24.魔術師協会からの依頼 そして……1.
「立てるか、ラウレンツ……終わったぞ、俺たちの勝ちだ」
「すまない、足手まといの自覚はあったんだ。だけど、僕はジャレッドの力になりたかった」
「なってくれたよ、お前のおかげで竜種に手当ができた。冒険者たちを逃さずに倒すことができたじゃないか」
冒険者との戦いを経て体力の限界を越えたジャレッドが、疲労のせいで重い体を引きずりながら倒れていたラウレンツに肩をかす。ラウレンツは魔力を限界まで消費したせいで気絶していたようだが、今は意識が戻っている。しかし、ジャレッド以上に体を動かすことができないようだ。
魔術師は魔力を持つことで魔術を使うことができるメリットを持つが、魔力は体力と同じように消費してしまえば動けなくなるというデメリットも持つ。
極端に消費しなければ日常の睡眠で回復するが、今回の場合は無理だろう。限界を越えた魔力を消費したラウレンツは二、三日ほど魔術が使えなくなるはずだ。ジャレッドも似たような経験をしているからわかる。
魔力が豊富な場所で休めば回復も早いだろうが、そんな場所がこの町の近くにあるかどうか不明で、あっても移動する気力がもう残っていない。
こうして会話しているだけでも辛いのだ。
「土壁、どうにかできない?」
「無理だ、今の僕にはなにもできない。だけど、一箇所だけ土属性の魔術師に反応する場所がある。そこが出入り口だ」
「そんなもんまで用意したのか、器用だな」
「今の僕には反応しないだろうが、ジャレッドにまだ魔力が残っているなら反応するはずだ」
「幸い、体力は限界だけど、魔力はまだある」
ジャレッドは悲鳴を上げる体に鞭打って足を動かすと、土壁に手を当て魔力を流していく。すると、ガコン、と音を立てて壁の一角が扉のように開いた。
「さすがだな、まだ魔力があるのか……」
「魔力だけだよ。体力がなくて、正直しんどい」
「冒険者どもはどうするつもりだ?」
「拘束植物を使って身動き取れないようにしてあるから、応援がくるまで放って置くつもりだよ」
「なら、安心だ」
もう軽口を叩ける余裕もなくなりつつある。土壁の外にでると、背後で出入り口が閉じることを確認してから、ジャレッドは倒れた。
受け身も取れず地面にラウレンツと揃ってぶつかってしまう。
「わ、悪い、もう限界だ」
「構わない、僕も限界だ」
重くなったまぶたが落ちてくる。こんな場所で無防備に意識を失うことは避けたかったが、体力だけではなく、精神的にも疲労しているジャレッドの視界が暗くなっていく。
竜種に応急処置を施し、冒険者を倒したという安心から、ついにジャレッドは意識を失うのだった。
*
目を覚ますと、ベッドの上だった。
「どこだ、ここは?」
疑問を呟くと同時に、意識が覚醒する。
ジャレッドは冒険者を倒して気絶したことを思いだすと、自分がどうしてベッドで眠っていたのかわからず警戒すると、ナイフを手に取ろうとして――身につけていたナイフが一本も見当たらないことに気付いた。
ナイフだけではない、戦闘衣も着ていない。最低限の衣類しか身にまとっていない自分の現状に困惑する。
住民たちが助けてくれたのかと思ったが、見渡す限りジャレッドがいる空間は建物の一室ではなくテントだ。
「応援がきてくれたのか?」
「その通りだよ。ジャレッド・マーフィー」
自分の名を呼ぶ声とともに、男性がひとり現れた。
その人物を目にしてジャレッドは驚く。
「――アルウェイ公爵……」
「ははは、久しぶりだね。娘の婚約者なのだから、お義父さんと呼んでくれてかまわないよ」
気さくに話しかけてくれるその人は、オリヴィエ・アルウェイの父親であるアルウェイ公爵だった。
慌ててベッドから飛び起き、膝をつく。
「し、失礼しました」
「いや、構わない。君も、ラウレンツ同様に安静にしてもらいたいのだ。直接お礼を言いたかったんだが、逆に気をつかわせてしまったね。申し訳ない。さあ、ベッドに戻りなさい」
目上の人物にそう言われてしまうと、戻らずにはいられない。
失礼します、と一言告げてからジャレッドはベッドへ戻った。
満足そうに頷くアルウェイ公爵が、簡易椅子を自ら用意して腰を降ろした。
「よし、これでゆっくり話せるね。ラウレンツ・ヘリングにはすでに会ってきたが、君と同じような反応をされてしまって困ったよ。だが、彼もすっかり元気だ。魔力の回復には少し時間がかかると医師が診断したが、問題はないとのことだよ」
ここにはいないラウレンツの様態が問題ないと聞かされて胸を撫で下ろした。
ジャレッド自身は体力の消費だが、ラウレンツは魔力消費だ。どちらが体に負担だと決まりはないが、まだ魔力がどういうものか解明されていない現代ではやはり魔力を消費しすぎたことに不安は残るのだ。しかし、医者が問題ないと言えば大丈夫なのだろう。
