20.魔術師協会からの依頼 竜種退治……? 3.
「魔術師さま、どうかあの子に危害を加えないでください」
「誰だ?」
「私は、このアッペルの町の町長をしております、ジーモン・アッペルと申します」
声をかけてきたのは、白髪交じりの五十代の男性だった。
体格がよく長身で、平均的な身長よりも少し高いジャレッドより大きいので百九十近いだろう。
畑仕事のおかげか、もしくは何かしらの覚えがあるのか筋肉質な体は町長というよりも戦士と言われたほうが納得できそうだ。
「どういう、ことだ?」
ジャレッドには目の前の光景が受け入れがたかった。
自分たちは町を襲った竜種から住民を助けるはずだった。しかし、住民は竜種を守っている。
「頼む、説明してくれ」
「もちろんです。ここでは住民たちの視線も気になるでしょう。お連れ様と一緒に、町へ戻りましょう」
断る理由もなく、同じく驚きに唖然としているラウレンツを連れて住民たちから離れていく。すくなくとも、住民が竜種を危険視していない以上、無理になにかすることはできない。
町に戻り、無事な建物の中に入る。勝手で申し訳ないが、置いてあった椅子に座らせてもらう。
「お茶でも入れますので、お待ちください」
「そんなことはいいから事情を早く話してくれ」
「……そうですね。そうしましょう」
ジーモンは手に持っていたポットを置き、ジャレッドたちと向かいあう形で座った。
「若い衆とのお話は聞こえていました。貴族さまがわざわざ私たちのためにきてくださるとは、感謝しきれません」
「俺たちは貴族としてではなく、魔術師協会から派遣された魔術師としてきましたので、丁寧な態度をとる必要はありません」
「ですが、町のためにきてくださった方へ誠意を持つのは当たり前です」
「わかりました、ご自由にどうぞ。では、なにがあったのか話してください」
ジャレッドが促し、ジーモンが語りだす。
「事の始まりは昨日のことでした。冒険者を名乗る五人組が現れ、あの子を――いえ、竜種を襲ったのです。竜種は抵抗したのですが、まだ幼く強くなかった。ゆえに深手を負ってしまいました。痛みで暴れたあの子に追い打ちをかけるように冒険者たちがとどめを刺そうと町の中で戦闘を始めようとしたのですが、我々が竜種を守り、裏手の畑に逃げていたのです」
「だから冒険者は嫌なんだ。野蛮で、悪どい! 理由はどうあれ、民を巻き込んでまでなにがしたかったのだ!?」
憤るラウレンツにジャレッドも同意見だった。
「目的は金銭でしょう。以前、竜種はお金になると聞いたことがあります」
「おそらくそうでしょうね。ですが、人間に害をなさない竜種は無闇に狩ることは禁じられていると冒険者なら知っているはず。もしくは、知っていてルールを無視している可能性が大きいな」
「ルールを無視しているに決まっている! 町で戦闘行為をした愚か者が、正しく守るはずがない!」
竜種は金になる。そのことはジャレッドもよく知っている。
鱗や骨格はもちろん、肉も味が良質で長寿の薬になると嘘か本当かわからない噂まである。討伐対象となった竜種を倒すと、どこからか聞きつけた商人が待ち構えていることは珍しくないと聞いたことがある。
以前、ジャレッドが飛竜を倒したときも、商人が死体を売って欲しいと待ち構えていた。もちろん、魔術師協会から専門に扱う人間が派遣されてくることは知っていたので断った。
飛竜でもしつこく売ってくれと頼まれたことを思いだすと、竜種の価値はそうとう大きいだろう。
冒険者は依頼を受けて日々の金を稼いでいる。竜種を倒すことができれば、名も売れるし金にもなる。そう考えたのだろう。もしくは、依頼があったのか。どちらにせよ、冒険者たちに断る理由はなかったはずだ。
「よく冒険者を五人も相手にして追い払えましたね」
「ええ、今思えば無謀なことをしたと思いますが、あの子も大切な住人です。守ることに誰も反対はしませんでした」
ジーモンは満足げな表情を浮かべている。
「人的被害があったと聞いたが、そのあたりはどうなんだ?」
「おそらく、この一件を領主様にお知らせすべく遣わした者が剣士に斬られましたので……。竜種による被害は建物だけです」
「斬られた方の具合は?」
「隣町で無事に保護されたと連絡がありましたので、そちらでおまかせしています。幸い、生命に別状はないようで安心しました」
ジャレッドたちも胸を撫で下ろす。
竜種が関わっていながら、死者がでていないことは奇跡的だった。町全体の被害は大きいが、すべてが竜種のせいじゃないこともジーモンからの説明でわかった。
人的被害が人間の手によるものだということが痛まれる。
ときには魔獣や竜種よりも人間のほうがよほど恐ろしいのだと痛感せずにはいられなかった。
