19.魔術師協会からの依頼 竜種退治……? 2.
ジャレッドとラウレンツは町に入ると、お互いに一定の距離を保ちつつ半壊している建物に逃げ遅れた人や取り残されたけが人がいないか確認しながら移動していく。
「誰かいないか?」
「駄目だ、僕の方には誰もいない。そちらはどうだ?」
「俺の方も誰ひとりとしていない。おかしいな……」
「おかしい? 怪我人が誰もいないというなら住民は逃げ出せたということだろ?」
「それはそうなんだけどさ……なんか違う気がするんだよな」
逃げ遅れた人も、怪我人もいないことではなく、この町そのものに違和感を覚えた。
ラウレンツに目配せをしながらさらに町の中心部に進む。やはり倒壊した建物はもちろん、無事な建物の中にも誰ひとりとしていない。
「ようやく違和感に気付いた……逃げた痕跡がないんだ」
「なんだと?」
たとえ竜種が襲ってきたとしても、人間は逃げる際になにかを持ち出そうとすることもある。
金品や思い出の品がいい例だ。
全員が全員、生命よりも優先するとは限らないが、今のところ誰ひとりとして物を持ち出した形跡がない。もちろん、そんな暇がなかったとも言えるが、違うと思えてならない。
他にも違和感はある。
血の一滴も落ちていないことだ。
魔獣が町を襲撃すれば誰もが逃げる。自警団などは立ち向かうかもしれないが、住民の一部だ。自警団を信じて危険地帯に留まるようなことはしない。
逃げようとすればパニックになり、我先にと逃げだす者もいる。
転ぶ者もいれば、逃げ遅れて怪我を負う人だっている。死者だって出る。それが魔獣の襲撃だ。ジャレッドは何度もそんな嫌な光景を見ている。
しかし、この町には、魔獣よりも恐ろしい竜種が襲ってきたにもかかわらず、襲撃の痕跡が薄いのだ。
建物は倒壊しているし、地面も砕かれている。相当大きな竜種が暴れたのだと判断できるが、それだけだ。
「事前に危険を察知して逃げることができたのかもしれないぞ? 僕としては住民が全員無事であることを祈るよ」
違和感を説明すると、ラウレンツが推測するが、やはりなにかが違う。
「俺だって住民が無事ならそれでいいんだ。とにかく進もう。もし、住人が無事なら確認したい」
町全体に違和感を覚えるのは間違いない。だが、住民が無事ならそれでよかった。
二人は町の中心部にたどり着くと、顔をしかめる。
元は美しい街並みだったのだろう。商店がならび、広場には噴水と花壇が設置されている。住民たちの憩いの場だったかもしれない。だが、すべてが破壊されていた。
「酷いな……これが竜種か」
「ここまで酷いのは俺だってはじめてだ」
「人的被害が見つかっていないだけマシだと思うべきなのか?」
「わからない」
広場を町の奥へと進もうとしたそのとき、
「ジャレッドッ! もの凄い量の血だ!」
目の前に大量の血が広がっていた。
ひび割れた地面に赤い液体が池のように広がっている。よく見れば、建物の残骸にも赤い飛沫が飛び散っている。
「まさか、多くの犠牲者が出ているのか?」
「いや、違う。これは竜種の血だ。触れてみろ、魔力を感じる」
ジャレッドが指摘すると、恐る恐るラウレンツが竜種のものと思われる血液にそっと触れる。
「……たしかに魔力を感じる。触れなければわからないが、かなり濃厚な魔力だ。間違いない、人間じゃない」
竜種のみならず、魔術を使える魔獣の多くは人間よりも魔力が濃い。魔力の濃さが強さに比例するわけではないが、魔獣が獣ではなく魔獣と呼ばれる所以は魔力を有しているからだ。
対して人間は魔力が薄い。大きな魔力量を保持している魔術師であってもそれは変わらない。
なぜこうも人間と人外で違いがあるのか不明だが、こういう場面での判断材料にするには実にありがたかった。
「おそらく竜種は手負いだな。人を襲うために町に現れたというよりも、傷つけられたなにかから逃げてきた結果、この町にきてしまったと考えるべきかもしれない」
「住民にとってはいい迷惑だ」
「違いない。早く住民を探そう」
大量の血液を飛び越え、ジャレッドたちは走る。
少しでも早く住民たちを見つけて保護したい思いから、自然と足が早くなる。
この町は森に囲まれており、一部森を切り開いて畑にしていた。アルウェイ公爵領はどの町にも街道がつながっているため発展しているが、それでもかなり田舎だと思える。王都で暮らしているジャレッドにとっては森に覆われた町という感想しかない。
竜種が流したと思われる血を辿っていくと、畑を通過した。
