17.生家訪問8. 婚約者と父2.
ジャレッドは反対し続けていると、部屋の扉が開かれた。
「……なにをやっているんだ?」
怪訝な表情を浮かべて部屋の中を見渡したのは、屋敷の当主でありジャレッドとロイクの父親でもあるヨハン・ダウムだ。
亜麻色の髪を整髪料で整えうしろに流した、まだ四十歳に満たない若々しさがある男性である。体躯こそ細いため、騎士団員であるとは思えないが、腰のベルトに吊るされている二本の剣には騎士団員である証拠と、ダウム男爵家の家紋が刻まれている。
瞳は青く、甘い容姿をしており、一見するとジャレッドと親子だとは思えないほど似ていない。ただし、ロイクとはよく似ていた。
ヨハンは戸惑いを浮かべている妻と息子に視線を向けてから、ジャレッドを視界にいれる。すると、明らかに表情を苦々しくした。続けて、オリヴィエを目にすると、驚いたように目を大きくし、深々と頭を下げる。
「オリヴィエさま、お初にお目にかかります。私は、それの父親のヨハン・ダウムです。ようこそ我が屋敷に」
「はじめまして、オリヴィエ・アルウェイです。無理を言ってついてきてしまいました、申し訳ございません、お義父さま」
礼に礼を返すと、ヨハンは頭を上げ、驚いた顔をした。
「あの、なにか?」
「いえ、すみません。まさかオリヴィエさまに義父と呼ばれるとは思っていませんでしたので、驚きました」
苦笑――ともとれる小さな笑みを浮かべるも、すぐに表情を消し再度ジャレッドに向いた。
「お前も久しぶりだな、なにか用か?」
「私が呼びました」
「カリーナが? まあ、いいよ。適当に過ごしたら帰れ。カリーナ、僕は部屋にいる。こいつが帰ったら教えてくれ」
それだけ言うと、ヨハンはオリヴィエに礼をして、返事も聞かずに部屋から出ていこうとする。
「お待ちください」
そんな彼を止めたのは、オリヴィエだった。
「なにか御用ですか?」
「はい。少々、お聞きしたいことがあります」
「どうぞ」
「さきほど、わたくしに、まさか義父と呼ばれるとは思っていなかったとおっしゃいましたが、父にジャレッドとの縁談を望んだのは他ならぬお義父さまではありませんか?」
「そうでしたね。忘れていました」
だからどうしたと言わんばかりに平然としているヨハンにオリヴィエの視線が鋭くなる。ただし、適当に返事をされていると思ったせいで怒りを覚えたのではない。自分の思っていた通りに、なにかあるのではないかと確信めいたものをもったからだ。
父親に無感情な視線を向けている婚約者を一瞥すると、オリヴィエはヨハンにさらに問う。
「ですから、わたくしは不思議だったのです」
「なにが不思議だったのでしょうか?」
「失礼を承知で明かさせていただきますが、わたくしの婚約者にジャレッドをと進めた以上、ジャレッドのことはもちろん、お義父さまとご家族のこともすべて調べさせていただきました」
「公爵家であればしかたがないでしょう。いえ、貴族ならどの家も同じことをしますので、気にしないでください」
「感謝します。ですが、調べたからこそ不思議に思うのです。お義父さまはジャレッドを利用して公爵家に近づこうとしていました。実際、そう公言しています。ジャレッドのお祖父さまもお義父さまを同じように疑っていました」
ただし、公爵家に近づこうとしてなにを企んでいたのかまではわからなかった。
ヨハン・ダウムは、「できそこないの息子を行き遅れの公爵令嬢に差しだして公爵家に近づく」と同僚や部下に言ってこそいたが、その続きがないのだ。
誰ひとりとして、公爵家を利用したいのか、それとも権力を欲したのかさえわからない。調べた者の結論は、ヨハンは誰にも本当の目的を公言していないというものだった。
しかし、アルウェイ公爵はジャレッドを受け入れた。行き遅れた娘を案じていたのもそうだが、信頼するダウム男爵と慕っていた姉の孫であるジャレッドなら構わないと判断したのだ。それ以上に、オリヴィエにはハンネローネという守る存在もおり――のちにコルネリアとわかったが――当時は不明な敵もいたので、家族を守れる存在を欲したというのもある。
「ええ、それがなにか問題でもありますか? 貴族同士の結婚など、所詮利用しあうようなものでしょう」
ヨハンは否定するのではなく、平然と答えた。
結婚を利用しあうものだと言い切る夫の言葉に、カリーナが悲しげに目を伏せる。無理もない。自分との結婚が、利用と言われたのだから。
オリヴィエは、貴族同士の婚姻が利用とまで言い切ることはできないが、家と家を繋ぐひとつの結びつきであると考えている。だからこそ、当人同士の感情は置いておき親同士の関係と立場で決まることが多い。
しかし、カリーナを見る限り、彼女には彼女なりの愛情がヨハンにあったのだとわかる。自分の発言のせいで知らなくてもいいことを知ってしまった彼女に、内心謝罪しながらオリヴィエは冷静に務めた。
大切な婚約者を利用しようとしたと躊躇いなく言い切った義父に対する怒りが湧いたが、感情的になってはいけないと自らに言い聞かせる。
ジャレッドと出会うまで、多くの人間を――それも自分を利用しようとする企みや悪感情をもつ人間と見てきたオリヴィエにとって、ヨハンはなにかが違うと直感が告げていた。
小さく息を吸い、改めて心を落ちつかせる。そして、問うた。
「ならばなぜ――お義父さまは、わたくしや父に一度もなにかを要求しなかったのですか? はじめはジャレッドは婚約者候補でした。ですが、すぐに婚約者となった。わたくしにとって、父にとって大切な存在となりました。そのことを知らなかったわけではないでしょう。ですから、不思議なのです。なぜ、ジャレッドをわたくしの婚約者にすることで公爵家に近づくと公言するお義父さまが、なにも要求しないのですか?」
オリヴィエの問いにヨハンは、
「……あなたに、応える必要はありません」
疑問に対する答えを拒絶したのだった。