「そして君たちに礼を言わなければならない。急な魔術師協会への依頼もそうだったが、まさかジャレッドが派遣されるとは思ってもいなかった。君と友人を危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳なかった」
そう言って公爵ともあろう方が、未成年の学生に頭を下げたのだからジャレッドは心底驚くと同時に、慌てて声をかける。
「頭を上げてください、その、困ります。俺は、いえ私は魔術師としてするべきことをしただけです。ラウレンツも同じですので、アルウェイ公爵が頭を下げる必要はありません!」
「……感謝する。君たちがいなければあの冒険者たちに住民がどうされていたかわからない」
「すでに事情を把握しているのですね?」
「ああ、町長からすべて聞いた。私もまさか竜種と住民が家族同然に生活をしている町があるなど思ってもいなかったよ。だが、会ってみれば実に人懐っこい竜種だった。私は竜王国とも付きあいがあるため竜種を見るのは初めてではないが、今までに見たことがないほどかわいらしい竜種だったよ」
「その、あの竜種は今後どうなさいますか?」
「もちろん、住民として扱おう。王宮の方に許可はいるだろうが、もう何年も生活しているようなので問題はないだろう」
アルウェイ公爵の言葉に嘘を感じなかった。少なくとも、あの竜種をどうこうしようと思っていないようで安心した。
「今さらだが、君たちが派遣されてから一日が経っている。冒険者と戦っていた君たちを案じた住民が様子を見にきたとき、気を失っているところを発見して保護したそうだ。私たちは今日の朝この町に到着し、炊き出しや、怪我人の確認、テントを作り住民たちを休ませた。そして、もう夕方だよ」
「ま、まる一日寝ていたんですか……」
「聞けば竜種の応急処置をするために君は体力を、ラウレンツは魔力を随分と消費したようだね。医師が君の処置した竜種を確認したが、あれほど強固な体を縫うことができたことに驚いていたよ。ただ力があるだけでは不可能だそうだ。どうやって成功させたのかぜひ教えてほしいと言っていたよ」
その結果が気絶なのだから笑うしかない。
「捕縛してあった冒険者たちもすでに捕らえてある。森の中で死亡している二名も発見したが、竜種に手を出したのだから自業自得としか言えない。今回の一件は冒険者ギルドへ強く抗議することを決めた。依頼を出した商人も捕まえる予定だ。二度とこのようなことが起きないように厳しい処罰をすることにしている」
「アルウェイ公爵のおっしゃる通りです」
「冒険者三名は投獄が決まっている。もしも住民たちに死者が出ていたら死罪にしていたよ。唯一の怪我人も問題がないことが確認できている」
「よかったです。ですが、この町は……」
はっきり言って人が住める状態ではない。これから暑くなっていくのでテント暮らしでもかまわないかもしれないが、いつまでもそういう訳にはいかないのだ。復興にも金が必要だ。町全体の費用となると、ジャレッドには計算できない。
「心配しなくていい。私が援助をするつもりだ。無論、冒険者ギルドから慰謝料を大量にふんだくる予定でもあるがね。商人からも私財没収をして、復興の資金にしようと思っている。働き手を集めるのもそう難しくはない。なに、あっという間に復興するだろう」
竜種を住民と認め冒険者から守ろうとした勇気ある人たちの今後が気になっていたので、公爵の言葉に安心を覚えた。
「魔術師協会から、体調が戻り次第帰還できるように竜騎士が用意されている。私もそう長くはいられないので、君たちとともに王都に戻るつもりだ」
「あの、どうしてアルウェイ公爵が自らこられたのですか?」
ジャレッドの問に、どうしてそんなことを聞かれたのかわからない顔をしたアルウェイ公爵だったが、普通は公爵ほどの領主がいくら竜種が現れたからといって直接現場にくることはない。むしろ、万が一のことを考えてきてはいけないのだ。
しかし、アルウェイ公爵は竜種ではなく冒険者が今回の騒動の原因だと知る前にやってきている。だからこそ気になったのだ。
質問の意図に気付いた公爵は胸を張り、どうどうと言い放った。
「私は領民を家族だと思っている。家族の危機にどうしてじっとしていられる? 領主として、ひとりの人間として、家族が困っているなら見過ごすことはできない」
「アルウェイ公爵領の民は幸せものですね」
「そうであれば私も嬉しいよ」
おそらくこのまちの住民たちも公爵に感謝しているはずだ。
自分たちの危機に公爵自ら現れてくれたのだ。しないはずがない。
「長々とすまなかったね。ラウレンツにも言ったが、今日はまだ休んでいなさい。食事がほしければ、外にひとり警護をつけているから声をかければいい。わかったね」
「はい。ありがとうございます」
「では、ゆっくりと眠りなさい。私はまだするべきことがあるので失礼するよ」
そう言い残してアルウェイ公爵は静かに去っていく。
ひとりになったジャレッドは、まだ万全ではない体調を整えるため、目を閉じる。そして、睡魔はすぐにやってきた。