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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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32.ヨハン・ダウムの気持ち4.




「嘘だっ」


 父の言葉を受け入れることができず、ジャレッドが声を荒らげた。


「僕は決していい父親ではなかった、すまない。だが、事実なんだ」

「違う! あんたは、母の地位を利用したくて結婚したんだろ! なのに、そんな作ったような嘘を言うんじゃねえ!」


 母を失ってから父の快くない話は何度も聞いた。そのせいで、父に構われなくてもいい、関心を持ってもらわずとも平気だ――むしろ、こちらから嫌ってやるとさえ思うようになったのだ。

 今になって母を愛していた、自分のことを愛していたなどと言われても納得できるはずがない。


「僕に対してそういう話があることは知っている。だが、考えてくれ。リズは結婚と同時に宮廷魔術師を辞して爵位も返却している。もちろん、元宮廷魔術師という肩書と影響力はあるが、魔術師教会があるのだから好き勝手になどできない。利用などできないし、してもいない」


 ヨハンの言うとおりなのかもしれない。父は、男爵位を得るまでは騎士として活躍し、功績を残した。だが、母と結婚してからはいたって普通の騎士として特別なにかをすることなく、日々を送っている。野心のある男の言動は、少なくとも見られない。

 母を利用したと至るところで聞いたが、記憶に残る母がそう簡単に利用されるだろうかと疑問もある。

 だが、今さらだ。もう、今さらでしかないのだ。


「結局、度々口を挟むことになってしまってごめんなさい。ねえ、ジャレッド。あなたはどうしてお父さまがお母さまを利用していたと知ったの?」

「誰もが言っていました。祖父の屋敷の漢人はもちろん、ここの屋敷でも、そういえばアネットから聞いたことも覚えています」

「そう。真偽はともかく、幼少期に聞いたことが刷り込まれてしまったのね。では、お義父さま、あなたはなぜリズさまを利用するために結婚したと耳にしておきながら、否定もなにもしなかったのですか?」


 オリヴィエのもっとも問いかけに、ヨハンは過去を思いだすように口を開いた。


「リズが僕の血をほしがっていたのは先ほどお話した通りです。しかし、おもしろいことにその真逆の噂が流れました。だから僕は、その噂を隠れ蓑にすることを考えました」

「リズさまがあなたを利用したことを外部に知らせないために、あえて悪い噂を甘んじて受けたというのですか?」

「ええ、リズのためなら構わなかった。オリヴィエさま、あなたも自分を犠牲にしても守りたい、そう思い行動することに躊躇いはないはずです」

「理解できます。わたくしもかつてはそうでしたから。お義父さまは、そこまでするほどリズさまを心から愛していたのですね」


 かつてオリヴィエは自分にまつわる悪い噂さえ利用して母を守ろうとした。ヨハンがリズを守るために甘んじて、妻を利用した男のレッテルを貼られてもなお否定しなかったことへ、共感を覚えたような目を向ける。


「もちろんです。しかし、僕はリズを愛するがゆえに嘘をつきました」

「ジャレッドの才能のことですね」

「ええ、そうです。理由は二つ、リズが目的を果たしたからと僕から離れていくことを恐れたから。もうひとつは、リズがジャレッドを――お前をどう扱うかわからなかったからだ」


 最後の言葉はオリヴィエではなく、ジャレッドに向けて発せられた。


「母が、俺をどうこすると思っていたのか?」

「悪いことにはならないと信じていた。しかし、不安がなかったわけじゃない。僕は、リズの求めている子供を知っていた。だが、その子供をどうしたいのかまで知らなかったんだ」


 ゆえに、嘘をついた。才能がないと言うことで、愛する妻が遠ざかっていかないように、愛する息子を不器用ながらに守ろうとしたのだ。


「嘘をつくのは心苦しかった。リズにもそうだが、お前の将来を狭めてしまったと、悩みもした。意外だったのは、リズはあっけらかんとしていたんだ。求めていた才能ある子供ではないと告げたとき、お前に興味を失くしてしまうのではないかと恐れもした。しかし、そんなことはなかった。才能がなくてもかわいいお前が元気ならそれでいいと言い、笑っていたよ」

「あの、才能を隠したことに関してはわかりましたが、どうしてジャレッドをダウム男爵家の当主にしないと?」

「爵位を継がせないというのはリズとの約束ですよ。ジャレッドを貴族というしがらみから逃がしたい、自由に生きさせたい――リズの数少ない願いだった。息子には剣の才能がないと嘘をついたので、そのことを理由にすれば周囲は納得しました」


 仮にも剣の一族と呼ばれているダウム男爵家の血を引くのなら、剣の才能がないと言われれば納得するほかない。

 だが、疑問は尽きない。


「待ってくれ、ならどうしてお祖父さまは俺に剣の手ほどきをしてくれたんだ?」


 たとえ基礎とはいえ、祖父は剣を握らせ学ばせてくれた。才能がないと思い込んでいたジャレッドだったが、祖父が指南してくれたおかげで剣を実践に役立てるようになった。

 まだ剣技を満足するほど使えるとは言い難いが、それでも実戦で剣を持てば強さが増すくらいにはなっている。


「剣の鬼と呼ばれた父上に僕の口先だけの嘘が通じるはずがないだろう」

「お祖父さまは、あんたの嘘に気づいていたのか……だから俺を?」

「そうだ。父上と母上だけが、いや、多分弟も、お前の剣の才能を見抜き、次期当主にしないことを宣言した僕に腹を立てた。もちろん、理由なんて言えるはずがない。そんなことをすればリズが悪者になってしまう。このあたりで、僕は父上から見限られたのかもしれないが、構わなかった。だが、父上が自分の跡取りをお前にしようと考えていることを知り、知人に預けようと考えたんだ」


 もちろんジャレッドを見ていると失った妻を思いだして辛いことも理由だったのかもしれない。だが、それだけではなかった。


「知人は魔術に長けた人だった。その人物なら、リズから受け継いだ魔力、魔術の才能を育ててくれると思ったんだ。もっとも、そのせいでお前が行方不明になってしまった、すまない」


 皮肉なことに、結果としてジャレッドは最高と呼ぶことのできる魔術師と出会い、弟子となることになる。

 訓練は過酷で辛いものだったが、多くの知識と技術、そして愛情を与えられた。

 父を恨んだこともあったが、ルザーとアルメイダとの出会いには感謝している。


「ずっと疑問だったのですが、ジャレッドを貴族から解放したいと願っていながら、どうしてわたくしと婚約させようとしたのでしょうか?」

「……ご無礼になることにお許しを」

「構いません」

「問題があるオリヴィエさまと婚約させることで、ジャレッドが根を上げるが、あなたが婚約破棄をするかのどちらかを望んでいました。そのことを理由に、本格的に貴族としての将来を断とうと――同時に、リズの死に不鮮明なことが多々あったため、父を含めたダウム男爵家から遠ざけておきたかったのです」



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