1.宮廷魔術師としてのこれから
「秘書、ですか?」
縁のなかった言葉にジャレッドは首を傾げた。
「宮廷魔術師は魔術師団の中から二人、三人ほど秘書官として魔術師をそばに置くことを許されているんだよ。言い方は悪いと思うけど、宮廷魔術師が優れているのはあくまでも戦闘面や個人的に特化した能力ばかりだ。国に仕えるにあたって補佐はどうしても必要なんだよ。だが、秘書官という名目で魔術師を多く従えることを避けるため人数の制限あるため、僕やアデリナではエルネスタをそばに置いてあげることはできないんだ」
なるほど、と納得した。
宮廷魔術師の力が求められる多くの場合が戦場だ。もしくは戦闘だ。
戦闘に集中してほしい、もしくは戦闘しかできない宮廷魔術師のために魔術師団から優れた人間をそばに置くことで――過度な言い方をすれば、手綱を握らせることができる。
しかし、人数に制限をつけなければ秘書官という名目で、宮廷魔術師の私設部隊ができる可能性もある。ゆえに、二人、もしくは三人なのだろう。秘書などその程度いれば十分だ。
「当初、エルネスタのことを魔術師協会に相談したんだが、そこで君の名前がだされたんだ。聞けば、まだ秘書官もなにも準備していないと、ね」
「そもそも秘書を用意することが初耳だったんですけど……」
「だろうね。詳細は聞いていないけど、君の周りにはこの間とは違うなにかがいろいろあったから控えていたそうだよ。それにね、宮廷魔術師になることが決まったとはいえすぐに任命されるものではないからね。早く任命されることに越したことはないだろうけど、君の場合は特別だ」
「特別、ですか?」
そう言われても実感などあるはずもない。生まれてこの方、自分のことを特別など思ったことは一度もないのだ。
「宮廷魔術師候補から最短で宮廷魔術師になることが決まっただけでも特別だと言えるんだよ。あと、こういう言い方を気に入らないかもしれないけど、君はリズ・マーフィーさまの息子だ。今まで親子二世代で宮廷魔術師になった者はいないんだ。民は気にしないかもしれないが、魔術師協会は期待しているよ」
思うことはあったが、期待されていないよりはいいと思い言葉を飲み込む。
「実を言うと宮廷魔術師に選ばれてから任命されるまでは結構面倒なんだよ。普通では数ヶ月かかる。他の宮廷魔術師との交流、魔術師団への顔見せ――王立学園の生徒である年下の君に反発だってあるかもしれないね。そして、魔術師協会と調節をしながら王家の面々と会い、ようやく宮廷魔術師となるんだ。秘書が必要な理由もわかるだろう?」
「ええ、まあ」
とてもひとりでスケジュールを管理するのは難しい。
「国王から任命されるとすぐに、宮廷魔術師として力を示すため任務が与えられる」
「任務、ですか?」
「うん。僕の場合は飛竜の巣を壊滅することだった。アデリナは当時徒党を組んで悪さをしていたはぐれ魔術師の退治だったね」
幸いなことに大きな戦争がないため人間を相手にすることは稀らしいが、それでも危険な任務が与えられるとのことだ。
任務を達成できなくても宮廷魔術師から外されることはないらしいが、今まで失敗した者は誰ひとりとしていない。
「宮廷魔術師になることでメリットもあるけど、デメリットだってある。しばらくの間はデメリットばかりがつき纏うかもしれないよ。だからこそ、秘書がそばに置くことで負担を減らすべきなんだよ」
「その秘書にエルネスタ・カイフを押すんですね」
「いや――誤解しないでほしい。先ほどは秘書にしてほしいと願ったが、あくまでも普通に秘書を選ぶ過程として面接してくればいい。秘書候補に選ばれただけで彼女を見る目は変わるはずだ」
「そうなんですか?」
「宮廷魔術師の秘書に選ばれる人間は優秀でなければならない。言ってみれば、秘書は宮廷魔術師と魔術師団の間に位置する立場になる。もちろん、魔術師団を率いる団長、部隊長より上かと問われれば違うけど、やはり宮廷魔術師の側近という立場は大きんだよ。そして、その候補になったこともね」
「わかりました。少しでも助けになれるのなら、エルネスタ・カイフを秘書候補と指名して、面談をさせてもらいます」
ジャレッドの言葉を受けてトレスは安堵の息を吐いた。
「感謝するよ、ジャレッド。無論、気に入れば秘書にして構わないし、気に入らなければ落としていいからね。ただ、彼女が優秀な人材であることは僕が保証するよ」
「はい。でも、向こうが俺の秘書になりたいと思いますか?」
仮にも兄を殺した相手なのだ。助けになってあげたい気持ちはあるが、トレスとアデリナのように差しだした手を拒まれる可能性だってないわけではない。
はっきり言って恨んでいる可能性だってある。
「僕自身、彼女が君に対してどう思っているかわからないんだ。そのことを承知でこんなことを頼んでいるのは厚かましいと思う。だが、面接だけでもしてあげてほしい。彼女の立場を少しでも改善してあげたいんだ」
深く頭を下げるトレスの想いは本物だとわかる。彼はよい人間だ。父親のせいでバルナバス・カイフとの関係は壊れ二度と修復できないが、せめて妹と遺された家族のためになにかしてあげたいと思っているのだろう。それはここにはいないアデリナも同じはずだ。
「もとはといえば、僕たちのせいでバルナバスは復讐に走ってしまったんだ。本来なら僕たちが償うためになにかをするべきなんだが――すまない。君に頼っていることを不甲斐なく思う」
「顔を上げてください。このままじゃ話もできません」
トレスとアデリナにはコルネリア・アルウェイとドルフ・エインとの戦いの際、助けにきてくれた借りがある。なによりも――エルネスタ・カイフには負い目があった。
「礼はどんなことでもするつもりだ。恩着せがましく思われるかもしれないし、必要ないかもしれないが、派閥争いに巻き込まれないよう、手助けしたいと思っている。僕とアデリアは比較的しがらみは少なく、派閥も曖昧だ。困ったことがあれば僕たちの名前をだしてもらっても構わないし、利用しても構わない」
「そこまでしていただかなくても……とにかく、エルネスタ・カイフに関しては引き受けます。そのためにするべきことを教えてください」
「――っ、ありがとう! なら、僕と一緒に魔術師協会へいこう」
「魔術師協会ですか?」
「ああ。すでに君の秘書官になりたい人間は多いはずだ。窓口は魔術師協会だからね。伝手があれば直接言ってくる人間もいるが、君の反応を見る限りないだろう?」
「今のところはなにも――というか、俺の秘書になりたがる人間なんているんですか?」
「もう何人か立候補者がいることは聞いているよ。だから今日、慌ててエルネスタのことを頼みにきたんだ」
結果としてトレスの判断は正解だった。
手をこまねいてエルネスタのことをジャレッドに伝えられなければ、魔術師協会から連絡があり今後のためと秘書官を選考することとなっていただろう。そうなってしまえばエルネスタの入り込む余地はない。彼女が進んで秘書官を望んでいるならまだしも、こちらから指名するのだから。
ジャレッドは、宮廷魔術師になるための一歩を踏みだすこととなる。同時に、まだ見ぬエルネスタ・カイフのことを考え、らしくもなく緊張するのだった。




