22.魔術師協会からの依頼 冒険者退治1.
応急処置は無事に行われた。
気付けば日が沈みかかっており、三時間以上取り掛かっていたのだと今さら気づく。
すでにジャレッドもラウレンツも疲労困憊となり地面に横たわっていた。
黒曜石の槍は何度も折ることを繰り返したが、最後の一本まで消費して竜種の傷を縫い上げた。
「た、体力がもうない……拳が、握れない」
「ぼ、僕も魔力が残ってないぞ……暴れすぎだ、さすが竜種……」
ジャレッドは集中力と体力を大きく消費していた。一心不乱に傷を縫って血を止めることだけを考えた結果だったが、おかげで右腕は小刻みに震えており指一本動かすことも苦痛だった。
ラウレンツの場合はもっと酷い。痛みに暴れる竜種の被害がでないように、ひたすら土人形を操り巨体を抑え続けたのだ。常に魔力を消費しながら操らなければならない土人形を休みなしで三時間は、日頃の訓練の比ではないほど辛いものだった。
そんな二人の努力があったからこそ、応急処置は成功したのだ。
出血の止まった竜種は寝息を立てている。
「まさか竜種を戦うつもりできたのに、助けることになるとは思わなかったな」
「同感だ。しかし、まだ問題も残っているぞ」
「冒険者だな。ったく、俺も今まで何回か依頼で鉢合わせたことがあったけど、あいつらはとにかく金、金、金、だから嫌になる!」
「依頼で生計を立てているのだからしかたがないとはいえ、今回のような人的被害が出たことは見過ごせない」
ラウレンツの言うとおり、多くの冒険者が依頼で生計を立てている。魔術師と違い、誰でもなることができる冒険者は、それこそ飼い猫捜索から竜種退治までするのだ。しかし、依頼だからといって誰かを巻き込んでいいわけではない。
この町の町長ジーモンの話を聞く限り、冒険者たちは自分たちのことしか考えていなかったと思われる。
仮に竜種と町の中で戦うにしろ、住民を避難させるなど優先してすべきことは山のようにあったはずだ。だが、彼らはそれを怠った。
「とりあえず、冒険者を捕まえてアルウェイ公爵に裁かせるしかないだろ」
「それが妥当だな。おそらく冒険者たちは牢獄行き決定だ。ここまでの被害をだした原因を作ったのだからしかたがない。アルウェイ公爵は優しくも厳しいお方だと聞いているから、いきなり斬首はないと思いたい」
ジャレッドにしてみれば、住人同然の竜種を傷つけられ、町を破壊する原因となった冒険者に対する住民たちの怒りの方がよほど怖い。
今はまだ、竜種を案じている住民たちだが、いつ感情が爆発するのかわかったものではない。
冒険者を捕まえるにも、住民たちが騒ぎだす前に片付けたいと思う。
仮にも竜種を五人で追い詰めた冒険者がおとなしく住民の怒りを受けるとは思えない。下手をすれば住民から死者がでる可能性だって考えられるのだ。
「まあ、冒険者たちもおとなしく捕まることはないだろうな。どちらにしても冒険者としては終わりだ。冒険者ギルドだって、町を壊滅させた原因を守るはずもない。奴ら、死に物狂いで抵抗するぞ」
「……竜種と戦うはずが冒険者と戦うことになるのか」
うんざりとため息混じりの声をだすラウレンツにジャレッドは苦笑いした。
竜種という勝てるかどうかもわからない相手をする危険はなくなったものの、疲弊した自分たちが冒険者を五人も相手にするのはいささか荷が重い。
最悪の場合は住民たちと竜種を守りながら戦わなければならないことを考えると頭が痛くなる。
近くに別の町があればいいのだが、隣町までの距離はそれなりにあるとジーモンから聞いているので今さら避難は無理だ。
竜種から離れようとしない住民たちを思えば、この町以外に居場所がない竜種を残しては動かないだろう。
「うわぁ、もうきやがった……」
「ジャレッド?」
