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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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25.母の死の真実6.




 顔色は悪く、いまだ受け入れることができない現実に苦しそうなジャレッドだが、その顔には怒りが浮かんでいた。


「お前、今、オリヴィエさまになにをしやがった?」


 明確な怒気をワハシュに向け、返答次第では戦うことも辞さない覚悟で魔力を練る。


「なに、家族の問題に口出しをしたのだから、少し脅かしてやっただけだ」

「つまらない真似をするんじゃねえよ」


 心なしか口調が荒いジャレッド。オリヴィエがワハシュの威圧によって呼吸を止められたことが、相当頭にきているのだとわかる。にも関わらず孫からの明確な敵意を受け、ワハシュは楽しげに唇を吊り上げた。


「さあ、どうする、我が孫よ。お前はずっと婚約者の腕の中で怯えていたが、決断するときがきたぞ――私とともに」

「断る」

「――ほう」


 最後まで言葉を聞くことなく、ジャレッドは拒絶した。


「あと、俺のことを孫だと勝手なことを言うんじゃねえ。俺は、あんたを祖父だなんて認めてない」

「私がヴァールトイフェルの長だからか?」

「違う。そんなことはどうでもいい。俺が気に入らないのは、復讐と言いながら、無関係な人間を巻き込むことを平然としているどころか、当たり前だと思っているあんたが、アネット・ダウムと同じに見える。そんな男の孫になるなんて死んでもごめんだ」

「はっ、言ってくれるではないか」

「言ってやるさ」


 ずっと会話は聞いていた。

 かつては母の死の理由を知りたかったジャレッドだったが、今は知ったことを少し後悔している。祖父を名乗るワハシュ、行動と感情が伴っていない父親、そしてカリーナのことなど、押し寄せてくる事実の波にずっと溺れかけていた。そんなジャレッドが沈まないように手を差し伸べてくれていたのがオリヴィエだった。彼女の心から感謝している。この場にいてくれてありがとう、支えてくれてありがとう、と。

 だからこそ、彼女の危機にジャレッドは立ち上がった。いつまでも逃げてはいられないと勇気をだした。

 そして、今、祖父を名乗る男と対峙している。


「では、母親のリズの無念を晴らさなくてもいいのだな?」

「そういうことを言っているんじゃない」


 母を自殺した理由を放置することなどできるはずがない。ジャレッドには、リズ・マーフィーとの思い出は少ない。どちらかというと、カリーナとの思い出のほうが多いくらいだ。それでも、母が魔術を語ってくれたことを覚えている。寝つけなかった幼い自分に母の経験した冒険譚を聞かせてくれたこともいまだ、鮮明に覚えている。

 自由気ままで、楽天的、自意識が強く、気も強い。しかし、根は優しく思いやりがあり、ときに穏やかで慈しむ表情を浮かべる母が好きだった。


 剣の才能がないと言われ、父親を失望させたことに落ち込んだときにも、剣だけがすべてではないと言って抱きしめてくれた。そんな母から魔力と魔術の才能を受け継いだことを心から感謝している。

 母を奪ったアネットを許せるはずなどない。できることなら、今すぐこの部屋を飛びだし、アネットに石の槍を放ち串刺しにしたいとさえ思う。だが、そんなことは間違っている。

 短い時間だが、母と近くで過ごしていたジャレッドだからわかる。ワハシュが間違っているのだ、と。

 本当に彼が母の父だったとしても、間違っていることは間違っていると言わなければならない。


「ならば、なんだと言うのだ?」

「俺の知る母は、自分がしたいことをする人だった。自らの意思を曲げて、したくないことする姿は覚えている限りない。自ら命を断ったことは、本当に残念だ。泣きたいよ。でも、いつも自らの意志でなにもかも決めていた母が、納得して死を選んだとなら――綺麗事であることを承知して言う、母の意志を尊重したい」

「お前は――リズを死に追いやったアネットたちを野放しにすると言うのかっ」


 笑みを消し、ワハシュから怒号とともに殺気が放たれる。

 再びオリヴィエの呼吸が止まらないように、手を広げて、彼女に害がないように庇う。


「そうじゃない。そんなことは許されないし、許さない。アネットたちは罰を受けなければならない。だけど、俺やあんたが殺すことが罰にはならない」

「それがお前の意思か?」

「そうだ」

「母を奪った憎い相手を自らの手で殺さず、司法に任せるというのか?」

「ああ、その通りだ。誰もが俺たちのように、憎いからといって相手を殺すことのできる力をもっているわけじゃない」


 相手は子爵家なので、罪を逃れようとするかもしれない。

 アネットが、カリーナを脅しリズを殺せと命じただけだと言い張れば、望むほど重い罪にならない可能性がある。

 だが、そうするべきだ。恨みや憎しみで行動すれば、バルナバス・カイフのようになってしまう。あの哀れな青年のようになるわけにはいかない。ジャレッドは、すべてを捨てて復讐に走るには、大切なものが増え過ぎていた。


「甘い、甘すぎる。だが、その甘さは、リズによく似ている。お前の甘さは嫌いではない、実に人間らしい。しかし、アネットたちが罪を免れたらどうする?」

「罪を償おうとしない人間には罰が下るさ。例えば――そう、石の槍が空から降ってくることか、な。だけど、罪を償うチャンスを与えていないのに、罰を与えることは間違っているだろ?」

「やはり甘い。だが、リズがそうであったように、私も自らの意思を簡単に変えることなどできぬ」

「なら、俺が戦ってでも止めてやる」


 ワハシュはジャレッドの言葉を受け、大きく目を見開いた。

 彼が初めて驚きを示したのだ。そして、大笑いした。


「実に愉快なことを言う! 私に勝てるとでも思っているのか? プファイル、ルザー・フィッシャー、バルナバス・カイフを倒したからといって、私に実力が届くと思っているのか?」

「そういう問題じゃない。俺は俺の意志を通すために、あんたはあんたの意志を通すために――するべきことをするだけだ」


 ぴたり、と笑いを止めると、ワハシュの表情から一切の感情が消えた。

 今まで感じることができていた、怒気、喜び、悲しみ、すべての感情がはじめからなかったのではないかと思うほど、一切なくなってしまった。

 目の前にいるのは、感情を宿さない人形のような男。


 ――これが、ヴァールトイフェルの長ワハシュか……。


 祖父を名乗る男ではなく、暗殺組織の長としてのワハシュがはじめてジャレッドの前に現れたのだと理解した。


「ジャレッド・マーフィー、お前の言いたことは理解した。よかろう。ならば、明日――私はアネットを殺そう。一日猶予を与えるのは、お前が万全な状態で私と戦えるよう配慮からだ」

「お気遣いどうも」

「仮に、もし仮に、お前のいう罪を償うチャンスがあるのだとしたら、この一日だけだ。明日になれば、私はヴァールトイフェルとしてアネットに死を与え、関係者すべてを殺そう」


 無感情な瞳を向けられ、ジャレッドも睨み返す。


「お前の意思がどれほどのものなのか、示して見せよ」


 そう言い放つと、ワハシュの姿が霞み、霧のように消えたのだった。




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