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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

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16.秘書官エルネスタ・カイフ1.




 満面の笑みを浮かべ、挨拶を交わし退出したアリーを見送ったジャレッドは、協会職員が用意してくれたお茶で喉を潤し数分の小休憩を挟んだ。その間にも、最後の面談者の資料から目を離さない。

 ジャレッドにとって、次が本命であるのだ。


 だが、はっきり言ってしまうと――秘書官などいらない。


 まだ正式に宮廷魔術師になっておらず、秘書官の重要性も口頭でしか伝えられていないこともあり、秘書官の存在理由さえ疑問に思っていた。

 先ほどアリーと会話したことで、宮廷魔術師という立場に寄ってくるであろう貴族やしがらみに対し、秘書官の存在が壁になることは理解できた。

 つまり、秘書官を通してくれ、と言えばいい。もちろん、極論である。


 秘書官の役目は理解したし、いたほうがいいこともわかったが、それでもいなくてもいいと思ってしまうのは、ジャレッドが一匹狼気質だからかもしれない。

日常行動はさえておき、戦うにあたってジャレッドは単身で挑むほうを好む。ときには共闘することもあるし、実際もした。

同級生である地属性魔術師ラウレンツ・ヘリングとともに冒険者と戦ったときは、彼が補佐に徹してくれたこともあり戦いやすかったことを覚えている。戦闘行為をしたのはジャレッドのみだということも理由だ。


 ドルフ・エインが率いたヴァールトイフェルの離反者たちとの戦いも、共闘ではあったが基本は各々戦うべき相手と戦っただけ。

 先日のダウム男爵家の戦闘でも同じだ。ワハシュと父ヨハンと並んで戦ったが、目の前の敵を足すだけという単純なものだった。なによりも、ジャレッド以上の実力を持つワハシュ、剣だけなら鬼神と呼ばれる祖父に匹敵すると言われる父との戦いは、お互いに邪魔になることなどなかった。


 しかし、秘書官はどうだろうか、と疑問を覚える。

 これから面談を控えているエルネスタ・カイフ。資料では優れた魔術師であることが記載されており、教会からも能力だけなら秘書官に相応しい人物だとある。

 能力面に限定されているのは、言うまでもなくジャレッドが彼女の兄であるバルナバス・カイフを理由があったからとはいえ殺したからだ。


 エルネスタが仇のジャレッドをどう思っているのかわからない。きっとこれからわかるはずだ。そのせいか緊張している自覚があった。

 恨まれることは珍しくない。魔術師として協会の依頼を受ければ冒険者から敵視され、ときには襲撃されることもある。彼らにとって魔術師という存在は疎ましい存在なのだ。


 王立学園の生徒であるジャレッドは生徒からも恨まれるまではいかずとも、嫉妬されている。なにせ協会からの推薦を受け授業を免除されているのだ。一般生徒はもちろん、同じ魔術師の生徒がおもしろいはずがない。

 そんな悪感情をいままで無視し続けていた。オリヴィエと婚約し、彼女の悪口を言われたときには怒りもしたが、自分に向けられた悪意を気にしはしても相手にすることはなかった。そのせいでラウレンツが苦しんだのだが、その結果友人となれたことは嬉しい誤算だったと言える。


 そして今日――ジャレッドははじめて命を奪った人間の家族と対面する。

 命を奪ったことははじめてではない。誇れるようなことでは決してないが、自分が生きるためにしたことではあるし、同じ場面になれば躊躇なくまた殺すだろう。中には、どうしようもないほど悪党で殺す以外の選択肢がなかった人間もいた。


 ――では、バルナバス・カイフは?


 同じ魔術師としては尊敬に値する。

 宮廷魔術師候補に選ばれながら、ブラウエル伯爵によって不当な扱いを受けた。その後、冒険者になり己を鍛え続けた結果――迷宮の主ミノタウロスを単身で倒すことができる実力を得たのだ。

 陥れられなければ今ごろ国でも五指に入る魔術師として活躍していたはずだ。若き魔術師は彼に憧れ、彼を目標とし、戦友たちは安心して背中を預けられる存在になっていたに違いない。


 しかし、そうはならなかった。

 彼は復讐者となった。

 宮廷魔術師になることができず、不正があったことを知り、嘆き、苦しみ、憎悪した。

 その結果、バルナバスは誰もが強者だと認める力を得てもなお復讐を求め、同期であり宮廷魔術師のトレス・ブラウエルを襲撃し、家人を殺害。ジャレッド以外の宮廷魔術師候補もすべて殺した。

 かつての宮廷魔術師候補バルナバス・カイフはもうおらず、復讐者であり殺人者に身を堕としてしまったのだ。


 師同然であった人間を殺されたことで自棄を起こしたラウレンツを止めるために、ジャレッドは宮廷魔術師アデリナ・ビショフと出会い、事の真相を聞き、バルナバスと戦った。

 彼の凶行を止めるために、親しい人間を傷つけないために、ジャレッドは彼を殺したのだ。

 後悔はしていない。正しいことをしたと思っている。だが、もっと違う解決策がなかったのかと思ってしまうこともあるのだ。


「マーフィーさま、そろそろお時間よろしいでしょうか?」


 思考の海に潜っていると、職員のノックと声に意識を取り戻す。


「すみません、では最後の方を通してください」

「かしこまりました」


 扉越しに返事を受けたジャレッドは、エルネスタの資料を机に置き、お茶をすべて飲み干した。喉を鳴らし、胃に液体が流れていくのを感じながら、じっと扉を見つめて待つ。

 ノックの音がした。


「どうぞ」


 言葉短く返事をすると、


「失礼します」


 ハスキーな女性の声が届き、扉が開かれる。

 現れたのは美しい女性だった。落ちつきのある印象を与えるたたずまい、セミロングの白髪。髪の間からの覗く碧の瞳はこちらをまっすぐに見つめている。背丈は小柄だが、歩く姿は動くことを得意としているとすぐにわかった。

 濃い緑色のスカートに白いブラウスを身につけた彼女は、テーブルを挟んでジャレッドの眼前に立つと一礼した。


「エルネスタ・カイフです。秘書官になるために応募しました。どうぞよろしくお願い致します、ジャレッド・マーフィーさま」



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