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14.生家訪問5. オリヴィエの疑問.




「やり過ぎです、オリヴィエさま。あれじゃあ、俺たちが返ったあとにお母さまが八つ当たりされると思うんですけど……」

「そんなことができないように、徹底して屈辱を味わわせてあげたのよ。あそこまですれば、あの方の怒りはわたくしに向くわ。ですが、お義母さま、もしもあの方に嫌な目に遭わされましたら、すぐにご連絡ください」

「あ、ありがとうございます、オリヴィエさま。そして、申し訳ございませんでした。まさかアネットさまがあんなにも突然現れるとは思っていませんでしたので、なにもできず……」


 心底すまなそうに目を伏せるカリーナにオリヴィエは気にしていないとほほ笑んだ。


「それにしても、いったいなんなのかしら、あの方は?」

「俺のことが気に入らないんでしょう。もう慣れましたし、気にするだけ無駄ですよ」

「そういう問題じゃないわ。そもそも、どうしてジャレッドがあんなにも舐められているのかしら?」


 オリヴィエは不満だった。

 自分の婚約者が、自分と家族を救ってくれた恩人が、明らかに見下された態度をとられていることが我慢できなかった。

 ジャレッドが婚約者候補になったときに、オリヴィエは家族に関しても一通り調べてあるため、アネット・ダウムに関しても知っている。

 爵位を継げないことが決まっているジャレッドを見下し、子供たちも兄として見ていない。二ヶ月ほど前は、その情報にもとくに思うことはなかったが、今ははらわたが煮えくり返るほどの憤りを覚えている。


「わたくしが知る限り、アネット・ダウムは爵位がすべてという思想のもち主よね。なら、宮廷魔術師になることがきまったジャレッドに対して、あの態度はなんなのかしら?」

「おそらく、認めたくないのだと思います」


 オリヴィエの憤りに応えたのはカリーナだ。


「認めたくないといいますと?」

「アネットさまは、子爵家のお生まれということもあり、この屋敷ではもちろんお義父さまの屋敷でも爵位が上だからと、その、あまり褒められない態度でした。ゆえに、家督を継がせないと旦那さまはから通告されてしまったジャレッドさんを馬鹿にしていたのです。ですが――」

「正式に宮廷魔術師になったあかつきには、伯爵位となりますわね。つまり、見下していたはずのジャレッドが自分の実家よりも上の爵位を与えられることが嫌だ、ということですか?」

「そうだと思います」

「まったく呆れたものよね。ジャレッドのお祖父さまのダウム男爵家だって、確かに爵位は低いかもしれないけれど、歴史だけなら建国時から続く名門よ。それだけの歴史をもっているなら、爵位など関係ないわ」


 事実、男爵家の当主でありながらダウム男爵は父アルウェイ公爵の相談役として信頼されている。そのことに関して不満を思う者は、いないわけではないがほんの一握りだ。

 建国から国を支えてきた、剣の一族を爵位だけで軽んじたりはしない。

 しかし、中にはそう思わない者がいる。爵位こそすべてと、培った歴史を無視するのだ。その多くが新興貴族に多い。

 歴史が浅い新興貴族は、ある意味実力でのし上がった者たちだ。そんな者たちから見ると、代々続く一族――という肩書は、先祖の威を借るように思えるらしい。


 とはいえ、アネットは単に爵位のみで相手を判断しているのだろう。ゆえに、オリヴィエは同じように扱った。爵位がすべてだと思う人間に、爵位が上の人間として命じたのだ。

 だが、アネットはオリヴィエに従っていたが、内心不満と屈辱にまみれていたことは聞かずともわかっていた。

 本当に爵位こそすべてだと思っているのなら、自分よりも上の相手に従い、不満など抱くはずがない。つまり、アネット・ダウムは、子爵家の娘という立場を男爵家で振るうだけしかできないお山の大将だった。


 ゆえに、長男でありながら新興男爵家の家督を継げないジャレッドを見下していたのだが、魔術師として優れていたことから宮廷魔術師に選ばれ、伯爵位を与えられることに我慢ができなかったのだろう。

 アネットの理不尽すぎる怒りと鬱憤は、日ごろカリーナとロイクに向かっていたかもしれない。そして焦りもしていたはずだ。父親のあとを継ぐのがジャレッドではない以上、順番からするとロイクであるべきだ。しかし、そうなってしまえばアネットの息子のレックスは家督を継げない。

 家督を継げない貴族は、当主の補佐に回ることが多い。もしくは、貴族としての地位を捨て、一般人として生きるかだ。アネットは、自分の息子が当主になれないことは決して我慢できる女ではない。


 だからこそ、息子が勝手に決めた従姉妹との婚約も認めた。こちらがだめなら、祖父の男爵家を継げばいいと思ったのだ。そして、娘に届く縁談も慎重に進めている。うまくいけば、娘婿がダウム男爵家を継ぐことができるかもしれない。そうすれば、アネットの地位は安泰となる。

 結局、息子や娘ではなく、自分のことを優先して考えることしかできない人間なのだ。


 ――まるでコルネリア・アルウェイのようね。


 オリヴィエは、アネットがコルネリアによく似ていると思った。

 彼女もまた、自分本位の人間だった。最後には娘さえ切り捨てた挙句、すべて失敗に終わり、今はアルウェイ公爵家の領地内に軟禁されていると聞いている。

 子爵家の出身であるアネットがコルネリアと同じことができるかと問われれば無理だろうが、この手の人種は権力と金があれば、平然と酷いことができるのだとオリヴィエはわかっていた。


 ――そもそもおかしいことがあるのよね。


 ジャレッドが、非合法施設に強制的に入れられたことを考える。話を聞く限り、ジャレッドを遠ざけようとしたのは彼の父ヨハン・ダウムだ。しかし、ヨハンの命令で非合法施設にジャレッドが入れられたわけではないと推測していた。

 すると、怪しいのがアネットだ。

 祖父のダウム男爵家を継ぐ話が、水面下であった以上、アネットがそのことを知っていても不思議ではない。

 そのことをどう思ったのかわからないが、決して心よく思わなかったはずだ。


 ――もしかすると、アネット・ダウムがジャレッドを施設に入れた張本人なのかもしれないわね。


 もしも、そうならば、しかるべき報復をするべきだと思う。

 施設に収容されたおかげで、ジャレッドはルザー・フィッシャーという友と出会い、アルメイダという師匠を得た。そして、宮廷魔術師に選ばれるほどの才能を開花さえたのも事実だ。しかし、終わりよければすべてが許されるわけではないのだ。


「オリヴィエさま? どうかしましたか、急に黙り込んで?」

「ご、ごめんなさい、少しアネット・ダウムに関して考えてしまったわ」

「申し訳ございません、嫌な思いをさせてしまいまして。私が強く言うことができないばかりに……」


 思考の海にとらわれていたオリヴィエだったが、ジャレッドの声で現実に戻った。

 ジャレッドは不思議そうに、カリーナに至っては心底申し訳なさそうにしている。オリヴィエがアネットのことで気を悪くしたと勘違いしているのかもしれない。


「謝らないでください、お義母さま。わたくし、本当に気にしていませんから」


 ジャレッドたちを安心させるようにほほ笑むと、オリヴィエは父と相談してアネットに関して深く調べようと決意するのだった。



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