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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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17.秘書官エルネスタ・カイフ2.




「ジャレッド・マーフィーです。秘書官への応募、どうもありがとうございます。さあ、座ってください」

「失礼致します」


 腰をおろすエルネスタを確認してから、お茶を用意させようとするも彼女からやんわり断られてしまった。

 長居するつもりはないのか、それとも要件に早く入りたいのか。

 資料ではエルネスタは兄と同じく風属性魔術の使い手だ。バルナバスほどではないが、魔術師としてのエリートが集まる魔術師団の団員の中でも優れていると記載がある。役職などの肩書はないが、有事の際に小部隊を任されたこともあるそうだ。


「えっと……」


 面談を進めようとしたジャレッドだったが、上手く言葉が見つからず沈黙してしまう。

 エルネスタは面談される側であり、ジャレッドの言葉を待っているためやはり無言だ。

気まずい。実に気まずい。

 いっそ、彼女から恨みや憎しみの籠った瞳でも向けられていれば違ったのかもしれないが、少なくとも現状では悪感情が伝わってこない。


 家族を奪ったのだから恨まれていることを覚悟していたのだが、いささか拍子抜けした。

 それ以上に、安堵している自覚があった。

 しばらく沈黙が続くも、当のジャレッドがこの静けさに耐え切れずようやく意を決意して口を開いた。


「エルネスタ・カイフさん。はじめまして。本来なら――あなただけではなくご家族にも早くに挨拶をするべきでした。あなたたちから逃げ続けていたこと、心から謝罪します」

「いいえ、魔術師協会のほうからマーフィーさまが私たちと接触を控えるように言われていたことも存じているので気になさらないでください」


 一度目を伏せたエルネスタが、碧色の瞳をまっすぐに向けて、悲しげな表情をつくる。


「兄を失ったばかりの私たちでは、マーフィーさまが悪くないことを頭で理解できても、きっと心では理解できなかったでしょう。そんなときにお会いすることにならなくてよかったと思っています」

「……感謝します」


 聞くまでもない。彼女たち遺族は、バルナバスがしてしまった犯罪とジャレッドが命を奪ってでも止めたことを頭では理解できていた。同時に、心では許せずにいた。

 彼は復讐の手段こそ間違えたが、復讐自体が悪かったわけではない。

力任せに、命をただ奪おうとしたこと、無関係な周囲を巻き込んだことが許されなかったのだ。


 ジャレッドが止めずとも、いずれ宮廷魔術師が、もしくはエルネスタが属する王宮魔術師団が動いていただろう。

 しかし、結果だけ見ればバルナバスを殺したのはジャレッドとなった。遺族の感情がジャレッドに向かうのは無理もないことだ。

 彼女たちの現在の感情を知る由もないが、聞いておかなければならないこともある。


「聞かせてください。どうして秘書官に応募を?」


 恨んでいないのか、とは尋ねることはできなかった。その問いをすれば、この場から彼女が去ってしまいそうな気がしたからだ。


「私も王宮魔術師団に属する魔術師ですから、兄がなにをしたのか十分に理解しています。そして、兄がなぜあのような行動を起こした理由も魔術師協会からのご厚意で教えていただきました」

「――っ、そうでしたか」


 彼女はすべて知っていたのだ。バルナバスが陥れられたこと、その結果本来なるはずだった宮廷魔術師になれなかったことを。そのせいで復讐に走ったのだということも。


「ですが、私には宮廷魔術師はもちろん候補にさえ選ばれるだけの実力がありません。ですから兄がなにを思い、どう苦しんでいたのかさえわからないのです」

「俺が言っていいことなのかわかりませんが、バルナバスの苦しみは彼以外にはわからなかったと思います」

「きっとそうなのでしょう。だからといって、知ろうとしないまま兄との思い出が消えていくことが嫌でした。ですから、兄と同じように宮廷魔術師候補に選ばれ、兄とは違い宮廷魔術師になることが決まったマーフィーさまのそばで知りたいのです」

「言いたくはないですが、俺の近くにいたからといって彼の感情を理解できるはずがないと思います。俺だって彼が復讐する理由は理解できても、心までは無理です」


 バルナバスの心中を心から察し、理解し、同調することができていたらジャレッドはきっと復讐を止めることはしなかったはずだ。

 無論、そんなことはあり得ない。自分以外の心中をすべて知ろうなど、たとえ家族であってもできやしない。


「そんなこと、わかっていますっ。――っ、すみません。マーフィーさまがおっしゃるまでもなく、兄のことをすべてわかるはずがないのだと理解しています。だからこそ、宮廷魔術師という方々がどのような存在なのか、兄が目指した高みがどれほど高いものなのかを知りたいのです」


 大きな声をだすも、すぐに冷静さを取り戻し自らの心中を打ち明けたエルネスタ。

 彼女の話を聞き、ジャレッドは悩む。

 トレスに頼まれたことを思いだせば、彼女の立場は決していいものではない。しかし、この面談だけでも少しは回復すると言われている。魔術師団に当てがないジャレッドには、彼女がどう思われ、なにをされているのか把握はできないが、トレスの言葉を聞く限り何とかしてあげたいと思う。

 そのくらいの負い目はあるのだ。


「俺といたら辛くないですか? もしあなたが望むなら、トレスさまかアデリナさまに頼んでも――」

「いいえっ! それだけは嫌です!」


 明確な拒絶の声によって言葉をさえぎられてしまい、口を閉じた。

 エルネスタは、はっとすると、すぐに謝罪する。気にしていないと告げると、明らかな安堵が浮かんだ。


「申し訳ありません。お二人はよくしてくださってくれました。一族も宮廷魔術師二人から擁護されたおかげで助かりました。それでも、兄がああなってしまった元凶である方々を――今の私は許せそうもないのですっ!」


 すべての元凶はトレスの父親であるブラウエル伯爵だ。アデリナは未来を脅かすと脅迫され、トレスにいたってはなにも知らなかった。

 もちろん、そんなことが言い訳になるとは当の本人たちが思っていない。

 エルネスタと遺族の恨みをすべて受け止めようとしていることをジャレッドは知っていた。恨まれようと、憎まれようと、バルナバスを追い込んだ償いを彼らはしていくだろう。


「なら俺も同じです。俺が、バルナバス・カイフを、あなたの兄を殺しました」




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