15.生家訪問6. 婚約者と義母1.
「とにかく、宮廷魔術師になるのだから、ジャレッドはもっとしゃんとしてちょうだい。あんな態度の悪い人間に好き勝手に言われたらだめよ」
「そう言われても、まだ正式になったわけじゃないですし」
「断るつもりがないのなら決まったも同然よ。国も、魔術師協会も、今さらあなたを手放そうなんて考えるはずがないのだから、もっと堂々としていればいいのよ」
ジャレッドの態度に不満を覚えているオリヴィエに、カリーナは小さく微笑んだ。
幼いころからよく知るジャレッドは、こうして顔をあわせても宮廷魔術師に選ばれたとは思えない。カリーナ自身が武家の出身であるため、どういう人物が武人であるかよくわかっているが、実の子同然にかわいく思う息子は母の目から見ても戦闘者には見えなかった。
穏やかと言い切ることはできないが、武人特有のギラギラした強い気性を感じない。体つきも細く、鍛えているのだろうが、一見すると強い人間であると思えないのだ。
これは、ジャレッドの祖父も父も同じである。
カリーナがまだ嫁ぐ前、父の友人たちは見るからに身体はたくましく、武人らしかった。だからだろう、夫であるヨハンに興味をもったのは。彼もまた、ジャレッドと同じく、細身の体躯をもち、雰囲気もとても戦場に立つと荒々しい剣技を使うとは思えない人物だった。
ヨハンがジャレッドを本心ではどう思っているのかカリーナにはわからないが、似ている点が多いと思う。だからこそ、なにかがきっかけで仲直り――いや、和解することができればいいと切に願うのだった。
「だいたいジャレッドはわたくしにもお母さまにも遠慮しすぎなのよ。もっと、わたくしの婚約者らしく堂々としてほしいわっ」
「ふふっ」
頬を膨らませるオリヴィエと、困った顔をしながらも彼女の言葉を聞き続けるジャレッドに、ついカリーナは笑みをこぼしてしまう。
ほほ笑ましい。そして、羨ましい。思い返せば、カリーナは夫と彼らのような時間を過ごしたことはあまりない。不幸だとは微塵も思わないが、もっと夫婦としての時間がほしかったと思う。
「お義母さま?」
「ごめんなさい、オリヴィエさま、あなたたちの関係がほほ笑ましく、羨ましくなってしまいました。もうすっかりご夫婦のようですね」
「そ、そんな、夫婦だなんて、いやですわ、お義母さま……」
不機嫌になっていたかと思えば、急に実年齢よりも幼く見えてしまうほど恥じるオリヴィエはカリーナの目から見てもかわいらしい。
ただし、夫婦と言われたにも関わらずまったく動揺していない息子は減点だ、と思った。
「お二人が仲がよろしければ、私も嬉しいです。オリヴィエさま、どうかジャレッドさんのことをよろしくお願い致します」
「――はい。わたくしも、至らない点は多いと思いますが、ジャレッドと一緒に頑張っていきたいと思います」
二人してにこりと笑顔を浮かべると、アネットのせいで張りつめていた空気が霧散していったのをジャレッドは感じ取り、ほっと息をはく。
だが、ジャレッドの苦難はここからだった。
「せっかくお屋敷にまで足を運んでくださいましたので、ジャレッドさんの子供のころの話をお聞かせしましょうか?」
「――ちょっ」
「是非っ、お願いします。ジャレッドはあまり自分ことを話してくれないので、知りたかったのです。イェニーは従姉妹なので、いろいろ思い出があるようですが、わたくしにはないので、せめてお話だけでもお聞きしたいと思っていました」
「でしたら、少ないですが写真もありますので、ご覧になりますか?」
「はい、もちろん!」
向日葵のように輝く笑顔を浮かべたオリヴィエ。しかし、ジャレッドはこのような展開になるなど思いもしていなかったので、絶望していた。
なにもオリヴィエに過去を知られたくないというわけではない。ルザーとの出会い、アルメイダのことなど、そうそう口にできない過去を彼女には明かしている。信用はしているし、信頼もある。だからといって、義母から伝わる自分の過去など、だいたいが黒歴史ばかりだと相場が決まっていた。
とくに、この屋敷で暮らしていたころは、今の自分とはまったく別人ともいえるのだ。一言で表現するならば――恥ずかしい。
もちろん、オリヴィエもカリーナもそんなジャレッドの心情など察してくれもせず――いや、察した上で喜々としているのかもしれない。
女性二人の勢いに勝てるはずもなく、盛り上がりはじめた婚約者と義母の会話を極力耳に入れないようにしながら、ジャレッドは用意されていた菓子を無心で食べはじめた。
少しでも気を紛らわそうとしているのだ。
「あらやだ、ジャレッドったら小さいころはかわいいのね」
「今でも似たようなところはありますよ。この間、顔を見せてくれたときも――」
本当にやめてほしいと、心な中で泣きながら、いつになったらこの苦痛が終わるのだろうかと神に問う。もちろん返事はない。
ロイクのところに顔を出そうかとも考えながらも、ジャレッドの表情は柔らかい。
実をいうと、義理とはいえ、実の子同然に愛情を注いでくれた義母とオリヴィエが上手くやってくれるかどうか、少し心配だったのだ。
頻繁に顔をあわせることはないかもしれないが、できることなら仲よくなってほしい。そう願うのは、自然のことだった。
ジャレッドは、今さらオリヴィエと離れたいとは思っていない。そもそも、彼女と一緒に暮らすようになって二ヶ月が経ったが、一度として嫌だ、無理だと思ったことはなかった。
コルネリアの一件が片付いたので、お役御免なのかもしれないが、ジャレッドは心から大切に思っているオリヴィエとの縁が切れるのは嫌だと思っていた。
彼女も自分のことを婚約者だと呼び、こうして一緒に生家にまできてくれたのだから同じ気持ちであると信じたい。いや、彼女は祖父母にも挨拶したいと言ってくれたので、同じ気持ちである――と、思っている。
声を弾ませて楽しそうにしているオリヴィエとカリーナを眺めていると、不意に思う。
――まるで姉妹のようだな。
そう思うと、つい表情が緩んでしまう自覚があった。
しかし、ちょっと待て、と思い直す。今、婚約者と義母が姉妹だと感じたのはいい。仲よくしてくれることは構わない。だが、自分といずれ結婚してくれるのであれば二人の関係は義理の親子なるのだ。
――うん。親子には見えないな。
思えば、オリヴィエとカリーナの年齢は十も離れていないことを思いだす。
無論、そんなことを言ってしまえば、オリヴィエが悲しむ――いや、烈火のごとく怒りだすのは目に見えているので、決して口にしないように意識的に口を噤み、蓋をする勢いで焼き菓子を放りこんだ。
下手なことを言ってしまう前に、この場から去ろう――と考えていたとき、小さく扉がノックされた。