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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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39.ジャレッド・マーフィー対ワハシュ 証人1.




 ヴァールトイフェルの長ワハシュがアネット・パッジを殺すと宣言してから一日が経った。すでに時刻は夕方に差しかかっている。六の月とはいえ初夏に差しかかるこの時期に戦闘衣を着込むのは暑い。

 暑さ対策と動きやすさを重視することに決めたジャレッドは、体に張りつく伸縮性のあるシャツとズボン、ブーツといった一見すると戦闘衣には見えない出で立ちだ。


 腰のベルトには左右に二本ずつナイフが刺さっている。以前、プファイルを迎え撃ったときとは違い、ショートソードは持っていない。

 ジャレッドの目的はワハシュの殺害ではなく、あくまでもアネットたちを守ることだからだ。

 アネットたちが逃げだすかと思っていたが、予想外にも屋敷に残ると言った。ヨハンが守ると言ったことで安心したのかもしれない。どちらにせよ、勝手にどこかにいかれるよりはいい。


 オリヴィエに頼んでアネットたちがおかしな行動を取らないように見張ってもらっている。彼女のそばにはロイクとカリーナも一緒だ。巻き込みたくない三人をまとめておくことにしたのだ。オリヴィエは行動力があるので、心配になったとこちらにきてしまう場合も考えられる。それはジャレッドの望むところではない。


 屋敷を背にして立ち続けるジャレッドの背後には、戦闘衣に長剣を持つ父ヨハンがいる。手をださない約束はしているが、万が一にことがあれば割って入るとも言われている。

 ただし、あくまでもワハシュと戦うのはジャレッドのみだ。

 共闘などできない。騎士として実力がある父であっても、どのような戦闘方法を得意とするのか把握もできていない相手との即席の共闘は避けたかった。


「――待たせたようだ」


 音もなく静かにジャレッドたちの前に現れた男こそ――ワハシュ。ヴァールトイフェルの長であり、母リズ・マーフィーの父親を名乗る男。

 白髪の混じる短く刈り込んだ髪。鍛え抜かれた体躯。深い藍色の戦闘衣を着込んだ姿は歴戦の戦士である。同時に、王者としての風格を与えてくる。


 年齢こそ五十ほどに見えるが、実際はわからない。ずいぶん長くから生きている言動を耳にしている。ゆえに緊張する。長い生を送っているのなら、戦闘面でも経験は勝てないだろう。

 戦闘方法さえ不明であり、強いて知っていることを上げるのならば――ワハシュの後継者にはプファイルとローザを含めた数人が必要だった。プファイルほどの実力が数人必要だったのだ。つまり――勝機がない。


「いや、時間は決めてないんだ。構わないさ。俺だって、さっきまでお茶飲んで、オリヴィエさまの膝枕で居眠りしていたくらいだ」


 もちろん嘘だ。少しでも余裕があることを見せたくて虚勢を張っているだけ。


「そうか、ならばかわいい孫が婚約者と仲睦まじい時間を過ごせるように――早く片をつけてしまおう」

「そりゃありがたい」


 軽口を叩きながらジャレッドは自らの呼吸を殺し、全神経をワハシュの動作ひとつひとつに集中していく。

 わずかな動きを見逃せば瞬く間に敗北する。

 予感ではない。確信だ。初めてオリヴィエの屋敷で顔をあわせたときも、昨日この屋敷に現れたときも、ついこの瞬間も――いつどこからワハシュが現れたのかわからなかった。

 少しでも動けば、戦いの合図など必要なくこちらからしかけようと、いつでも戦闘準備はできていた。


「そう緊張しなくていい」

「なにを――」

「筋肉が強張っているのがわかる。私に勝てないとわかっているのだろう。相手の実力を見抜くことができなければ戦闘者として一人前とは言えないが、お前はよくできている。だが、それゆえに私に怯えているのだ、勝てるはずがない、と」

「言ってくれるじゃないか、ならさっさとかかってこいよ。俺がお前に怯えているかどうか、はっきりさせてやる」


 見抜かれていたことにわずかな焦りを覚えた。

 まさか筋肉の強張りを見抜くなど誰が思う。存在そのものが規格外な奴だ。


「できることなら、このような形でお前と向きあうことは望んでいなかった。しかし、まだ間にあう――手を引け」

「断る」

「なぜ、そこまでする?」

「その前に、これを読んでくれ。話はそれからでもいいだろ」


 返事を聞く前に、母の遺した日記をワハシュに投げる。


「母の隠されていた日記だ。これを読んであんたが止まるとは思わないけど、母を娘というのなら書き残したものを読んでくれ」

「……わかった。少し、時間をもらおう」

「今さらだ。ゆっくり読んでくれ」


 オリヴィエはもしかしたら母の日記を読むことでワハシュが復讐をやめるかもしれないと可能性を口にしたが、ジャレッドはそう簡単に考えが変わるとは思わない。むしろ、アネットに対する怒りが増幅するとさえ予想していた。

 日記をめくる音がはっきりと聞こえる。

 今だけは、ワハシュからの威圧感も消えている。それだけ日記に集中しているのだろう。


「――感謝する。娘の本音を知ることができるなど思ってもいなかった。だが、この日記を読んだからこそ、わずかな命を早めた原因であるパッジ一族のすべてを殺さなければ気が済まない」

「だと思ったよ。ほら、日記返せ」


 ワハシュから日記を受けとり、背後に控えている父に渡す。


「ジャレッド、お前が戦う必要はないんだぞ」

「わかってる。でも、俺が選んだことだから、いいんだ」


 いまだ父を父と呼べずにいながら案じてくれていることにだけ感謝する。

 再び対峙する形となった孫に、祖父が語りかける。


「母の仇を守ろうとするお前が私には理解できぬ」

「あんたがアネットだけを殺すと言うならそれでもよかった。だけど、俺の姉弟を巻き込むじゃねえよ」

「兄弟ゆえに、か」

「ああ。俺を嫌っていようと馬鹿にしていようと、俺たちは兄弟だ。守ってやるのが兄貴の役目だ」

「お前が、血の繋がりを大事にしていることはよくわかった。――だが、本当にいいのか?」


 問われた内容が理解できずジャレッドは首を傾げた。


「どういうことだ……あんた、なにが言いたいんだ?」

「本当の兄弟ではない者のために、血の繋がった祖父を敵にするというのか?」

「馬鹿なことを言うんじゃねえよ。そんな嘘で俺が動揺すると思ったら、かなり馬鹿にしていることになるぞ」

「ならば証人を呼んでやろう」


 ワハシュは、そう言うと、指を鳴らした。



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