嫌々立ち上がり、戦闘衣についた土埃を払うジャレッドに視線が集まった。
「あの、貴族さま、どうかしたのでしょうか?」
「残念なお知らせだけど、冒険者たちがきた。町の入り口に……三人いるな」
「おそらく暗くなった頃合いを見計らって現れたんだろうな。卑怯な奴らめ」
毒づきながらラウレンツも立ち上がるが、魔力の消費がすぐに回復するはずもなくまっすぐ立っているのも辛そうだ。
「わ、私たちはどうすれば?」
「ここで竜種を守っていてほしい。俺が迎え撃つ」
「僕たちが、迎え撃つだ」
ジャレッドたちの言葉に、住民たちが驚きざわめく。
無理もない。疲弊しきった二人の姿を今まで見ていたのだ。
すると、住民たちの中から手があがる。
「あの、俺たちにできることは?」
声の主は、ジャレッドたちに槍を向けた青年だった。
「手を貸してもらえるなら、ぜひ貸してもらいたい。ただ、危険が伴ってしまうことを覚悟してほしい」
「危険を覚悟するなら、冒険者が襲ってきたときにできています!」
「なら頼む。俺たちは冒険者を迎え撃つ。だけど、話に聞いていた五人のうち三人しか現れないことが気がかりだ。だから、この場で住民たちと竜種を守って欲しい」
「そ、それだけでいいんですか?」
若干拍子抜けする青年だったが、決して簡単なことではない。
「ただし、俺たちが冒険者を三人相手にしている間、助けにはこられない。今からじゃ隣町に避難はできないし、竜種を残して避難する気はないんだろ?」
「ありません。彼は大切な住人ですから」
「だからこそここを頼みたい。本当なら俺たちのどちらかが残るべきなんだろうけど、残念ながら本来の力を出せない状態で情報不足の相手と戦うことは不安が残る」
「すまないとは思うが、僕たちは負けるわけにはいかないんだ。なんとか耐えてくれ」
無理難題を言っている自覚はジャレッドにもラウレンツにもあった。
だが、ジャレッドの感じる気配は町の入り口に三人だけであり、他にはいない。隠密に長けた者がいたらと思うと怖いのだが、可能性だけで行動できない。
ジャレッドたちにとって住民を守ることが最重要である。冒険者たちが後がないと自覚しているのかどうかで話も変わってくるが、眠っている竜種を見つければ目の色を変えて襲い掛かってくるはずだ。
住民たちから遠ざけて戦うことが一番だと判断したのだ。
「いつになるのかわからないけど、アルウェイ公爵と魔術師協会が応援をよこしてくれる手はずになっている。少なくとも明日にはくると思う。俺たちも力を尽くすから、一緒に乗り越えよう」
ジャレッドは青年に手を差し出し握手を求める。青年は強くジャレッドの手を握りしめた。
「俺たちの町のためにありがとうございます!」
続いてラウレンツとも握手を交わし、青年は仲間を集めだした。
「不安は残るけど、なんとかなると思いたいな」
「問題は冒険者を相手にして、今の俺たちが勝てるかどうかだ。消費した魔力は?」
「この短時間で回復できるなら僕は今ごろ宮廷魔術師だ。余力をすべて使うとしても五分の一も残っていない。ジャレッドこそどうだ?」
「魔力の消費はほとんどないけど、右腕に感覚が戻らない。全体的に体力を奪われたから、普段よりも魔術も行動力も質が落ちると思う」
正直、不安定要素しかない。
わかっているのは相手の数だけ。しかし、五人の内二人が姿を見せていない。
冒険者たちの実力は予想できるが、推測の域をでないことにはかわりがなく、冒険者がどのような戦いをするのかも不明なのだ。
だが、やるしかない。
「冒険者たちだって竜種を相手にしたんだ、万全ではないはずだ」
「ああ、泣き言はやめよう。じゃあ、冒険者退治といきますか!」
竜種を守るため武器を持った青年をはじめとする住民たちが立ち向かおうとしている姿を見て、ジャレッドたちも気力を振り絞って戦いに赴くのだった。