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23.魔術師協会からの依頼 冒険者退治2.



「剣士が二人、魔術師がひとりか……ずいぶん苛立った顔をしてるな」

「よく見れば装備も傷だらけだ。おそらく竜種にやられたんだろう。そして、急に現れた僕らを見て、ことが面倒になっているのだと察したんだと思う」


 鋼の鎧を着込み長剣を構えた剣士が二人、兜を被り顔が見えない者と、額に赤い布を巻いた茶髪の青年だ。そして、杖を装備し、ローブを羽織った金髪の魔術師風の女性がひとり、こちらに向かってくる。

 彼らの装備は傷だらけで、体にも応急処置をしたあとがある。おそらく竜種との戦いで傷ついたのだろう。


「魔術師の中には自由を求めて冒険者になる者がいると聞いていたが、町を壊滅させることが自由なのだとしたら、随分と笑わせてくれる」


 冒険者と同じくらい苛立った様子でラウレンツが愚痴る。もしかしたら、冒険者となにかあったのかもしれないとジャレッドは気になったが、今は聞かないでおくことにした。


「止まれ」


 剣士たちの間合いに入りたくないジャレッドは、威嚇の意味を込めて低い声を発した。


「俺たちは魔術師協会から派遣された魔術師だ。おとなしく投降してもらいたい」

「私たちが、なぜかしら?」


 応じたのは魔術師の女だ。余裕ぶって見せているが、表情は若干強張っているのが見えた。


「僕たちが言うまでもなく自覚しているはずだ! この町を壊滅させた原因だからに決まっているだろう!」

「人聞きの悪いわ。町の惨状は竜種が行ったものよ。私たちは――」

「――話は町長から聞いているから余計な説明はいらない。お前たちが悪い。だから捕らえる。それだけだ」


 女の言葉をジャレッドが遮り、魔力を練る。


「ふんっ、いくら協会から派遣されたといってもまだ子供じゃない。場数を踏んだ私たちに勝てるとでも思っているの?」

「勝てる勝てないの問題じゃない。俺たちは――勝つ」

「随分と実力に自身があるのね。はぁ……困ったわ。私たちは竜種と戦わないといけないのよ。あなたたちと戦って体力も魔力も消耗したくないの」

「それはお前たちの都合で僕たちの知ったことではない!」


 ラウレンツが噛みつくように怒鳴ると、女はいいことを考えたとばかりに提案する。


「じゃあこうしましょう。私たちと一緒に竜種を倒さない? こっちも二人リタイアしたから人手が足りないのよ。依頼を達成すれば千五百万ウェンよ。五人で分けてもしばらく遊んで暮らせるわ。どう?」

「断る」

「誰がお前らなんかと組むか!」


 ジャレッドとラウレンツが即答すると、女の顔が怒りに歪んだ。

 やはり金か、と呆れてしまう。

 千五百万ウェンは確かに大金だが、いくら人的被害がほとんどなかったといっても町ひとつを犠牲にしてでもほしい額ではない。

 もちろん、そう綺麗事を思うことができるのは自分たちが貴族であり、生きることに困っていないからだという自覚はある。それでも、冒険者たちの行動が正当化されるわけではない。


「それ以前に、いくら依頼があっても竜種を狩ることは許されていない。竜種が人間に害を与えているならまだしも、この町では共存できていた。つまり、お前たちがやっていることは違法だ」

「そんなことを守っている冒険者なんていないわ。魔術師協会所属の魔術師はずいぶんとお上品なのね」

「おい、もういいだろ。お前が説得してみせるっていうから任したのに、全然話がまとまらねえじゃねえか!」

「ちょっと、割り込まないでよ!」


 剣士のひとりが苛立った声で会話に加わった。魔術師は不満を口にするが、男は無視してジャレッドたちに下卑た笑いを向けた。


「お前らガキにはわからないだろうけどよ、竜種を狩るなんて滅多にない機会なんだぜ? 竜種は肉も骨も、すべてが金になる。もちろん俺たちの実力の証にもな。もう少しまで追い詰めたんだから、邪魔しないでくれよ」

