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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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36.リュディガー公爵領 襲撃者1.




 この場にエルネスタがいないことを心底よかったと思う。

 彼女自身も想定していたことだが、石化魔術は使わざるをえなかった。だが、兄を殺した魔術など目にしたいとは思わないはずだ。

 未完成ではあるが石化魔術――地竜の慟哭を放ったことにより、半数近い食人鬼を倒すことに成功したジャレッドは、二発目を撃つために魔力をさらに高めて地面を蹴る。


「待て、ジャレッド殿っ! ――いくら応援とはいえひとりにばかり活躍させるな、我らの力も守るべき人々のために戦えっ!」

「ぉおおおおおおおおおっ!」


 単身駆けていく魔術師の背を見送ることなどできず、フーゴがランスを掲げ声高々と叫ぶと、兵士たちも自らを鼓舞するように応じた。

 石化し砕けた食人鬼を踏みつけながら、街道の先にいる先頭に向かうジャレッドを公爵たちは追いかける。


「残りを次の一撃で駆逐する!」


 高めるだけ高めた魔力を両手に集中させ、可能な限り食人鬼の先頭に近づいたジャレッドは足を止め、再び両腕を掲げた。

 膨大な魔力が精霊に捧げられ、地属性へと変化する。

 魔力の多くが奪われるデメリットがある石化魔術だが、効果が絶大である以上、使わない手はない。

 息を切らせ気怠い疲労感を覚えながら、第二発目を撃とうとしたそのとき――、


「避けろっ!」


 なぜかフーゴの焦りを帯びた声が木霊した。

 振りかえる余裕はなかったが、すぐに彼が声を荒らげた理由を理解した。

 右足と左腕に痛みと熱を覚え、体が傾きかける。突然の出来事だったが、誰かから攻撃を受けたことだけは理解できた。

 奥歯を噛みしめ痛みを無視することで、これでもかと高めた魔力を魔術として撃つ。


「――二発目だっ、――地竜の慟哭っ!」


 降りおろされた両腕から激しい魔力の本流と、悲痛な悲鳴が放たれた。

 竜の嘆きが呪いのように伝播し次々と食人鬼を石化していく。


「まだくるぞっ! ええぃっ、盾を構えジャレッド殿を囲え! ただし魔術の邪魔だけはするなよ!」

「こないでください――づっ、あっ」


 守ろうとしてくれる兵を拒絶するジャレッドの右太ももに、さらに痛みが走った。

 どうやら敵が狙っているのは自分だけだ。そして、殺すつもりがあるのかないのかわからないが、第一の目的は石化魔術の阻止。つまり食人鬼を倒させないこととみた。


 ならば気持ちは嬉しいが、兵士を盾にすることはできない。そんなことをすれば、見えない敵に標的を増やすだけだ。

 幸い、まだ余っている魔力を防御に回すことができるため、致命傷は避けられるはずだ。

 石化魔術を放ち続ける時間は少し増すが、構わない。


「食人鬼はジャレッド殿に任せ、襲撃者を捜しだし、即座に討て!」


 こちらの意を酌み行動に移してくれたフーゴに感謝しながら、石化魔術を放ち続ける。

 八割がすでに石化しており、あと数秒ほどで視認できるすべての食人鬼が石と化すだろう。

 だが、その数秒が長い。


「――うあっ、ぐっ、くそぉおおおおおっ!」


 左右から魔術が放たれ、両腕を射抜かれた。

 それでも堪えるしかない。未完成な魔術は、魔力と集中力を維持しなければ使えないのだ。数体を石化させるなら一瞬だが、この数になるとどうしても時間がかかってしまう。

 戦闘において、わずか数秒が命取りになるのだ。


「早く石になりやがれぇええええええっ!」


 あと先を考える時間が惜しく、さらに魔力をつぎ込んだ。

 魔力の本流が渦を巻き、食人鬼を覆い尽くしていく。石と化す音が聞こえ、次々と食人鬼が硬直していく。

 長かった数秒を終え、すべての食人鬼を石化することに成功したジャレッドは、小さく指を鳴らした。


 ――刹那、彫像となった食人鬼の群れがすべて砕け散った。


「くっ」


 すべきことを終えたジャレッドに、痛みが襲いかかり膝をつく。


「ジャレッド殿、大丈夫かっ? 今、いくぞ!」


 今度は拒絶することなく、フーゴに甘えることにする。

 彼は馬から降り周囲を警戒しながらジャレッドに近づくと、肩を貸して立たせた。


「すみません、油断していました。まさか魔術師に襲撃されるなんて」

「俺こそ悪かった。この非常事態に馬鹿な真似をする人間が我が国にいるとは予想していなかった。蛮族どもの警戒はしていたんだがな」


 彼を責めることなどできない。ジャレッドもまた同じだったのだから。


「だが、よくやった。これで食人鬼どもの群れは倒せた。あとは街道から外れた奴らを残らず潰すだけだ。それは俺たちに任せてくれ」

「……ですが、まだ魔術師がいます。おそらく複数人、四人以上はいるでしょう」

「面倒なことになったな。なぜ俺の領地の危機に魔術師がジャレッド殿を狙う?」

「心当たりが多すぎてわかりません」

「はっ、言いやがる!」


 真っ先に思い浮かぶのは、つい先日揉めた王立魔術師団の面々だ。しかし、彼らもまた国を守護する存在だ。公爵領の危機に、これ幸いと自分を狙うだろうかと疑問が残る。

 次に考えられるのは、できれば外れてほしいがリュディガー公爵領に害を与えたいという悪意ある人間たちだ。

 理由までは想像できないが、公爵家に痛手を負わせようと企む者がいるのなら、食人鬼を倒そうとするジャレッドは邪魔でしかない。


「とにかくここを離れるぞ。襲撃された場所にいつまでもいるわけにはいかん」


 ジャレッドは自らの体を確認すると、出血こそたいしたことはないが、複数の傷を負っていることを忌々しく思う。すべて魔術による傷だ。力量はわからないが、大きく魔力を消費したことにより思うように力が入らない現状では相手にしたくない。

 大技を無理した払ったツケが、ここにきてジャレッドを襲っていた。


「動けるか?」

「なんとかですが……あと数分あれば、もっとマシになるんですけど」

「ならば無理するな。俺が背負っていってやろう」


 ランスを地面に置き、ジャレッドの体を担ぐフーゴに短く礼を言う。


「気にするな、恩人のためなら安いものだ。それにしても、ジャレッド殿は鍛えているようだが、まだ軽いな。しばらく俺の領で休養するといい。自慢の肉料理を振るまってやる」


 楽しみにしておけ、と豪快に笑う公爵だが、周囲の警戒を怠っていないようだ。しっかりと周囲に目配せをしている。

 さすがに襲撃者はフーゴまで傷つける気がないのか、攻撃をしてくる気配も、魔力も感じない。


「残念ですが、その少年に休養は必要ありません」


 愛馬にジャレッドを乗せようとした公爵が、第三者の声に腰から剣を抜く。


「誰だ?」

「リュディガー公爵には御用はありません。我々が求めるのは、若き宮廷魔術師の身柄です」


 魔術師らしいローブを着込み、フードを深くかぶった人物が、街へ続く街道の真ん中に立ちふさがった。




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