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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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26.母の死の真実7.




「ジャレッドっ、あなたねっ!」


 ワハシュの気配が消え、少し気を緩めた刹那――オリヴィエから平手打ちが放たれた。

 突然すぎたので、気づいたときには眼前に掌が迫っていた。受け止めることはできたが、涙を浮かべていた婚約者を見てしまったので、動きを止めてしまい、頬に衝撃が走る。


「なにを考えているの、仮にも祖父を名乗る人と戦うなんて!」

「す、すみません」


 婚約者のかつてない怒気に、反射的に謝ってしまった。


「いくらあの男の考えが極端だったとしても、あなたがお母さまを死に追いやった原因のために体を張る必要なんてないのよ。わたくしは、ただ、こんなことに関わってほしくなかっただけなのに」

「ごめんなさい、オリヴィエさま」


 涙を拭い、責める声と瞳を向けるオリヴィエに、再び謝罪する。

 ただし、後悔はしていない。罪は必ず償わせる。ワハシュのように殺してしまえばすべて片がつくなどとは思っていない。

 内心では、殺してしまったほうが早いと思うし、できることなら自らの手で――とも思わなくもない。しかし、その方法は間違っているとも理解できる。


「ジャレッド、いくらお前が魔術師として優れていたとしても、お義父さまには勝てない。お前があいつのために傷つく必要はないんだ、放っておけ」

「心配してくれるのはありがたいけど、今さら俺に父親面をするんじゃねえ!」

「ジャレッド!」


 ヨハンが案じてくれているのはわかったが、ジャレッドは父の気持ちを素直に受け入れることができなかった。

 言葉にしたとおり、今さらすぎるのだ。

 ワハシュからヨハンにジャレッドに対する愛情があったと聞かされた。父も否定しなかった。だが、肝心な理由を聞いていない。

 施設に入れられたことこそ父の意志ではないとわかったが、それでも自分を遠ざけようとしていたのは事実だ。すべての理由を説明しろと言うつもりはないが、最低限の説明はあってしかるべきだ。それがないない限りは、関係は変わらない。


「いくら、あんたが俺を息子として愛していたとわかっても、俺の感情は別だ。母が死んだ理由を知らずにいたことだって許せないし、原因になにもしようとしないことだって気に入らない」

「そうだな。お前の言うことはもっともだ」

「八つ当たりが含まれていても、母のことを思って怒りを露わにしているワハシュのほうが、まだ受け入れることができる」


 ワハシュの怒りは純粋だと感じた。怒りによって無関係な人間を巻き込もうとしているが、気持ちはわからなくもない。

 しかし、ヨハンの気持ちは理解できない。母が自殺だと知りながら隠していたのは構わない。だが、自殺の原因がアネットとパッジ子爵家にあるとわかったのなら、ワハシュのように目に見えて怒るべきだ。

 アネットも側室だ。ヨハンにとって妻のひとりなのかもしれないが、それでもダウム男爵家の乗っ取りなども考えていた人間たちに対して、なにも思わないのなら――失望するほかない。


「今は、俺たちに関する話をする気はない。ワハシュは必ずアネットたちを殺すぞ。まず、身柄を確保しなければならない。罪を犯したのなら、正当に裁かれるべきだ」

「わかった。今はするべきことをしよう。アネットなら部屋にいる。レックスとクレールを集めてなにか話しているようだ」

「命の危機にずいぶんのんきなことで――知らないっていうのは幸せだよな」


 母の死と理由、父親の本当の感情という、隠されていた事実を思い返し、ジャレッドは心底思う。


「オリヴィエさまは、ここにいてください」

「いいえ、わたくしもいくわ。あなたがアネット・パッジを前にして冷静でいられるかわからないし、お義父さまと二人で行動するのも気まずいでしょう」

「ですけど……」


 オリヴィエの気持ちは素直に嬉しく思うが、巻き込んでしまってもいいのかと迷う。

 今さらではあるが、これから醜い争いがある以上、ジャレッドとしては関わらせたくなかった。明日になれば、ヴァールトイフェルの長が攻めてくるのだ、危険だってある。

 自らの悪行を知られたアネットが自棄になって問題を起こす可能性だってないわけではないのだから、オリヴィエには遠くにいてほしい。


「ジャレッドさん――」

「お母さま?」


 母リズの自殺の原因が明らかになってから、ずっと嗚咽をこぼしていたカリーナが、涙で濡らした顔をあげジャレッドに声をかけた。


「どれだけ謝罪しても、許されないと承知しています。それでも謝らせてください――ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 慕っていた義母からの謝罪に、ジャレッドは目を伏せる。

 今は感情的になってはならない――そう自分に言い聞かせる。

 カリーナに対して恨みはない。愛情をずっともらっていたし、恩もある。なによりも、もうひとりの母親だと思う気持ちに今も変わりはない。それでも、冷静であれと意識しなければ、自分が彼女に心無い言葉を言ってしまいそうだった。


「今はまだ、あなたになにかを言ってあげるほど余裕がありません。オリヴィエさま、お母さまをお願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろんよ」

「ありがとうございます。ロイク――」

「は、はい!」


 緊張して上ずった声を発する弟に苦笑し、頭を優しく撫でる。


「お前の母親だ、しっかりそばについて支えてやってくれ」

「わかりました、兄上!」


 頼られたことが嬉しかったのか、それとも母カリーナが自分のためとはいえジャレッドの母を殺そうとした事実を知りながらも、弟として扱ってくれたことか、それとも両方なのか。ロイクは、頭を撫でてくれる兄に向かい、しっかり返事をする。

 ヨハンは誰にも気づかれないように、ジャレッドとロイクを穏やかな目で見ると、静かに微笑んだ。


「じゃあ、アネットのところにいきましょう」

「ああ、そうしよう」


 今度はカリーナから引き留める声もなく、ジャレッドたちは部屋をあとにした。



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