8.トビアス来訪とコンラートの初恋3. 告白2.
不意打ちのような告白に、さすがのローザも言葉を発することなく硬直した。
彼女だけではなく、ジャレッドたちも同じだ。ローザが都合よく帰宅し、姿を現したことは許容範囲内だったが、まさかコンラートが告白をするなど誰が思っただろうか。
てっきり少年の淡い恋心――くらいだと思っていたが、違うのだと思い知らされた。コンラートは本気だ。それこそ、妻に迎えたいとさえ思うほど。
ハンネローネだけが変わらず笑顔でことの成り行きを見守っているが、ジャレッドたちはそうはいかない。誰もが視線を送りあい、どうする、誰か事態を収拾しろよ、と声を発することなく押しつけあう。
プファイルでさえ、関わりたくないとばかりに誰かに丸投げしようとしているのだ。結果、初対面の人間が多いにも関わらずコンラートを連れてきたトビアスに視線が集中し、彼は諦めたように肩を落とすと、興奮冷めやらぬ弟の肩にそっと手を置く。
「父上はもちろんだが、テレーゼさまに断りなく勝手なことをしたら、コンラートだけではなく姉上はもちろん、ローザ殿にも迷惑がかかってしまう。一度、冷静になって出直しなさい」
「――あっ」
兄の言葉に、コンラートは冷静さを取り戻したようだ。彼もまさかローザと今日再会できるなどと思っていなかったのだろう。再び彼女の顔を見られたことへの嬉しさから感情が爆発し――告白と至ってしまったと思われる。
コンラートを責めることはできないし、責めることでもない。
とはいえ、未だ硬直しつつも、初心な少女のように頬を赤らめているローザにジャレッドは内心、
――おいおいっ。
と、突っ込まざるを得ない。
このまま無言を貫かれてもコンラートがかわいそうだと思い、ローザの肩を揺する。
「おい、いつまで呆けているんだよ。返事をしろとは言わないけど、なにか言ってやったらどうだ?」
「あ、ああ、そうだな。うん、その、なんだ。コンラート・アルウェイ。私は、その、告白などされたことなど初めてだったので、驚いてしまった。い、嫌ではないぞ、むしろ、その嬉しかったというか、私のような女を好きなってくれてありがとう」
はじめこそ戸惑いを言葉に宿らせていたローザだったが、しっかりとコンラートに感謝の気持ちを伝えた。
告白の返事を聞けたわけではないが、受け取ってもらえたことに表情をこれでもかと明るくする年下の少年は、この場にいる誰よりも輝いていた。
「だが、その、あなたの兄上が言ったように、私は迂闊に返事ができない。だから、ありがとうとだけ言わせてくれ」
「……わかりました。でも、僕は諦めません。あなたを心から好きなんです!」
堂々と気持ちを口にするコンラートは、少女のようにかわいらしい顔をしながらも、男らしかった。ジャレッドはそんな彼をまぶしく思う。
改めて告白されたローザは顔だけでは飽き足らず、耳まで赤くすると、こくんと頷いた。
「ち、ちょっとお待ちください。コンラート、とりあえず部屋からでなさい。私もすぐにいくから、お願いだから、言うことを聞いてくれ!」
明らかにまんざらでもないローザの反応に、トビアスがこのままでは話が当事者だけで纏まりかねないと慌てて弟を廊下に追いやる。
ジャレッドたちはよい判断をしたトビアスに心の中で親指を立てた。
「今回はご挨拶と謝罪をするだけでしたが、まさかこんなことになってしまい申し訳ございませんでした。コンラートに関しましては父上とテレーゼさまとご相談させていただきます。失礼を承知で、本日はこのあたりで失礼させていただきます」
「そうね、そのほうがいいわ。トビアスには悪いけれど、コンラートのことをお願いね」
「わかっています。――ローザ殿」
「な、なんだ?」
廊下にいるコンラートを思ってか扉を眺めていたローザだったが、トビアスに声をかけられ弾かれたように返事をする。
彼女の慌て様にわずかに微笑んだ彼は、深々と頭を下げた。
「突然のことで戸惑いかもしれません。コンラートもローザ殿を思っての行動でしたので、どうぞお許しください」
「そんな、私は許すもなにも」
「あの子にも立場あるゆえに、もしかするとご不快な思いをさせてしまう可能性がありますが、そのときはコンラートではなく私にお怒りをぶつけてください」
