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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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33.ヨハン・ダウムの気持ち5.




 ヨハンの告白に、ついオリヴィエは苦笑した。

 よくも悪くも自分の悪評を利用しようとしたことがきっかけでジャレッドと出会えたのだ。思っていた以上に、悪い噂も捨てたものではない。


「まさか宮廷魔術師になるとは思ってもいませんでした。いえ、リズの子供であるのなら可能性はあったのでしょうが、僕にとっては青天の霹靂でした」

「そうでしょうね」

「もう僕にはなにもできない。ジャレッドは自分で進むべき道を決めてしまった。ならば、見守ろうと思ったのです。ジャレッド、今さらこんなことを言っても僕の気が晴れるだけだが、言わせてほしい。お前は自らの力でリズと同じ立場に届いた――僕の誇りだ」


 まさか父が誇りと思ってくれているとは思わず、ジャレッドは目を剥く。しかし、なにかを発しようとしたが、適切な言葉が見つからず口を閉じてしまう。

 ヨハンは自らの想いが通じているのなら構わないと、息子に無理をしなくていいと首を横に振った。


「男爵家の跡取りはどうするつもりでしたのですか?」

「リズと結婚するにあたって、どうしても爵位が必要だったので男爵位を得ましたが、僕は所詮新興貴族です。途絶えてしまっても構いません。幸いジャレッドは自立しているので、もう心配ないでしょう。なによりもオリヴィエさまがそばにいてくださる」

「ええ、わたくしが一緒にいますので、ジャレッドの心配はなさらなくとも大丈夫ですわ」

「心強いお言葉感謝します。僕の屋敷がどうなろうと構いませんが、父のほうは駄目です。弟が後継者にならないのなら、ロイクを祖父の跡継ぎにすることを考えていました」

「レックスはどうなんだ?」


 ようやくジャレッドの口から発せられたのは、父への質問だった。


「僕の跡目をレックスに継がせることも考えていたが、あの子はアネットの悪い部分の影響を強く受けすぎている。レナとの一件もそうだが、行動が目に余る。まだ幼いからとはいえ、当主の器ではない」

「そっか。それは、アネットの息子だからとかじゃなく、しっかり考えてだした結論なんだよな?」

「もちろんだ。正直言ってしまうと、今はアネットのことも、あの女の子供のことも考えたくはないが、今の話に嘘偽りはない」


 ヨハンの言葉を信じてジャレッドはそれ以上なにも問わなかった。

 レックスに問題があることはジャレッドも気づいている。決してかわいいとは言えない弟を今、守ろうとしているのは命の危機からだ。当主になるかならないかまで気にかけるつもりはない。


「話してくれて、ありがとう」

「あ、ああ、すまない、僕のせいでお前には苦労をさせた」

「苦労ばかりでもなかったさ」


 ようやくジャレッドは父に対し笑みを浮かべることができた。ヨハンも息子の控えめな笑顔に、嬉しそうに破顔する。父の隠していた感情と想いを知ることができたことで、少しだけ心が軽くなった。

 今さら仲のいい親子という関係を築くことができるかどうかわからないが、少なくとも険悪になることはもうないだろう。


 思い出にしかいない母が父を利用して自分を生んだという事実は、衝撃を通り越して唖然とした。いまだに嘘だと思っているが、嘘に敏感なオリヴィエがヨハンになにも言わなかったことからも、事実なのだろうと思う。

 両親同士が愛しあっていなかったことは残念に思うが、自分に優しかった母は本物だ。今さら恨み言もないし、失望したりもしない。母は母だ。それでいい。


「あの、お義父さま、リズさまのお部屋はまだ残っていますか?」

「もちろんです」

「失礼を承知でお尋ねしますが、見せていただくことはできませんか?」

「構いませんよ。この部屋をでて、右隣です。よろしければ、案内しますが」

「隣の部屋であれば大丈夫です。わたくしは失礼しますので、どうぞ父子で少し会話をしてみたらいかがでしょうか?」


 助けを求める顔をするジャレッドとヨハンを眺め、よく似ていると微笑む。

 よくよく思えば、自分のことをないがしろにして誰かのために行動するところなどは父子でそっくりだ。ヨハンの場合は少々不器用だったが、ジャレッドがオリヴィエのためにしてくれた行動を思いださせる。

 すべてが明らかになった今なら、和解できるはずだ。

 自分と母が女同士だからこそ話すことができるように、ジャレッドもヨハンと男同士の話があるはずだ。ここにオリヴィエがいては、気まずいこともあるだろう。

 少し荒療治ではあるが、二人きりにしてしまおう。


「では、リズさまのお部屋を少し拝見しますわ」

「ちょっと、オリヴィエさま」

「ジャレッド――できれば、話がしたい。せっかくオリヴィエさまが気を利かせてくださったのだ、できれば二人だけで」

「……わかったよ」


 一度は腰を浮かせたジャレッドだったが、ヨハンに願われ渋々ソファーに再び腰をおろした。

 そんな婚約者を微笑ましく思うオリヴィエは、ヨハンに小さく頭を下げると部屋をでていく。

 扉を閉め、右隣の部屋移動したオリヴィエ。

 リズの部屋は生前と同じように保たれているようだ。ベッドメイキングはもちろんのこと、毎日掃除がされていることも伺える。甘い匂いが部屋の中に香っているのは、リズがつけていた香水のものだと推測する。


「きっとお義父さまは、今も心からリズさまのことを愛していらっしゃるのね」


 リズのことは知らないが、これほどまで愛してもらえるなら女冥利に尽きるはずだ。

 彼女が自殺したことはわかった。だが、理由は理解できない。宮廷魔術師ほどの力を持つリズ・マーフィーであれば、元凶をすべて屠ってしまうほどの力もあったはずだ。いくらカリーナがロイクの件で脅されていると言っても、国で十二本の指にはいる実力者が本気をだせば、子爵家を含め潰すことなど容易く思える。

 事実、ジャレッドやプファイルの力を目の当たりにしているオリヴィエだからこそ、リズが自殺した理由が理解できない。

 ゆえに、彼女の部屋にきたのだ。


「さて、なぜリズさまが自殺したのか、本当にお義父さまを利用したのかどうか調べてみましょう」


 女性であるのなら、日記くらいは書いているはずだ。どうしても隠しておきたい秘密は、自分以外の誰の目にもわからないように隠してもいるだろう。

 もしリズになにかしらの理由があれば、ジャレッドとヨハンは救われる。かつて自分がジャレッドに救ってもらえたように、今度は自分が救う番だ。

オリヴィエは、腕まくりをして意気込んだ。



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