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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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18.生家訪問9. 婚約者と父と祖父1.




「申し訳ございませんが、私はこれで失礼します」

「――あっ」


 踵を返し、オリヴィエに背を向けてしまったヨハン。静止の声を発する暇も与えず部屋の外へ出ようとするが、足を止めて、ジャレッドに声をかけた。


「おい。おまえの荷物は僕が整理しておいた。オリヴィエさまのお屋敷で厄介になっているのなら、そちらに荷物を持っていけ」


 声をかけられたジャレッドは思わず目を見開く。まさか声をかけられるとは思っていなかったのだ。

すると、オリヴィエが再びヨハンに声を発した。


「お待ちください、お義父さま」

「……オリヴィエさま、まだなにか?」

「ありますわ。ありますとも――あなたはジャレッドのことを嫌いだと公言しています。ですのに、わざわざ嫌う息子の荷物を使用人に任せることなく、自ら整理したのですか?」

「私の勝手です」


 会話をすればするほど、オリヴィエの中で事前に作られていたヨハン・ダウムという人物像が崩れていく。

 父親でありながら、父親としての役目を放棄し、息子を放逐した無責任な男――それが、当初のヨハン・ダウムという男だった。

 しかし、話してみると違った。ジャレッドを見る目に嫌悪がない。一種のきまずい感情を抱いているのは間違いないが、心から嫌っているわけではないのだとオリヴィエは察した。

 そもそも人間は、本当にどうでもいい相手ならば気にも留めず無視をする。だが、ヨハンはジャレッドを無視することなく、なにか思うことはあるようだが一方的でも会話をする。


 ――本当にこの方はジャレッドを嫌っているのかしら?


 ヨハンの態度に、つい疑問を浮かべてしまった。同時に思うのだ、なにか事情があるせいで、父と子が不仲であるならば改善するかもしれない、と。

 ゆえにオリヴィエはヨハンをこのまま去らせることはできない。


「ですがっ――」

「オリヴィエさま、不敬を承知で申しあげる。あなたがなにを想っているのか知りませんし、したくもありませんが、家族の問題に部外者が口を出さないでください」


 取り付く島もないないヨハンの感情のこもらない言葉だったが、オリヴィエも負けていない。


「ですが、わたくしはジャレッドの婚約者です。妻となります。部外者などと言わせません」

「だからと言って――」


 いい加減うんざりしたヨハンの声を遮り、オリヴィエは声を大きく言い放つ。


「心から愛しているジャレッドが家族と不仲になっているのなら、見過ごすことなどできません!」


 はっきりとジャレッドへの愛情を口にしたオリヴィエに、ジャレッドは大きく驚き、固唾をのんで見守っていたカリーナとロイクは彼女の隠すことないひたむきな愛情に感嘆の息を吐く。

 ヨハンはまっすぐな瞳を向けるオリヴィエになにかを言おうと口を開いた。刹那、部屋の中に大きな拍手が木霊する。


「――誰だっ!」


 ヨハンがカリーナとロイクを背に庇い抜刀。ジャレッドもナイフを抜いてオリヴィエの前に立つ。

 二人の視線はそろって、部屋の片隅――窓のすぐそばに向けられていた。


「素晴らしい。あなたの真摯な愛情を確かに聞いた。我が孫を愛してくれたこと、心より感謝する。オリヴィエ・アルウェイ」


 いつからそこにいたのかさえわからず、彼が拍手するまで誰ひとりして気づくことがなかった。

 ジャレッドは悔しさと怒りを込めて、声を荒らげた。


「どうしてお前がこんなところにいるんだっ、ワハシュっ!」

「かわいい孫とその婚約者に会いにきたと言ったら、お前は信じるか?」

「寝言は寝てから言え」


 口を吊り上げるワハシュに向かい、ジャレッドはナイフを投擲するも、容易く掴まれ投げ返されてしまった。戻ってきたナイフを掴み、再度構え、ジャレッドはワハシュを睨んだ。


「お前らヴァールトイフェル、どうしてそう音もなく、どこからともなく現れるんだよっ!」

「気になるか? ならば教えてやろう。お前には私の技術を継ぐ権利があるのだから」

「誰がお前に教えなんて請うか。俺の師匠はアルメイダだけだ」


 ワハシュと会話を繋げながらジャレッドは必死に思考する。どうすれば、この場からオリヴィエやカリーナたちを逃すことができるのか――いや、ワハシュを遠ざければいい。実力は未知数ではあるが、歯牙にもかけないことはないはずだ。とにかく、この部屋から追い出すことだけでもできれば、オリヴィエたちが少しでも安全になる。

 そう考え、音もなく床を蹴りワハシュに肉薄する。

 ――が、


「甘い。実に甘い」


 ナイフを握る右腕を、魔術を放とうとしていた左腕を掴まれてしまった。右足を踏まれているため後退することもできず、ジャレッドはあまりにも簡単に拘束されてしまった。

 なによりジャレッドを驚かせたのは、ワハシュの動きが一切見えなかったことだ。


 ――実力があまりにも違いすぎるっ!


 少しでもなんとかできるなどと思っていた数秒前の自分を殴り飛ばしたくなった。

 ジャレッドは選択肢を間違えたことに唇を噛む。ワハシュに襲いかかるのではなく、オリヴィエだけでも連れて逃げるべきだったと痛感する。

 だが、もう遅い。

 動けないジャレッドは、ワハシュの意志ひとつで生かすか殺すかが決まるだろう。


「ジャレッドっ!」

「動かないでくださいっ!」


 無謀にも駆け寄ろうとしたオリヴィエを、振り返ることなく留める。

 不用意な行動のせいで、ワハシュになにかされては困るのだ。


「そう慌てることはない、ジャレッド。私はお前やオリヴィエ・アルウェイに危害をくわえにきたわけではないのだから」

「なら、なぜここにきた? どんな目的があって、俺の目の前に現れたんだ?」

「ジャレッド、お前は誤解をしている」

「誤解、だと?」

「そう、誤解だ。私がこのダウム家に現れたのと、お前が今日ここへやってきたのは偶然だ。できることなら、私が今日するべきことはお前には知ってほしくなかった」

「だからなにを……」


 自分に用がないと言われ戸惑う。

 自ら祖父と名乗ったワハシュが、どのような理由があってここに現れたのか。


「よく聞け、ジャレッド、我が孫よ。私は、娘の無念を晴らすために――お前の母の敵をとるために、ここへ現れたのだ」




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