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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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19.生家訪問10. 婚約者と父と祖父2.




 絶句するジャレッドたち。しかし、例外だったのは、ヨハンだ。

 彼は納得するように頷く。


「やはり、そうでしたかお義父さま。では、僕を殺しにきたのですね」

「勘違いしているようだな、ヨハン。私は君を殺しはしない」

「ちょっと待て! あんた……まさか、ワハシュを知っているのか?」


 息子の疑問に父が頷く。


「知っていたさ。僕だけじゃない、父上も母上もご存じだ」


 今日、何度目になるかわからない驚きに、体を震わせる。

まさか、父が母の出生を――ヴァールトイフェルの長ワハシュの娘であると知っているなど、まったく考えもしていなかった。


「どうしてだ、どうして俺にはなにも――」

「言ってどうなる。母親が暗殺組織の長の娘だと言えばいいのか?」

「それは」

「リズは宮廷魔術師だった。なら、暗殺組織の長が祖父だと知らせることなどよりも、宮廷魔術師として立派な母親がいることが思い出になっていればそれでよかったんだ」


 ヨハンが目を伏せる。

 やめてくれ。それではまるで父が自分のことを気づかっていたように聞こえる。ジャレッドは、胸の痛みを覚えて、叫びたい衝動に駆られた。


「お義父さま、どうしてそこまでジャレッドのことを思っておられるのに、嫌っているなどと……」

「ヨハン・ダウムはジャレッド・マーフィーを嫌ってなどいない。むしろ、心から愛している」

「――っ、そんなっ」


 オリヴィエの問いに応えたのはワハシュだ。彼の言葉に、ジャレッドのみならず、オリヴィエ、カリーナ、ロイクまでが絶句する。


「嘘だっ! そんなことがあるかっ!」


 父親が自分のことを愛していたなどと受け入れることができず、ついにジャレッドが吠える。そして、床を蹴りヨハンに肉薄し、掴みかかる。


「やめなさい、ジャレッド!」


 オリヴィエが婚約者の行動に慌てて声を発するが、彼の耳には届いていない。


「早く否定しろ」


 低く冷たい声で、ジャレッドは父に言い放つ。


「いつまでも黙ってるんじゃねえよっ。あんた、俺を施設に入れただろ! あの施設がどんな場所だったか、知っていたのか?」


 ヨハンの胸ぐらを掴み、勢い任せに言葉をぶつけながら、ジャレッドは父親を壁に叩きつけた。


「あそこは暗殺者を育てる非合法施設だったんだぞ!」

「――な、なにを馬鹿なことを」

「ふざけんなっ!」


 拳が父親の頬を捕らえた。

 カリーナとロイクから短い悲鳴があがる。


「俺がどんな思いであそこで生きていたのか知っているのか! あんたを殺すことだけを考えていたんだ。ルザーが俺を助けてくれなかったら、アルメイダが俺を救ってくれていなければ、一年前に俺は死んでいたんだぞ!」

「なにを言っている、そんなことが」

「なのに今さら、愛だ、なんだと言われて、はいそうですかと納得できるはずがないんだよ!」


 もう一度、父の顔を殴りつけるとようやくジャレッドは襟首から手を離す。

 しかし、瞳に宿るのは真っ赤な怒りだ。ヨハンを殴ったところで、怒りが薄らぐどころか増してしまった。

 床に座りこんでしまったヨハンは、動揺した瞳を揺らしジャレッドを見上げている。


「そんなはずがない、そんなことがあってはいけないんだ……僕は」

「怒り任せた俺がこんなことを言うのはおかしいけど、俺はもうあんたを恨むのはやめたんだ。復讐するつもりもなければ、認めてほしいなんてことも思っていない。あんたのことなんてどうでもいい」


 口にすると止まらない。まだこの屋敷にいたころ、ジャレッドの心のどこかではいつか父親に認めてほしいという気持ちがあった。

 だが、今は言葉どおり本当に存在していない。

 家族というのは複雑だ。父親は父親であり、息子は息子だ。縁を切ろうとしても、本当に血のつながりがなくなるわけではない。だからもう恨むことはやめた。前に進むために、ジャレッドは、父親という存在を切り離したのだ。


「だけど、ひとつだけ教えてくれ――俺が邪魔なら殺せばよかったんだ。非合法な施設に送り込んで、あんたはいったい俺をどうしたかったんだよ?」

「僕は知らなかったんだ」

「なに?」

「僕は、お前がそんな施設に入っていたなんて知らなかった。今、初めて知ったんだ。ああ――そうか、だから、お父さまたちが僕にあんなにも怒りを露わにしていたのか……」

「今さら知らないとは言わせない。お祖父さまとお祖母さまには伝えてある」


 すべてではない。だが、何者かに襲われて、気づけば施設だったこと。ルザーに救われ、協力して逃げだしたことは伝えた。

 祖父母の怒りはすさまじかった。無理もない。まさか自分たちの息子が、孫を非合法な施設に強制的に入れたのだから。あまりにも非人道的だ。

 ジャレッドはそんな祖父母にもういいのだとなだめ、父親のことではなく、ルザーの母親を捜す手伝いをしてほしいと頼んだ。祖父母は約束を守ってくれた。しかし、息子に対する怒りはあったのだろう。だが、その怒りの理由がヨハンにはわかっていなかったのだ。


「そうか、それなら怒りはもっともだ。だけどな、ジャレッド――」


 今日、初めて父が息子の名を呼んだ。


「確かに僕はお前を遠ざけようとしたが、非合法な施設に入れることなんて微塵も考えてなかった」


 言い訳にしか聞こえない父の言葉に、ジャレッドの中でなにかが切れる音が聞こえた。


「――ふっ、ざけるなぁあああっ!」


 激高したジャレッドが拳を握りしめ、ヨハンに向かう。


「駄目よ、ジャレッド!」


 オリヴィエが婚約者を止めるべく手を伸ばすが、届かない。

 ヨハンは抵抗するつもりがないのか、動こうとしない。

 カリーナとロイクも、ジャレッドを止めたいが止めるすべをもっていなかった。

 誰もがジャレッドを止めることができないと、これから起こる彼の怒りが父に向くことを想像し、身を強張らせる。


「もういいだろう。これ以上、この男を殴ったところで、お前の気が晴れるわけではないとわかっているはずだ」


しかし、ジャレッドの動きがワハシュの手によって止められた。

 またもや認識できない速度で動いたワハシュによって、ジャレッドの体が動きを止める。しかし、怒りまでは止められない。むしろ、ワハシュがヨハンとジャレッドの間に立ったことで、怒りの炎に油を注ぎ込まれるような感覚さえ覚えた。


「お前が止めるんじゃねえよっ」


 頭が沸騰してしまいそうだ。

 怒りに身を任せているジャレッドは、なんとかしてワハシュから解放されようとするも、ぴくりともしない。

 そんなジャレッドの姿を見て、オリヴィエは思う。

 今までずっと頼りになる一面ばかり見ていたが、まだ十六歳の少年だ。過去を乗り越えた、前に進むと決めても、本人がいくら大丈夫だと思っても簡単に心が整理できるはずもない。

 母の死因が明らかになり、父の隠されていた愛情も知ったのだ。誰でも不安定になってしまう。

 だが、大切な婚約者にオリヴィエの声が届かない。それが、あまりにも悲しかった。



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