23.母の死の真実4.
カリーナは、表情を暗くする。
「もっとも、リズさまとのお約束を守れていたのか正直わかりません」
自嘲するようなカリーナ。彼女はずっとジャレッドを我が子のように愛し、育ててきた。
寝つけない夜には本を読み聞かせ、ともに眠ったことも一度や二度ではない。ロイクと分け隔てなく育てることができたのは、リズとの約束を守っただけという理由ではない。たとえ、約束がなかったとしても彼女は同じようにジャレッドを愛したはずだ。
彼女の愛情のおかげで、ジャレッドは健やかに育った。ロイクと兄弟仲もよく、慕いあっている。
「これで理解したはずだ。すべてはアネット・パッジとパッジ子爵家が元凶であったのだと」
「嘘だ、リズがそんなことを言うはずがない」
ワハシュに異論を唱えたのは、動揺を隠せないヨハンだった。
「なぜ、そう思う?」
「それは――」
理由を問われたヨハンは、なぜかジャレッドを一瞥すると、首を横に振るった。
「なんでもありません。話を進めてください」
「ふむ。まあ、いいだろう。パッジ子爵のダウム男爵家を乗っ取ろうとしている計画は今もまだ続いている。そこに偶然にも、ダウムの孫娘とアネットの息子が婚約した。予期せぬことではあっただろうが、実に好機だ」
ジャレッドの従姉妹であるレナ・ダウムと、弟レックス・ダウムが周囲に相談もなく突然婚約すると宣言したのはつい先日だ。祖父母はもちろん、叔父も反対しているが、本人たちは聞く耳もたない。
オリヴィエはレナがジャレッドに想いを寄せていることをイェニーから聞いており、婚約も当てつけだとわかっているが、放置していた。一方で、アネットも当初は反対していたが、末の弟である息子が家督を継げない可能性を考慮した結果、しぶしぶだが承諾している。
これに喜んだのは、パッジ子爵家だ。
ダウム男爵家には後継ぎとなるべく人材がいない。ヨハンの弟であり、イェニーとレナの父であるフーゴ・ダウムがいるが、彼は生まれつき病弱であるため跡取りではない。ただし、領地経営が優れているため、一度は後継者に名があがったが本人が、後継者の補佐に徹すると辞退してしまった。
そのため、ダウム男爵の後継ぎはいない。長男であるヨハンは、もともと家督を継がせないと言われており、自ら新興男爵家を興している。
そこでジャレッド・マーフィーが本人のあずかり知らぬところで後継者となっていた。しかし、今はそれも難しい。ジャレッドは宮廷魔術師になることが決まっており、同時に伯爵位が与えられるのだ。
もし、建国から国を支えてきた歴史ある貴族ダウム男爵家の爵位がもっと上であれば、話は違ったのかもしれない。だが、ダウム男爵家の歴代の当主たちは、爵位があがることを嫌う。なぜなら、爵位があがれば最前線で戦えなくなってしまうからだ。
戦うことで国に貢献してきたダウム男爵家にとって、戦えなくなるのは存在意義がなくなるも同じであるのだ。
現当主もアルウェイ公爵家から、爵位昇格の話を受けているが、丁重に断りを入れている。
この状況下で、パッジ子爵家の縁者がダウム男爵家の当主となれば、次の爵位昇格の話を受けることで、爵位が大いにあがることになる。そして、その恩恵を受けようと企んでいるのだ。
パッジ子爵家は新興貴族とまではいかずとも、歴史は浅い。そのため、歴史あるダウム男爵家がほしいのだ。そして、いずれはパッジ子爵家も上へ――浅はかではあるが、不可能ではない野望だった。
「まってください。パッジ子爵家はアルウェイ公爵家の派閥です。そんな乗っ取りなんて、敵対行為だ。罰を受ける。リスクが大きすぎる!」
ヨハンの言うことも間違っていない。
パッジ子爵家は、ダウム男爵家と同じくアルウェイ公爵家の派閥だ。その縁もあって、ヨハンはアネットを側室にしたのだ。
なによりも、アルウェイ公爵が信頼し、相談役とするダウム男爵家を乗っ取ろうとするなどと知れたら、パッジ子爵がただで済むはずがない。それほど、公爵家にとってダウムという一族は特別なのだ。
「正確に言うならば、パッジ子爵家は元アルウェイ公爵家の派閥だ。今は、敵対する侯爵家の派閥に組み込まれている。乗っ取りに関しては、パッジ子爵家と侯爵家の利害が一致したからこその動きだ」
次々とワハシュから明かされる事実に、ヨハンだけではなく、オリヴィエたちも思考がついていかなかった。
父から聞いていたリズ・マーフィーの死因が、こうも深いものだとは思っていなかったのだ。腕の中で、言葉を発することなく呆然としているジャレッドが心配になる。ショックを受けた彼は、今、なにを思い、感じているのだろうか。
「私が知っていることはこれですべてだ」
「つまり、パッジ子爵がもともと父の家を乗っ取りたくて、アネットを僕と結婚させた。そして、乗っ取りの一環で、邪魔なリズを排除し、ジャレッドを強制的に施設へ送り込んだ――そうなのですね?」
「そうだ。ゆえに、私の邪魔だけはしないでもらいたい」
「アネットを殺すのですか?」
「無論。ただし、アネット・パッジだけではない。レックス・ダウム、クレール・ダウム、レナ・ダウムを含め、パッジ子爵家に関わったすべてを殺す」
ワハシュの決断に、誰もが絶句する。
オリヴィエの腕の中で呆然としていたジャレッドでさえ、目を大きく見開いていた。
「ともにリズの敵をとるか、ヨハン?」
「僕にはそんなことをする資格がありません。ですが、お願いです、子供たちは見逃してください」
ヨハンは膝をつき、首を垂れた。
しかし、ワハシュの表情は曇る。納得ができないらしい。
「子供たちは巻き込まれているだけです。レナに関しては、僕とアネットの子供ですらないのですから、お願いです」
「駄目だ。例外なく、関わっている者すべてを殺す」
義理の息子の懇願を義父は切って捨てた。
絶望に染まるヨハン。彼は目に見えた愛情を示したことはない。ジャレッドだけではなく、ロイクにも他の子供たちにも、最低限のかかわりしかもっていない。それでも、膝をつき懇願するくらい子供に対しての愛情をもっていたのだ。
「ジャレッド――我が孫よ、お前はどうする? 私とともに、母の仇をとりたくないのか?」




