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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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31.ヨハン・ダウムの気持ち3.




 ジャレッドが部屋からでると、廊下には戸惑った様子のロイクが立っていた。


「どうした?」

「あの、兄上、今、姉上が凄い顔をしていましたけど……」

「気にするな。それよりも、お母さまについていなくてもいいのか?」


 カリーナの精神状態を考えるとひとりにしたくなかった。今のジャレッドには彼女のそばにいることは難しいので、息子であるロイクが適任だと思っていたのだが、その弟がここにいるとなるとなにかが起きたのかと勘ぐってしまう。


「今はひとりにしてほしいそうです。部屋で横になってもらいました」

「それならよかった。ありがとう」


 心身ともに疲弊したのは、なにもジャレッドだけではない。

 長年重荷を背負っていたカリーナの心情は察するにあまりある。ようやくすべてを晒すことができたのだ。難しいとわかっているが、もう過去に縛られることなく生きてほしい。


「あのっ」

「ロイク?」


 不安を隠すことができない弟が、突然大きな声をあげたので少し驚いた。

 なにかを話したい、だけどうまく言葉にすることができない。そんな様子の弟に気づくと、彼の前でかがみ目線をあわせ、言葉を待つ。


「落ちついて、言ってみろ。大丈夫、どんなことでも言ってくれていいんだ」

「兄上、その、母上を許してくださいとは言えません。大変なことを、してしまったのは、僕でもわかります。でも――」

「安心していいよ。俺は、お母さまを恨んだりなんてしていないから」


 弟の不安を消すようにジャレッドは断言する。

 事実、カリーナを恨んでなどいない。彼女もまた苦しんでいたことはわかっているし、なによりも愛情を与えてもらった。恨むことなどできやしない。


「悪いのはアネットだ。お母さまは脅されていたんだ、気にすることじゃない。ロイクはなにも心配しないでいいから、お母さまのことだけを考えてあげてくれ」

「ありがとうございます、兄上」


 安心したのか涙ぐむロイクと手を繋ぎ、カリーナの部屋まで送る。中には入らない。もし自分を見たらカリーナに負担となることがわかっているから。同時に、恨んではいないものの、まだ向きあう勇気がジャレッドにはなかった。

 ロイクが部屋の中に入るのを見届けると、


「お待たせしました、オリヴィエさま」

「いいのよ。さあ、お義父さまの部屋にいきましょう」


 言葉を発することなく、ただそばにいてくれた婚約者とともに父の書斎へ向かった。


「冷静になったか、ジャレッド……オリヴィエさまもご一緒でしたか」

「わたくしは親子喧嘩をなさらない限り口だしはしませんわ」

「いえ、構いません。ジャレッドの婚約者であるあなたにも聞いてもらいたかった。きてくださり、感謝します」


 ヨハンに促され、三人がけのソファーにオリヴィエとともに腰をおろす。テーブルを挟み、ヨハンが対面に座る。


「今、お茶でも用意させます」

「いいえ、お気遣いなく。それよりもお話をなさってください」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 ヨハンは息子と婚約者に視線を向けると、小さく深呼吸をしてから口を開いた。


「僕が、ジャレッドに今までしてきた言動の理由を話す。オリヴィエさまにもぜひ聞いてもらいたい」


 そう前置きをして語りだす。


「先ほど、義父ワハシュが言ったように、僕はお前に親として愛情をもっている。もっとも愛した女性であるリズとの間に生まれたお前を愛さないはずがない。同時に――ジャレッド、お前を見ていると辛かった」

「それは、俺が母を思いださせるからか?」

「それもある。だが、そうじゃないんだ。僕は、リズを愛していた。だけど、リズは僕の体が目当てだったんだ」

「――は?」


 心痛な表情でなにを言いだすのかと思えば、ジャレッドはつい間抜けな声をあげた。

 オリヴィエも同じだったようで、声にこそださなかったが、戸惑った顔をしていた。


「いや、今の言い方は悪かったな。リズは――自分の魔術師としての才能と、ダウム男爵家の剣、いや戦闘能力をかけあわせたかった。魔術と戦闘技術双方に優れた子供を欲したんだ。だから僕が選ばれた。僕はリズに愛されていたわけではないんだよ」


 父の言葉をジャレッドは理解できなかった。いや、決してするものかと思った。

 今まで、宮廷魔術師の母を利用し、地位を得たのが父ヨハン・ダウムだった。しかし、父から語られたのは真逆だ。母リズが父の血を求め、利用したというのだ。

 信じられるはずがない。


「子供にとって母親は神聖なものだ。それはわかっている。だが、本当なんだ。リズが僕を愛していなくても、僕は心から愛していた。だから結婚もしたし、望まれたまま子供も作った。それがお前だ」

「お、お義父さま、その話は事実なのですか?」

「もちろんです、オリヴィエさま。この場で嘘などつくはずがありません。亡きリズと、僕の命にかけて、真実だと約束しましょう。だが、誤解しないでください。リズは僕に愛情はなかった。しかし、ジャレッドに対する愛情は本物だった。僕たちは結婚し、夫婦となった。リズは妻としての役目を果たすため宮廷魔術師を辞め、爵位を返し、僕を支えてくれた。しかし、リズが妻として振る舞えば振る舞うほど、僕は愛されていないことが辛かった」


 オリヴィエは、ヨハンが今もリズを愛しているのだと察した。言葉ひとつひとつに感情が込められている。愛情と、愛されなかった悲しみ。そして、おそらくジャレッドへの複雑な思い。すべてが伝わってくる。


「そしてジャレッドが生まれた。嬉しかったよ。年甲斐もなくはしゃいだし、リズと馬鹿みたいに喜びあった。だが、僕にとって残念だったことに、お前は――リズが望んでいた子供だった」

「まさか――」


 父親の話を聞くことに徹しているジャレッドの代わりに、オリヴィエが気づき、声をあげた。ヨハンは頷く。


「かつて僕は幼いジャレッドに剣の才能がないと言ったが、あれは嘘だ」

「嘘だったのか?」


 絞りだすような声で問うジャレッドに、ヨハンは肯定する。


「そうだ、ジャレッド。お前には才能が秘められている。剣だけではなく戦闘に対する才能は、僕はもちろん、父上さえも超えているだろう。そして、リズゆずりの規格外の魔力、複数の魔術属性――素晴らしい才能に満ちた子供だよ」



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