「竜種について聞きたいのだが、僕はさっきから町長が竜種のことをあの子といっているように聞こえるのだが、そのあたりについて説明してもらえないか?」
「はい。あの子は、この町を囲む森の中で暮らす幼い地竜です。三年ほど前でしょうか、森で迷子になった子供を背に乗せて現れたときには、住民全員がたいそう驚きました」
「……でしょうね」
むしろ、その時点で領主に報告しなかった理由が気になる。
「あの子はあまりにも人懐っこく、まだ幼かった。万が一を考え、家族を探したのですが、どれだけ探しても見つかりませんでした。きっと寂しかったのでしょう。私たちがここで生活をしていると知ると、頻繁に現れました」
「は、反応に困るのは僕だけか?」
「大丈夫、俺も十分すぎるほどリアクションに困ってるから」
はっきり言って寂しがり屋な竜種など聞いたことがなかった。とはいえ、竜種について知らないことばかりであるのも事実。
竜種はドラゴンの下位種であり、ドラゴンは人間と同等かそれ以上の知性を持っている。ならば竜種にも感情があり、きっかけさえあれば人間と親しくすることもできるのだろう。
人間に善人と悪人がいるように、竜種にも害になるものとならないものがいるはずだ。
「住民たちもお二人のように反応に困っておられました。しかし、あっという間に子供たちが仲良くなってしまいまして、子供というのはちゃんと善し悪しがわかるのですね。竜種が自分たちにとって安全だとはじめから分かっていたようでした」
「そして、今では住民すべてが受け入れている、ということか?」
「はい。地竜であるあの子は、子供以前にもともとおとなしく、草食でもあるので住民は一安心しました。ですが、幼く草食とはいえ竜種は竜種というべきなのでしょう、あの子が町に現れるようになってから獣や小型の魔獣が一切姿を見せなくなりました」
魔獣の中にも竜種に匹敵する強さを持つ種類もいるが、まずこのように人が生活しているところにはいない。
定番である子鬼たちは言うまでもなく、飛竜でも竜種には歯が立たない。危険を察知した魔獣たちが街の周辺からいなくなるのは必然だったのだろう。
「今ではもうあの子は町の住人です。大切な隣人なのです。なので、今回の冒険者たちがしでかしたことは同じ人間として申し訳がない!」
「ラウレンツ、あのさ……」
「言うな。僕も同じことを考えていた」
どうやら二人揃って考えていることは一緒だったようだ。
つい先日まで友人とはいえない関係だったのが嘘のようにだ。
「あの……?」
「俺たちは決めた」
「今から僕たちも、竜種の手当を手伝おうと思う」
ジャレッドたちの宣言のジーモンは心底驚いた顔をして、震える声で問う。
「よろしいのですか?」
「よろしいもなにも、俺たちはこの街の住民を守るためにきたんだ。その竜種はこの街の住民なんだろ?」
「なによりも幼い子供だ。守らなければならない」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ジーモンは深々と頭を下げて心から感謝する。
ジャレッドたちは、自分たちがした選択が間違っていなかったと思う。
「その前に、ひとつだけ聞きたいんだけど、どうしてアルウェイ公爵に竜種のことを言わなかったんだ?」
「その、貴族さまを前にこんなことは言いたくないのですが、退治されてしまうと思いました。私たちがどれだけ説明しても、竜種が危険であることは承知しております。ですから、隠していたのです」
その結果、冒険者がどこからか嗅ぎつけ現れてしまった。町は破壊され、竜種のせいになってしまったのだ。
「そのことに関しては、冒険者を捕らえればいいと思う。アルウェイ公爵領は竜王国との国境だ。いたずらに竜種を退治したくはないだろう」
「だな。もとを正せば冒険者が悪い。俺も魔術師協会にことが済んだら悪くならないように相談してみるよ」
「重ね重ね、感謝致します。きてくださったのがあなたたちで本当によかった!」
「礼はすべてが片付いてからにしてくれ。ラウレンツ、応急処置はできるか?」
「人間に対してなら学んでいるが、竜種にどこまで通用するのかはっきり言ってわからない」
荷物の中を確認しながら、包帯や痛み止めを取り出していく。包帯は数が足りないし、痛み止めの効力が竜種に効くのか試してみないとなんともいえない。
「いっそ、無理やり傷を縫うしかないんじゃないか?」
「竜の鱗に針が通るかよ……いや、相応の物を用意すればいけるか……」
「あの、どうしましたか?」
「応急処置ならなんとかなりそうだ」
不安げに訪ねてくるジーモンを安心させるように、力強くジャレッドは伝え、竜種のもとへ戻ることにした。