことを気に入っているなら、嫌な例えで申し訳ないが、――仮に宮廷魔術師になれなかったとしても結婚できるように娘を説得しよう。妻も君のことを気に入ったようだし、私も君が義理の息子になってくれれば嬉しいと思う」


 ずいぶんと気に入られたものだとジャレッド思った。

 なにか気に入られる要素が自分にあるのかと不思議に思うのだが、魔術師であること以外特に見当たらない。もっとも、その魔術師であることが重要であるのだが、それだけで公爵が娘を与えようとは思わないはずだ。

 仮にそうだとしても、嫁に出すのではなく、婿に迎えるはずだ。

 いまいち公爵の本心が掴めず、一抹の不安が残る。


「オリヴィエはわがままで強情で、不器用なところもあるが、根は優しい子だ。父親として、仲よくしてやってほしい。よろしく頼む」


 娘を想う父親としてジャレッドに頭を下げた公爵に、ジャレッド「はい」と返事するほかなかった。





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