18.秘書官エルネスタ・カイフ3.
「はい。マーフィーさまは兄を殺しました。ですが、兄の凶行を止めてもくださいました。私はあなたに対する感情がわかりません。感謝しながらも、あなたのことを許せないでいます」
「許してもらおうとはかけらも思っていません。遺族を前に、こんなことを言うべきではないと承知した上で言わせてもらいますが、俺はするべきことをしました。バルナバスという強い魔術師を止めるには殺し以外の選択肢はなかった」
一瞬、睨まれるも、エルネスタはどこか泣きそうな笑みを浮かべた。
「マーフィーさまにそこまで言っていただけたなら、きっと兄も喜ぶでしょう」
嘘偽りなく、あのときバルナバスを止める手段は他になった。
以前の彼を知らないが、宮廷魔術師になるだけの実力を有していたにも関わらず、復讐心から己の体を鍛え、より強くなったという。実際、宮廷魔術師候補を殺害し、現宮廷魔術師のトレスさえも殺害こそ失敗したが難なく倒している。
おまけにミノタウロスの単身撃破だ。現宮廷魔術師たちに同じことができるかわからない。少なくともジャレッドは無理だし、そもそも戦いたくもない。
彼の実力は復讐心と狂気によって培われたのだ。ゆえに止める手立ては、彼が目的を遂げるか、半ばで倒れるかのどちらかしかなかった。
「そうであればいいと思います。では、エルネスタさん、ここまでお話ができた上で聞かせてください」
「はい」
「本当に俺の秘書官になりたいですか?」
本当の意味で、意思確認をしておきたかった。
これだけ会話を重ねれば、少なからずお互いのことはわかった。理解はできないかもしれないが、彼女がなにを想い、なにを抱えているのか知ることができた。
「なりたいです。お願い致します」
「もし秘書官になるというのなら、あなたが抱えている俺に対する感情を隠してください。恨むなとは口が裂けても言いませんし、言えません。ですが、その感情を表にださないでほしいんです。少なくとも、俺にとって大切な人たちの前では」
わがままを言っていることは承知している。それでも、自分の問題にやさしい人たちを巻き込むことはしたくなかった。
「オリヴィエ・アルウェイさま、ですか?」
「そうです。彼女や一緒に暮らす家族たちと秘書官になれば顔をあわせるでしょう。そのときにあなたの感情に気づかれてしまったら、不安を与えてしまいます」
オリヴィエのことを考えると、不安を覚えればなにかしらの行動を起こしそうだ。それが一番怖い。
だからこそ願う。
都合がいいと承知して、恥知らずだと思われても構わない。
「俺のことは恨んでください。あなたにはその権利がある。だけど、俺の大切な人たちを巻き込まないでください。もしも、あの人たちになにかがあれば――俺は間違いなくあなたのことが許せなくなります」
自分でもぞっとするくらい冷たい声が口から漏れた。
とても頼みごとをしている身だとは思えない。しかし、少々脅す結果になったとしても、守りたい人がいるのだ。
「わ、わかりました。決して、マーフィーさまとご家族にご迷惑をおかけしないと約束します」
身震いをしながらも承諾してくれたエルネスタに、ジャレッドは心から感謝して頭を下げた。
「こちらのわがままを受け入れてくれたこと、感謝以外ありません」
「顔をあげてください。私も、マーフィーさまに対する感情を持て余していることは申し訳ないと思っています。それでも、私に恨んでも構わないとおっしゃってくださったお心遣いに、どうお礼を言っていいのかわかりません」
「お互いにわかっていると思いますが、俺たちの関係は複雑で、歪です。そのことを理解した上で、なお望むのであれば――あなたを秘書官といて受け入れます。エルネスタ・カイフさん」
「私のことはどうかエルネスタ、とお呼びください」
「なら、俺のこともジャレッドと」
ジャレッドは右手をエルネスタに差しだした。彼女も手を伸ばすと、握手を交わす。
つい今しがた言ったように、ジャレッドとエルネスタの関係は複雑であり、歪んでいる。
お互いに負い目があり、だが双方が悪いわけではないともわかっている。
それでもジャレッドは、エルネスタから兄を奪った罪悪感。エルネスタは、止めようがなかった兄をたとえ殺すという結果となっても止めたてくれたことに感謝と恨みを抱く。
二人に必要なのは――お互いを知りあう時間だ。
いずれこのぎこちないわだかまりが解消されることを願いながら――エルネスタ・カイフが二人目の秘書官に決まったのだった。