「そうよ。二人も犠牲が出ている以上、もう引くことはできないわ。悪いことは言わないから協力しなさい。あなたたちだってお金はほしいでしょ?」


 改めて魔術師の口から犠牲者が二人いることを聞いたジャレッドは安堵する。少なとも、住民たちのところへこいつらの仲間が向かうことはない。

 ここで冒険者たちさえ倒すことができれば、竜種も住民たちも守れる。


「金がほしければ地道に稼ぐから遠慮しとく」

「誰がお前たちみたいな輩と手を組むか!」


 ジャレッドはあっさりと、ラウレンツは敵意を剥き出しに冒険者からの誘いを断った。

 町を巻き込んでおきながらなにも悪びれていない奴らと会話を続けるのもいい加減うんざりしてきた。

 無駄に会話を続けたのも、少しでも体力魔力を回復させたいからだ。しかし、今のところ回復の気配はない。ならば、完全に日が落ちる前に勝負を着けてしまったほうがいい。

 不幸中の幸いなことに相手も消耗している。人数的には不利かもしれないが、実力的には――負けるつもりはない。


「そう……。最後のチャンスだったのに、ならアンタたちを殺してから竜種を殺してやるわ!」


 断られたことに激高した魔術師がヒステリックに騒ぐ。

 それが戦いの合図だった。

 剣士が揃って長剣を構えて突進してくる。


「ラウレンツ、壁だ」

「任せろ! 土壁よ、僕たちを覆い被せろ!」


 ラウレンツを守る形で、ナイフを左手に構えたジャレッドが前に出る。背後では地面に向かってラウレンツが残った魔力をすべて注いでいく。


「そいつを止めて!」


 意図に気付いたのか魔術師の女性が声を上げるが、もう遅い。

 速度を上げて向かってきた剣士に向かって、ジャレッドが肉薄するとひとりを蹴り飛ばし、もうひとりの剣をナイフで受けた。

 重い一撃が腕に衝撃となって伝わる。利き手が使えないため力比べはしたくない。ナイフを手放し一歩下がると、力のいきどころをなくした剣士がつんのめる。

 体勢を崩した剣士の額に蹴りを容赦なく放つ。蹴り飛ばされた反動で背後に飛んだ剣士に向かい、火の精霊に魔力を捧げ数多に作った拳大の火球をいっせいに放った。

 火球のひとつひとつは成人男性の拳の一撃の倍以上の威力を持つ打撃に近い。見た目こそ炎の球体である火球が打撃音を立てて次々と剣士に直撃していく。さながら数の暴力だ。体中に衝撃を受け、地面を何度もバウンドした。


「ジャレッド、覆うぞ!」


 剣士が音を立てて地面に倒れると同時に、ジャレッドたちを中心に半径五メートルほどの土壁が円形に地面から現れていく。

 壁は厚く、高さは優に三メートルを越えた。鎧を装備した剣士が飛び越えることは不可能だ。


「これでお前たちを閉じ込めた。ここから出て竜種を倒したければ、まず俺たちから倒すんだな」

「このっ、クソガキっ!」


 毒づきながら魔術師が杖の先端に火を灯す。火は周囲の魔力と酸素を吸収して大きくなり、灼熱の炎と化す。

 怒りに任せて炎を放った魔術師に対し、ジャレッドは水の精霊の力を借りて大量の水の塊をぶつけて炎をあっさりと消してしまった。


「な、なぜ……火属性魔術師じゃ」


 唖然とする魔術師に向かって再び水の塊を放った。大量の水を拳の倍ほどの大きさに凝縮したただのかたまりだ。ジャレッドは魔術としてではなく、水の塊をただの暴力として放つ。

 目に追えない速度で放たれた水球は魔術師の腹部に直撃すると、そのまま彼女は背後の土壁に激突した。腹部と背に衝撃を受けた彼女は意識を失い、その場に崩れ落ちていく。


「じゃ、ジャレッド、すまない、限界だ……」

「休んでいてくれ、相手は随分消耗しているから俺だけで倒せる。逃げ場を封じてくれたから、いっきに片付けるよ」

「冒険者どもに、魔術師としての誇りを見せてやれ」

「ああ、やってやるさ」


 残っていた魔力をすべてつぎ込んで精製した土壁のせいで、立っていることもできなくなったラウレンツのエールを受けて、ジャレッドは最初に蹴り飛ばした剣士が起き上がっているのを見つけて肉薄した。

 冒険者二名がリタイアしたことから、竜種の抵抗は凄まじかったのだろう。町の破壊具合を見ればよくわかる。今、倒した魔術師もそうだが、本来の力が出せていなかった。

 疲弊しているのはジャレッドたちも同じだが、勝機はこちらにある。


「うぉおおおおおおおおおっ!」


 長剣を両腕に構え、力の限りに襲いかかってくる剣士の一撃をかいくぐり、懐に潜り込んで至近距離からの爆炎を放った。強力な炎の一撃は鎧を破壊するだけでは飽き足らず、中の衣類に引火して燃えていく。