「――貴族のしがらみくらい私でもわかっている。彼に伝えてほしい、気持ちは嬉しかった。だが、ふさわしい女性は他にいる、と」
「お伝えします」
もう一度、頭を下げたトビアスはハンネローネに見送られて応接室からでていく。
残った面々は、ローザを抜かし、大きく息を吐きだした。
「……わたくし、明日にでもお父さまのところへいってくるわ」
「お供します」
「ありがとう。正直、どう説明しようか悩んでいるのよ」
額を押えて椅子に座り込んでしまったオリヴィエに無理もないと思う。ジャレッドもまた許されるのなら力を抜いてしまいたい。だが、その前に言っておかなければならないことがある。
「ていうか、ローザっ! お前、なに女の子みたいに顔を赤くしてときめているんだよ!」
間違いなくコンラートは、ローザの反応から脈があると推測したはずだ。彼だけではない、居合わせた誰もが、同じように思ったに違いない。
「と、ときめていなどいないぞっ、なにを、証拠にそんなことを!」
「いやいや、それだけ動揺しておいて誤魔化せるわけがないだろ」
指摘すると、ぐっ、と悔しそうに言葉に詰まったローザは、ジャレッドを睨むと、
「私だって人並みの恋をしてみたいとか、あんな美少年に告白されたら胸の鼓動が抑えられないとか、まったくない!」
と、言い訳にもなっていない本音がこれでもかと込められた言葉を発してくれた。
「もうちょっとでいいから本音を隠してくれよ。つーか、まんざらじゃなくてびっくりしたよ。年下趣味だったのか?」
「違う! 私の性癖を勝手に推測するな! まあ、年上か年下か選べと言われたらもちろん年下を選ぶが――いや、そうじゃない! 彼の気持ちは嬉しかった。それは認めよう。しかし、危機を助けたせいだ。きっとそのせいで憧れめいたものを抱いてしまい、残念なことではあるが感情を勘違いしているのだろう。残念だが、すぐに感情が正しいものではなかったと気づくはずだ。残念だが」
「どれだけ残念なんだよっ!」
三度も残念だと言ったローザについジャレッドは突っ込んでしまう。
すると、思いだしたようにプファイルが手を叩く。
「……なるほど、ローザが組織の少年たちに優しい姿を見せていたのは年下趣味だったからか」
「ごっ、誤解されるようなことを言うなっ! お前にも優しくしてやったことはあるだろうっ!」
「……二年ほどまで、確かによくしてもらったな。当時の私は十四歳だった」
現在でも少女のような雰囲気を纏うプファイルの二年前はさぞかしかわらしかったはずだ。
周囲の目が冷たいものに変わる。
「まさかとは思うけど、手をだしてないよな?」
「馬鹿者っ! そんなことをするはずがないだろうが! こ、これでも私は恋愛をしたいと夢見ているのだ。無論、父から命じられれば意にそわない相手との婚姻も覚悟しているが、やはり女として生まれた以上――っは、しまった」
慌てて口を押えるがもう遅い。
組織に忠実だと思っていたローザ・ローエンは、年下趣味で、恋愛願望を持っていた。
かつて敵対し、血縁者でもあるローザの隠された一面に、ジャレッドは少しだけ泣きたくなった。
「ふんっ、馬鹿にするならすればいい!」
「いいえっ、そんなことしたりしませんわっ! 素敵な考えですわっ!」
「わかってくれるかイェニー!」
好きな兄を追いかけて側室となることを果たしたイェニーが恋愛願望を持つローザを肯定する。なんだかんだ言いながらこの二人は相性がよかった。
しかし、年齢的にはどうなのだろうか、と疑問に思う。コンラートは十四歳で、ローザは確か十九歳だった。
「……十年後には気にならないが、今だと少し歳の差が問題になるかもしれないな」
年齢差があることを悪いとは思わないが、未だ成人していない少年の結婚相手が成人女性となる場合は少ない。とくにコンラートは公爵家の人間であるし、ローザに至っては暗殺組織ヴァールトイフェルの後継者だ。
「なにを言うジャレッド、歳の差など――お前とオリヴィエの十歳の差に比べればかわいいではないか」
「――あ?」
口を滑らせたローザに、誰とは言わないが低い声が発せられた。
しまったと自身のミスを悟ったローザだがもう遅い。イェニーは気の毒な顔をするも彼女から離れていく。トレーネもプファイルも可能な限りローザと距離を置く。ジャレッドも彼らに習い遠ざかっていく。
そして――修羅が降臨した。