「いたぞ!」
畑を越えた先に、開拓中なのだろう木々を切り倒した開けた場所があった。
そこに住人たちが集まっているのを見つけた。
安堵の息を大きく吐きだし、住民へと近づいていく。しかし、
「近づくな!」
住民たちからの第一声は――拒絶の声だった。
ジャレッドとラウレンツは慌てて足を止めると、敵意を持っていないことを知らせるために両手を上げた。
「また冒険者か! 好き勝手やりやがって、いい加減にしろ!」
だが、住民たちの警戒は解けないどころか、冒険者と勘違いされる始末だ。
青年たちが槍を構えて切っ先をジャレッドたちに向けた。
「僕たちは冒険者じゃない!」
「俺はジャレッド・マーフィー。魔術師協会から派遣された魔術師だ。この町が竜種に襲われたと聞いて、さきほど到着した。怪我人がいるなら手当をする!」
「僕はラウレンツ・ヘリング。同行者だ」
「信じられるか! 魔術師も冒険者になるだろ! お前たちだって、なにをするのかわかったものじゃない!」
よほど冒険者に思うことがあるのか、青年たちからは怒りの色が濃い。彼らの背後にいる住民たちも怯えたような目でこちらを見ている。
「野蛮な冒険者と一緒にするな! 僕たちは誇り高き魔術師だぞ!」
「だったら信用できる証拠をよこせ!」
証拠と言われても魔術師協会から書類もなにも受け取っていない。普段なら依頼主と確認を取るため書類が用意されるのだが、今回の依頼主はアルウェイ公爵からの火急の依頼だったため書類を受け取っていないことを思いだす。
「証拠になるものを持っていないのか?」
「残念だけど持ってない。どうしようかな……よほど冒険者に恨みでもあるんだろ。下手なことをしたら串刺しだぞ」
「そんなの僕はごめんだぞ! 竜種ではなく助けにきたはずの住人に殺されるなど、あってはならない! ――そうだ、生徒手帳を渡せばいい」
「生徒手帳?」
「僕たちの身分が明らかになるのは間違いないだろ! 王立学園の生徒手帳を偽造する馬鹿はいないのだから、間違いないだろ! まさか、持っていないのか? 生徒は普段から生徒手帳を持ち歩けと校則にあるだろう!」
そんな校則を守っている奴はわずかだ、といいたくなったが、実はジャレッドも持っていた。
懐から生徒手帳を取りだすと、青年たちに向けて揃って投げる。
「――っと。なんだ、生徒手帳。はぁ、お前ら王立学園の学生なのか……って、あああああっ!」
「どうした!?」
「こいつら、いや、違う、この方たちは、ヘリング伯爵とダウム男爵のご子息だ!」
青年たちの反応を見て、なるほど、とジャレッドは生徒手帳を見せることを提案したラウレンツの意図がわかった。
確かに身分が明記されているが、自称魔術師協会からの派遣が学生に変わってもますます疑われるだけだと思っていた。しかし、ラウレンツの目的は、貴族であることを明かすことだったのだ。
男爵家だとさほど効果はなかったかもしれないが、伯爵家の名は大きい。そして、ラウレンツの読み通り、効果があった。
「ど、どうする、貴族に槍を向けちまったぞ! っていうか、今も向けてるし!」
「知らねえよ! 槍を、放すか?」
「もう遅えだろ! 俺たちはおしまいだ……」
いや、効果がありすぎた。
槍を構えている青年たちはこちらが気の毒になるほどうろたえており、中には貴族を害そうとしたと気付いて絶望している者までいる。
「先ほども言ったが、僕たちは助けにきたんだ。槍を向けられたくらいで罰したりしない! 見くびるな!」
「話がしたい。とりあえず、俺たちが敵じゃないということを理解してほしい。そして、責任者――町長に会わせてほしい。事情が知りたい」
「……わかりました。事情をすべてお話します。ですが、ここでは魔術を使わないでください。女子供が怯えていますので」
「約束します」
「僕も使わないと誓おう」
ジャレッドたちの返事に青年たちが安堵したそのとき、
――ぐぉおおおっるるるるるるるっ!
地響きのような唸り声が住民たちの背後から聞こえた。
「な、なんだ今の唸り声は!」
「魔獣、いや違う――まさか!」
ジャレッドは止めようとする青年たちを押しのけて、住民たちかき分けて進む。
「おいおい、嘘だろ?」
住民たちの背後には、開けた場所に横たわり腹部から背にかけて血を流し続ける竜種の姿があった。
住民たちが、必死にタオルで血を止めようと傷口を抑えている。
「……竜種を守っていたのか?」
信じがたい光景に唖然としながら、ジャレッドは疑問の言葉を絞り出したのだった。