 剣士が腰から水筒を外すと慌てたように水を体にかけるが、魔力によって生まれた炎はただの水では簡単に消えることはない。


「魔力を込めた炎を消すには、魔力を込めた水が一番なんだよ!」


 精霊に魔力を捧げ、水弾を作っていっせいに放つ。炎を鎮火させると同時に、鎧兜をさらに破壊してダメージを与えていく。

 防具を失い倒れた剣士は中年ほどの男性で、体中に血の滲んだ包帯を巻いていた。


「あんたも竜種に随分やられたようだな。そんな体になってでも竜種を倒そうなんて、それほど金がほしかったのか?」

「……金がほしくなければ、冒険者などやるものか……」

「町の人たちを巻き込んでも金が必要だったのか?」

「町は竜種が暴れたせいだ。俺たちが、悪いわけじゃない。俺たちの仲間が二人も死んだんだ。悪いのは、竜種だっ……」

 反省の欠片もない剣士とこれ以上の会話を続ける気はなく、蹴りで意識を奪った。


「残りはもうひとり――って、悪あがきをするんじゃねえよ!」


 火球でふっ飛ばしたはずの剣士は、いつのまにか剣と鞘を器用に使って土壁を登ろうとしていた。

 だが、こうして逃げられることを想定してラウレンツに土壁を作ってもらったのだ。逃しはしない。


「ふざけんなっ! あがくにきまってんだろ! 竜種に倒されたならまだ箔がつくのに、ガキにやられたら一生笑いもんだ! 俺たちは竜種を倒しにきたんだぞ!」

「冒険者なら立ち向かってこいよ!」

「馬鹿野郎! 俺は金がほしいんだよ! 戦いが好きなわけじゃねえ!」


 いっそ清々しくなる欲望への忠実さに、だよな、と納得しかけた。

 冒険者に偏見を持つつもりはないが、金を第一に考えている面があるのは事実だった。もちろん、自由を愛する者もいれば、戦いを求める者もいるので、全員が全員そうではないだろう。しかし、金がなければ冒険者はやってられないし、金がないから冒険者をするのだ。

 冒険者ギルドも冒険者たちを登録させて仕事をさせるのはいいが、魔術師協会と違ってルールは定かではないし、育成することもしない。才能があれば援助を惜しまない魔術師協会に対し、冒険者ギルドは飼い殺そうとする。

 冒険者ギルドの職員だってすべてがそうではないが、やはり嫌な一面が目立つのも事実だった。

 仲間を置き去りにして必死に逃げようとする剣士は、ある意味今までジャレッドが会ったことがある冒険者たちよりも、冒険者らしかった。


「でも、その欲深さは共感できる。俺も魔術のために犠牲にしたものはたくさんあるから」

「ふざけんじゃねえ! 俺たち冒険者は生命を削って生きてるんだよ! テメェみたいに魔力に恵まれたガキが、犠牲とか言ってんじゃねえよ!」


 怒りの形相で土壁から飛び降りた剣士が殴ってくるが、拳を受け止めて握りしめる。

 痛みに顔をしかめるが声を出さなかったのは剣士なりの意地だろう。


「確かに俺はガキだ。だけど、命がけで魔獣と戦い、経験を積んで、母のような魔術師になろうと努力しているんだよ!」

「知るかっ!」

「俺だってお前のことなんて知るかよっ! さっきから金、金、それしか言わねえ癖に、もっとほかにないのか!」

「あるわけねえだろ、馬鹿野郎! 冒険者が金以外を求めてどうする!」

「その金のために、竜種を襲い、町を壊したのか?」

「馬鹿みてえに竜種を家族だなんてほざいている奴らのことなんて知るかよ、竜種と人間が分かり合えるはずがねえだろ! 夢みんな! 俺は冒険者だ、化物を殺して、大物になるんだよ!」


 ジャレッドは剣士の言葉を許せなかった。自分勝手な冒険者の言葉が我慢できなかった。

 住民たちが傷ついた竜種を必死になって守る姿を見ているからこそ、独善的な冒険者を許すことができない。


「仲間を守ろうとした人たちを傷つけ、自分のことだけしか考えられないお前が大物になれるはずがないだろ! 大物になりたかったら、竜種を仲間と認め、大切に想うことができるこの町のみんなを見習ってから出直してこいっ!」


 力が入らないはずの右腕を本気で振りかぶり、剣士の顎を打ち抜いた。

 衝撃が伝わり、脳が揺られされた剣士は白目を剥き、膝をつく。

 息を切らしたジャレッドは、とっさに握ってしまった拳を開きながら、静かに剣士の拳を放す。支えを失った剣士はうつ伏せに地面に倒れた。


「俺たちの、勝ちだ」


 聞こえていないを承知で、ジャレッドは剣士に向かって笑った。




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