12.生家訪問3. 義母の悩み2.
「――え?」
言うまでもなく義母の考えはジャレッドを大いに驚かせた。
無理もない。父親から家を継がせないと言われている長男であることを知っていながら、実の息子を補佐にし、ジャレッドに家督を継いでほしいなどと、いくら我が子同然に育てたとはいえ普通は思わない。
しかし、カリーナは違った。実の息子よりも、ジャレッドを当主に考えていたのだ。
言葉を失っているジャレッドに対し、冷静な声で返事をしたのはオリヴィエだ。
「しかし、それは難しいですわ。ジャレッドは宮廷魔術師になることが決まっているので、伯爵位が与えられます。ダウム男爵家を継ぐことはできないでしょう」
仮にダウム男爵家を継ぐことが決まっていたとしても、宮廷魔術師になる以上、現在と同じようになる。
宮廷魔術師の地位は、貴族とはまた違うのだ。国の有する最高の魔術師十二名に与えられる称号であり、伯爵位などおまけにすぎない。宮廷魔術師そのものがひとつの地位である。
爵位など、おまけだ。頭の固く爵位だけでしか誰かを判断することができない貴族に対して宮廷魔術師が円滑に物事を進めることができるようにするために与えられるようなものだ。
だが、その爵位も今は大事であることオリヴィエはもちろん、ジャレッドだってよく知っている。
よくも悪くも肩書は必要なのだ。
「はい。あくまでも私の考えでしかありません。最初はお義父さまのダウム男爵家を継ぐかもしれないと伺っていたので、口にしたことはありませんでした。ですが、ロイクはあまり当主に向かず、なによりも戦いを好む性格ではありません。仮にもダウムの名を継ぐのであれば、戦闘面でも優れていなければならないと私は考えています」
そう言われてジャレッドは思いだす。カリーナ自身がもともと武家の生まれだ。同じく男爵家だったが、祖父と交友がある一族から是非にと父の側室になったと聞いている。
彼女だってロイクを当主にしたいはずだ。しかし、母親である彼女の目から見ても、ロイクには当主というのは重荷になるのかもしれない。だが、ジャレッドはそうは思わない。努力を続ける弟なら、いずれは当初にふさわしく成長できると信じていた。なによりも、父親が健在である以上、今すぐに当主になる必要はない。ゆっくりと時間をかけて努力していけばいいのだ。
「ですが、まさかジャレッドさんが宮廷魔術師になるとは私は思っていませんでした。残念ではありますが、伯爵位を得る以上、男爵家をそれも新興男爵家を継ぐことなどできませんね」
本当に残念に思っているように見えるカリーナだが、いくらなんでも宮廷魔術師になることを辞退することはできない。そんなことをしてしまえば、祖父にはもちろん、アルウェイ公爵、魔術師協会に迷惑をかけてしまう。
「なにか困っているのですか?」
「アネットさまとレックスの件もそうですが、最近ではクレールに縁談がきています。その多くが武家の人間であり、ダウム男爵の当主になりたいと考えているのでしょう」
クレール・ダウム。側室アネット・ダウムの長女であり、ジャレッドにとっては妹にあたる。しかし、アネットをはじめ、息子のレックスともに疎ましく思われていることは変わらず、クレールも例外ではない。
「ロイクに縁談が?」
「はい。武家はもちろんのこと、伯爵家からも縁談がきており、正直なぜと疑問がつきません」
「きっとジャレッドと縁を結びたいのでしょう」
「俺と?」
カリーナの疑問にオリヴィエが応える。
まさか弟を通じて自分と縁を結びたい人間がいるとは、ジャレッド自身は思っていなかったため目を見開くも、カリーナは納得したようにうなずいた。
「どういうことですか?」
「誉ある宮廷魔術師になったジャレッド・マーフィーと縁を結ぶことで、宮廷魔術師の権力、立場を利用したいと考える人間は少なくないわ。ジャレッドと縁がほしいと考えるなら、もっとも有効で早いのは婚姻だわ。でも、すでにわたくしが婚約者としているので、躊躇いがあるのよ。悪い噂のおかげね」
嘆息しながらオリヴィエは続けた。
「イェニーも婚約者となっているから爵位は気にしなくてもいいかもしれない。でも、わたくしと一緒に自分たちの娘がやっていけるかわからないのよ。ならば、弟と結婚させようと考えたのだわ。ジャレッドを慕うロイクなら、兄の助けになろうとするはずよ。ジャレッドもそんな弟をかわいく思うはず――少し考えればこのくらいのことは浮かぶわ」
もちろん、縁談すべてがジャレッドとの縁をもちたいものばかりではないと言ってくれたが、爵位が高い相手には警戒が必要だとも言われた。
貴族の結婚では、夫より妻が、妻より夫が爵位が高くなる場合が多い。夫のほうが爵位が高いのならとくに問題はないが、妻の実家が夫よりも爵位が高いと――うまくいかない夫婦間となる場合がほとんどらしい。
もっとも、その人間の人格にもよるが、貴族はどうしても爵位でものごとを考えてしまう悪癖がある。
公爵家の令嬢であるオリヴィエだからこそ、そういう人物を多く見てきたのかもしれない。
「ロイクに想い人はいるのでしょうか? もし、いるのでしたら、その方と婚姻させるのもひとつの手だと思いますわ」
「……そのような話はしたことがありませんでしたが、今度聞いてみたいと思います」
「お困りならいつでもご連絡ください。わたくしでよろしければ、いつでもご相談に乗りますし、必要があればお力もお貸ししますわ」
「あっ、ありがとうございます、オリヴィエさま」
ロイクのために力になってくれると言うオリヴィエに、義母は深々と頭をさげた。
おそらく、誰にも相談できずに困っていたのかもしれない。祖父母にジャレッドから、ロイクの将来について気にかけてほしいと伝えようと思った。
ひとまずの安堵をしたカリーナが、再び口を開こうとしたそのときだった。
「ジャレッドを呼んでなにかを相談していると聞いたけれど、まさか自分の息子を当主にする話だったなんて呆れたわ。そもそも、ジャレッド――あなた、屋敷に顔をだしておきながら私になにも挨拶はないの!」
ノックもなしに扉を開けて入ってきたのは、派手なドレスを身に纏ったブロンド髪をアップにまとめた女性だった。
彼女の表情には、怒りと妬み、そして歪みが現れている。容姿こそ整っているが、内面か性格の悪さがにじみでている――と、ジャレッドは会うたびに思う。
彼女こそ、父ヨハン・ダウムの側室であるアネット・ダウムだった。