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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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36.ワハシュの気持ち.




 ウェザード王国王都を一望することができる丘の上に、小さな墓標があった。


「……ここにくるのも久しぶりだ」


 墓標になにも記されているわけではないが、彼――ワハシュにとって、亡き娘が眠る場所である。

 亡骸はダウム男爵家が手厚く葬ってくれたことを知っている。

 元宮廷魔術師の早すぎる死に、魔術師協会も手伝い、王族と宮廷魔術師も参列したと聞いている。

 ワハシュは葬儀に出席することはなかった。呼ばれはした。拒んだのだ。


 娘の死を受け入れることができない、縁を切ると言った手前あわせる顔がない――などというセンチメンタルな感情はあいにくない。

 ただ死は日常であり、多くの同胞が死を迎える中、娘だからといって特別扱いしなかっただけだ。

 だが娘は娘だ。喧嘩別れしていようと、愛しいものは愛しい。ワハシュはまだリズが幼いころ使っていたナイフをこの丘に埋め、墓標を立てた。

 宮廷魔術師として国を守り続けた娘が、守った街並みを見渡せるように――と。


「ここにいましたか、父上」


 声に振り向くともうひとりの愛娘ローザ・ローエンと、口にこそしないが息子同然のプファイルが膝をついていた。


「ローザ、プファイル、なに用だ?」

「ジャレッド・マーフィーと戦うことになったと聞きましたので、父上のお心を問いに」


 内心、苦笑するも、顔にはださない。

 二人がジャレッドと生活をともにしていることは知っている。おそらく孫の身を案じたのだろう。プファイルに至っては、一種の友人関係を築いていると知っている。

 間違いなく自分がジャレッドを殺さないか心配しているはずだ。


「ローザ、お前はここが誰の墓標か知っているか?」

「いいえ、知りません。ですが、今ならわかります。私の、姉、リズ・マーフィーですね」

「そうだ。あの子がなぜ宮廷魔術師になったのかまでは知らぬ。命を奪い、破壊することを生業とする私と正反対の道に進みたかったのかもしれない。それとも母親が魔術師だったことが理由なのか、今ではもう知るすべもない」


 一拍置き、続ける。


「あの子の母は、奪う私と違い、正義感に溢れていた女性だった。ゆえに惹かれた」

「その方は?」

「ずいぶん前に亡くなった。身寄りがなかったので、知人に頼み葬儀と埋葬をしてもらってある。リズが王都に腰を据えたのも、母親のそばにいたかったからかもしれぬ」


 冒険者だったリズの母は、死にかけていたところをヴァールトイフェルによって救われた。暗殺組織がこの世に存在していることが許せなかったのか、元気を取り戻すとあろうことかワハシュに戦いを挑んだ。戯れに戦いを受け、その強さに驚嘆した。正義感の塊であるまだ少女と言える年ごろの娘に、年甲斐もなく魅せられ惹かれた。


 勝負にこそ勝利したが、勝った気はしなかった。彼女が組織に滞在予定の間、惜しげもなく足を運び、会話を重ね、情を築きあげたのはワハシュにとってどのような戦闘よりも緊張の連続だった。

 彼女のおかげで誰かを愛することを知った。そしてリズが生まれた。

 その後、とある縁がありローザの母親と出会うことにもなる。


「父上、本当にジャレッドと戦うのですか?」

「無論、戦う。ジャレッド自身が私との戦いを望んでいる。なによりも私と違う結末を望んでいるのなら衝突は必然だ」

「しかしっ」

「慌てるな、ローザよ。戦うだけだ。殺しはしない。孫の実力を見るいい機会だ」


 ワハシュがジャレッドにわざわざ一日猶予を与えてまで叩こうとしているのは、万全な状態の孫に実力を持ってして勝利することで抵抗を奪うことだ。また、アルメイダによって育てられた孫の力を、身を持って知りたいと思う気持ちもある。

 そうでなければ、あの場で全員を戦闘不能に追い込み、今ごろアネットたちの首をこの墓標に捧げていた。

 知らずとはいえ、ジャレッドは一度だけアネットたちの命を救っていたのだ。


「敵ではないジャレッドを殺すことなどない。私が殺したいのは、リズを奪った者たちなのだからな」


 アネットたちを脳裏に浮かべ、静かだが殺意の籠った声をだすワハシュに、ローザとプファイルが総毛立ち、震えた。

 戦闘者として育てられ、ある程度の実力を持っていると自負している彼女たちにとっても、ワハシュの座する高見ははるか遠い。


「私の知る限り、あのアネット・パッジはジャレッドの望む結末を受け入れることはしないと思います。私たちになにかできることは?」

「感謝する、プファイル。私も、仮にジャレッドに敗北したとしても、あの女が司法に下るとは思えない。だが、すでに手は打ってある。心配するな」

「では父上、私たちはなにをすればいいのですか?」

「なにもする必要はない。今回の一件に、お前たちが関わることは望まない」

「で、ですが……」

「これは私の私怨だ。そのようなものに、お前たちを巻き込みたくないのだよ」


 稀に見る、穏やかで優しい笑みを浮かべたワハシュに、ローザはもちろん、プファイルもなにも言えなくなる。


「ただ、ひとつだけ願いがある」

「なんなりと」

「戦いに絶対はない。いくら私のほうが強くとも、ジャレッドに敗北する可能性もある。場合によっては、死を迎えるかもしれぬ」


 まさか、とはローザもプファイルも言えなかった。

 とくにプファイルはジャレッドに敗北している。アルウェイ公爵家別邸で戦ったあの夜よりも今のジャレッドは強い。封じられていた魔力を解放され、先の戦いではドルフ・エインの支配下にあったルザー・フィッシャーを殺すことなく倒しているのだ。

 いくらワハシュが強かろうと、万が一ということもある。

 他ならぬワハシュ自身が言うのだから、可能性は多分にあるはずだ。


「もし私が死んだ場合、組織はローザとプファイル、お前たちが継げ。ドルフが死んだ今、暗殺組織を維持する必要はない。日の中を堂々と歩けるように組織を変えていけ」

「……父上」

「ワハシュ」

「ダウム男爵――、ヨハン・ダウムではなく、ニクラス・ダウムを頼れ。決して悪いようにはしないだろう。傭兵集団でも、警護組織でもいい、自由に生きろ」


 そう告げたワハシュは二人に背を向け、墓標を視界に入れながら王都の街を見つめる。

 ローザが父の背になにかを言おうとするも、強い風が丘に舞う。まるでなにも言うなと拒絶されているような気がしてしまい、彼女は口を噤んでしまった。


「しばらくひとりにしてくれ」


 ワハシュの願いを受け、静かに頭を下げると、二人は音もなく消えた。



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