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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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30.依頼1.




 翌朝、トレーネに起こされたジャレッドは、彼女の慌てように驚いた。

 なにがあったのかと問えば、秘書官二人が火急の要件を携え来訪したのだという。

 早朝ではなくとも十分に早い時間だったため、嫌な予感がした。早々に着替え、応接室に通された彼女たちと会う。


「アリーさん、エルネスタさん、おはようございます。なにか問題でもありましたか?」

「おはようございます。朝早くに申し訳ございません。ですが、王宮と魔術師協会からジャレッドさまに依頼がありました」

「依頼って、どうして急に? しかも王宮からですか?」


 挨拶もそこそこにエルネスタの口から言い放たれた言葉に、ジャレッドは目を丸くする。

 驚きを露わにするものの畳みかけるようにアリーが引き継ぐ。


「わたしたちも驚きましたが、前倒しになる形ではあるものの宮廷魔術師としての力を示してほしいそうです」

「それはまた、本当に前倒しじゃないですか。俺、まだ任命さえされていないですよ……」

「お気持ちはわかります。先ほどまでエルネスタと話をしていましたが、どうやら今動かせる宮廷魔術師がいないそうなのです」

「だから俺ですか――わかりました。それで、なにがあったんですか?」


 正式な宮廷魔術師ではないジャレッドを動かしてまでなにかさせたいということは、相当の理由があるのだろう。

 秘書官たちは、頷きあうとエルネスタが口を開く。


「リュディガー公爵領に食人鬼の群れが発見されました。すでにひとつの町が襲われ、壊滅とはなりませんでしたが死者がでる騒ぎになっています」

「……食人鬼か」


 かつて宮廷魔術師トレス・ブラウエルが本来群れをなさない食人鬼の対応に当たっていたことを思いだす。

 一体一体は決して強敵ではないが、好んで人を食らう性質と感染力が恐ろしい。人間にこそ感染することはないが、魔獣やときには竜種さえ食人鬼に変えてしまうこともあるという。


 食人鬼の詳細な生態までは現代ではわかっていない。

だが、対応策はある。頭を潰せば絶命する。四肢を潰せば動けなくなる。人間と変わりはない。厄介なのは、腕を一本斬りおとそうと、片足をもごうと、目の前に人間という餌がある以上彼らが止まらないことだ。


「リュディガー公爵家の兵が対応に当たっていますが、群れの規模が多いため助けを求められています」

「わたしの得た情報ですが、食人鬼は二百体以上確認されているようですね」


 リュディガー公爵領はウェザード王国北部に位置する。領地だけなら国で一番を誇るが、大半が未開の地だ。冬になれば雪が積もり、夏でも涼しい土地だと聞いている。

 とくに厄介なのが、魔物の出現率が高いことだ。そして、ウェザード王国に属していない人間――通称『蛮族』の脅威もある。

 リュディガー公爵は王国北部守護を担っているのだ。そんな大事な場所に、食人鬼の群れが出現したとあっては大問題である。しかも、二百体以上となれば厄介どころの騒ぎではない。


「向こうでリュディガー公爵と協力しないと倒せないかもしれないな」

「ですがジャレッドさまには石化魔術があります。石化させることができるのなら、足止めはもちろん、そのまま殺すことも可能でしょう」


 エルネスタの言葉に、ジャレッドは苦い顔をした。

 初めて石化させた相手は、他でもない彼女の兄だった。

 彼女は心中を読み取ったように、穏やかな声をだす。


「兄に関してのことは、気になさらないでください。今はリュディガー公爵領の民のことを」

「そう、ですね。準備は?」

「魔術師協会のデニス・ベックマンさまがすでに。ジャレッドさまさえ承諾してくださればいつでもとのことです」

「アリーさんのおっしゃる通りですが、ジャレッドさまにも断る権利はあります。本来、食人鬼の群れは宮廷魔術師か、もしくは王立魔術師団の精鋭が隊を組んで当たるものです。いくら宮廷魔術師なることが決まっているとはいえ、あなたに義務はありません」


 他に対応する人間がいないからこそジャレッドに話がきたというのに、まるで断ることができるようなエルネスタの物言いに、戸惑いを覚えた。


「いや、義務とかそんなことはどうでもいい。すぐにリュディガー公爵領へ向かおう」

「……そうおっしゃると思っていました」


 ――もしかして、試されたのか?


 ついエルネスタに視線を向けるも、彼女の思惑はわからない。

 だが、考えている時間がもったいなかったため、無駄な思考を捨てる。


「俺は今から準備をします。二人はデニスさんに俺が向かうと伝えてください。そのあとは――」

「いいえ、私もついていきます」

「もちろん、わたしもご一緒します」

「そんな馬鹿なことを俺が許すと思っているのか?」


 無謀なことを言いだした秘書官二人に、威圧を込めて睨むも彼女たちは引かない。


「私は魔術師であり、王立魔術師団の団員です。民の危機に動かなければ、なんのために王立魔術師団に属しているのかわからなくなります」

「わたしは魔術師ではなりませんが、剣なら覚えがありますし、名ばかりの騎士には遅れを取らない程度の実力があると自負していますので、ご心配なく。むしろ、わたしだからこそいかなければならい理由がありますので」

「理由だって?」


 エルネスタの動機は納得できるも、アリーに関しては彼女の言う理由がわからない。


「すべてはリュディガー公爵領に着いてからお話ししますので、今は少しでも早く向かいましょう」

「――っ、わかった。ただし、向こうでは俺の命令に従ってもらいますからね」


 確かに時間は惜しい。同時に、知りあったばかりの秘書官を危険地帯に連れていっていいものかと迷う。

 秘書官の役割は宮廷魔術師につき従うことである。ときには死地に赴くこともあるだろう。彼女たちもその覚悟はできていると思うが、ジャレッドにしてみれば自分に巻き込まれて危険な目に遭ってほしくないのだ。


「では、わたしは先に魔術師協会に向かいますので、支度が出来次第きてください。最低限で構いません。リュディガー公爵から物資の支援はされると伺っていますので」

「わかった。すぐにいく」


 今は彼女たちと問答している時間が惜しかった。

 リュディガー公爵家がどれだけの兵力を抱えているのか不明だ。助けを求めてきた以上、自分たちでは手に負えないと判断したはずだ。

 食人鬼は魔術師が対応するべきなのだが、たとえ公爵とはいえ魔術師を多くは抱えていないだろう。


「アリーさんも十分に装備を整えてください。いいですね?」

「わかっています。では、魔術師協会で待っています」


 一礼して走るように部屋からでていくアリーを見送り、一抹の不安を覚える。


「あの、アリーさんのことなら私が守りますので、あまり気負わないでください」

「頼むよ。最悪の場合は、リュディガー公爵に保護してもらう形を取ろう。だけど、それはあとで考えることにしよう。支度をするから、ここで待っていてほしい。必要なものがあれば言ってくれ。屋敷にあるものであれば、用意するから」

「お気づかいありがとうございます。ですが、もう用意できていますので」

「あなたは最初から俺が引き受けるとわかっていたんですね」


 ジャレッドは、エルネスタの返事を待たずに部屋をあとにする。

 残された彼女がなにを思っているのか考えている余裕はなかった。

 前倒しになった宮廷魔術師としての働きをするための準備もそうだが、婚約者に事情を説明しなければならないのだ。


「オリヴィエさま、お話があります!」


 まだ眠っているかもしれない婚約者の部屋の前で、ジャレッドを大きな声で呼びかける。

 すると、返事はすぐに聞こえた。




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