24.母の死の真実5.
「駄目っ、ジャレッド! 聞いたら駄目よっ」
ワハシュの言葉を聞かせないように、腕の中のジャレッドを隠すように抱きしめるオリヴィエ。
ヴァールトイフェルの長は彼女の行動など気にすることなく、言葉を続ける。
「例えジャレッドが私を手伝わなくとも、結果が変わることはない。リズを死に追いやった原因はすべて、殺す」
カリーナは力なく膝をつき、ロイクは母の肩を抱いている。ヨハンは、亡きリズが自殺した原因であるアネットを許せない気持ちと、子供を含めこれからワハシュに殺されてしまう現実に、言葉もなく絶望している。
「どうする、ジャレッド。私とともに、母の無念を晴らさないか?」
「やめてください!」
「オリヴィエ・アルウェイ。これは私とジャレッドの問題だ。いくら婚約者とはいえ、口を挟まないでもらおう」
鋭い眼光に射抜かれ呼吸が止まりかけるも、オリヴィエは臆することなく悪魔のごとく誘惑をするワハシュを睨みつける。
「いいえ、そうはいかなわ。わたくしは、ジャレッドの婚約者として、彼を復讐者にさせるわけにはいかないのよ」
かつて父親を恨み、復讐を望みながら、果たさなかったジャレッド。彼がなぜ、心変わりをしたのか詳しくは知らない。だが、復讐者となり実の父親を手にかけないでくれてよかったと安心した。
結果、受け入れがたいだろうが、父親からジャレッドが愛されていたと今日知ることができたのだから。もし、復讐を果たし、ヨハンの命を奪っていれば、今以上にジャレッドはショックを受けていたはずだ。
人を殺すなと綺麗事を言うつもりは毛頭ない。オリヴィエも、今までに汚いことはしてきた。誇れない行いも何度もした。理由はあったが、許されていいわけではない。
アネットに関してもそうだ。オリヴィエですら、許されるなら愛する人の母親を死なせる原因を作った女を殺してやりたいと思う。息子であるジャレッドなら、自分以上に思っているはずだ。
しかし、そんな女のためにジャレッドに手を汚してほしくない。しかるべき手段をとれば、罰は与えられる。死罪になるかわからないが、重い罪になることは明白だ。プライドが高いと、数分接しただけでわかるような人間は、死罪よりも重い罪があることを知っている。
ならばいくら仇とはいえ、ジャレッドが復讐に手を染めることはないのだ。
「ほう。自分は、母を害したコルネリア・アルウェイを、ジャレッドを使い排除しておきながら、母親の仇をとるなと言うのか?」
「――それはっ。わたくしと母は命を狙われていたから、身に迫る危険を振り払っただけよ。ジャレッドを利用したような言い方はしないで」
確かに、ジャレッドを母と自分のために――最初こそ、そう考えなかったわけではない。だが、そうしなかった。父には思惑はあったようだが、それでも『利用』したかったわけではない。
誤解を生みかねない発言をしたワハシュを、忌々しく思う。
「あなたこそ、本当に復讐が目的なの?」
もう相手がジャレッドの祖父であるということなど気にせず、敬語を使うことなく問う。
「面白い問いかけだ。続けろ」
「アネット・パッジとパッジ子爵を狙うのは理解できるわ。ええ、殺されてもしかたがないことをしたもの。でも、ジャレッドの兄妹や、従姉妹を殺す――それは、ただの八つ当たりよ」
オリヴィエの指摘に、
「そうかもしれないな」
ワハシュは怒ることも、声を荒らげることもなく、ただ静かに肯定した。
「確かに八つ当たりなのかもしれない。私も長く生きているが、未熟だ。娘が自ら命を断った原因を作った人間たちを許すことができるほど、寛容ではないのだ」
心情は理解できる。
オリヴィエが、ワハシュの立場であり、娘ではなく母が自殺してしまったら決して元凶である人間を許せることはない。
しかし、その復讐劇にジャレッドを巻き込んではならないと思う。
正直、当事者ではなく想像でしかないため、そう思えるのかもしれない。だが、いくらワハシュが祖父であり、彼の言っていることがすべて事実で、復讐すべき相手がアネットたちだったとしても、無関係な人間を巻き込んでしまうことにジャレッドを関わらせたくない。
あとで後悔するのは、他ならぬジャレッドなのだから。
「もちろん、頭ではアネット・パッジの子供たちが関係ないことはわかっている。だが、本当にそうだろうかという疑問もあるのだ。子供たちは彼女の悪い部分を受け継いでいる。ならば、将来母親と同じことをしないと誰が言えるだろうか?」
「それは……」
「例えば、君の妹であるエミーリア・アルウェイのように改心することができるなら構わない。しかし、アネットの子供にはその兆候が見られない」
「だからと言って!」
「ならば今度はこちらから問おう? 将来、君がジャレッドと子を成し、幸せな日々を送っているとしよう。その日常を、アネットの子供たちによって壊されないという保証はあるのだろうか?」
「そんなことを言ったら、なにもできません。未来など、決まっていないのですから!」
「そうだ。決まっていない。私が間違っているかもしれない。だが、正しいかもしれない。わからないのであれば、憂いはすべて絶っておきたいのだよ。理解しろとは言わない。黙認しろとも言うつもりはない。ジャレッドを関わらせたくないのであれば、それもいい。ただし――私の邪魔はするな」
今までにない威圧を受けて、今度こそオリヴィエの呼吸が止まった。
水の中に落とされてしまったように、口を開いても息をすることができない。
それでも、負けるものかと気丈にワハシュを睨むも、酸素が不足していく体から力が抜けていってしまう。
脅しか、それともこのまま呼吸を許さず殺されてしまうか。
不安を覚えたオリヴィエの腕の中で、ジャレッドが動いた。
「そこまでにしろ」
静かだが、険が込められた声が放たれ、木霊する。
刹那、腕の中からジャレッドが消え、オリヴィエの視界が暗くなる。彼が手で目を覆ったのだとわかったのは、彼の体温と息づかいを背後から感じたからだ。
「大丈夫、オリヴィエさま。意識を俺に向けてください。そうです。ゆっくり口を閉じて、もう一度開いて、そう、呼吸をしてください」
ジャレッドの言葉にあわせて、再び酸素を求めると、不思議なほどしっかりと呼吸ができた。ワハシュから発せられていた威圧感もなくなり、体が軽くなるのを身をもって感じていく。
「すみませんでした。俺が不甲斐ないばかりに」
手がどけられ視界が開かれると、頭をさげるジャレッドが目に映る。
彼はそのままオリヴィエとワハシュの間に立ち、壁となった。
「ずっと守っていてくれてありがとうございました。もう、大丈夫です」
押し寄せる事実という波にもがき苦しんでいたジャレッドは、自らの足で立ちワハシュを睨みつけた。




