11.生家訪問2. 義母の悩み1.
義母の部屋に場所を移した四人。
本来なら客人として応接室で対応するべきなのかもしれないが、オリヴィエが家族として扱ってほしいと願ったため、カリーナの当初の予定通り彼女の部屋となった。
実は、カリーナがジャレッドを呼んだ理由は――内々に相談がしたいという旨だったのだ。
カリーナ自身がジャレッドのもとへ伺いたかったのだが、仮にも別宅とはいえ公爵家に新興男爵家の人間がおいそれと訪れることもできない。それゆえ、ジャレッドにきてもらうこととなっていた。
だからこそ、オリヴィエが一緒だったことは予定外であった。
彼女の評判はカリーナの耳にも入っている。無論、噂をそのまま鵜呑みにするほど愚かではないし、ジャレッドとの仲睦まじい姿を見ることができたため、やはり悪い噂など当てにならないと安堵したはずだ。
「お母さま、なにか心配事でもありましたか?」
なかなか本題を口にしてくれず、オリヴィエと会話を進めていた義母にジャレッドは尋ねた。
母の死後、実の息子同然に愛してくれたカリーナと、心から兄と慕ってくれるロイクのためにならジャレッドはできる限りのことをしてあげたいと思っている。
息子に尋ねられ、一瞬オリヴィエを伺うも、彼女が笑顔を向けたため大きく深呼吸すると、意を決意してカリーナは口を開いた。
「実は、家督についてなのです」
「父がなにか言いましたか?」
「いいえ、旦那さまはなにも言いません。いえ、言ってくれないと言うべきでしょうか」
相変わらず放置しているのか、とジャレッドは呆れた。
父ヨハン・ダウムは剣の申し子として戦場で活躍した実力をもつ騎士だ。そのおかげで新興貴族として爵位を得たほどなので、実力と功績は息子の目から見ても相当なものだ。
しかし、どこか子供っぽいところがあり、いい大人になった今も変わっていない。祖父は、そんな父をダウム男爵家の当主にさせないと決めていたようだが、父は自らの力で男爵家を興してしまったのだからある意味凄いと感嘆せずにはいられない。
「俺が家督を継がない以上、ロイクが後継ぎになるのではないんですか?」
挨拶だけ交わし、自室に戻っている弟を思いだす。
ジャレッドの記憶では、父はロイクに剣の手ほどきをしている。あまり、戦闘面に適した好戦的な性格ではないロイクではあるが、父の期待に応えようと一生懸命に慣れない剣を振るっている姿はまぶしく映る。
「かもしれませんし、違うかもうしれません。旦那さまはなにも言ってくれず、そのせいもあってアネットさまがレックスに継がせたいと声を露わにして言いだしています」
「あの人も、わがままだからなぁ」
先日、従姉妹のレナ・ダウムが婚約したと伝えられたレックス・ダウムはジャレッドの末の弟であり、側室アネット・ダウムの息子だ。
血のつながりがある弟にこんなことは言いたくないが、十二歳という若さでありながら野心家で傲慢な一面は、あまり好きにはなれない。母アネットの影響を受けていると言ってしまえばそれまでだが、強引にレナと婚約宣言したことや、今までイェニーにつき纏っていたこともあり、正直、なにを考えているのかわからない一面がある。
理解できないのは、イェニーに恋心を抱いていながら、なぜレナと婚約したのかということ。イェニーにその気がなく、先日自分と側室となることが決まってしまったので自棄になっているとも考えられるが、それでは仮にレナと結婚できたとしても二人は幸せになれない。
「先日、レナからレックスと婚約したと聞きましたが、ご存知ですか?」
「はい。当人同士で勝手に決めたことのようで、アネットさまも当初は相当お怒りでした」
「ごめんなさい、わたくしが口を挟んでいいのか迷ったのですが、当初は……とは?」
家督に関する話題になると口を噤んでいたオリヴィエが疑問を問うと、カリーナが困ったように目を伏せた。
「アネットさまはご実家の親戚筋とレックスを結婚させたかったようでしたので、勝手に婚約などと言いだしたことにお怒りでした。しかし、この男爵家の家督が継げない場合のことを考えると、お義父さまの男爵家を継げるかもしれないと考えを改めたようです」
「それは、なんというか……」
「あからさまですわね」
実際、叔父が家督を継がなければダウム男爵家を継ぐ人間は親戚筋となってしまう。叔父は体が弱いため、祖父も頭を悩ましていると聞く。そのせいもあって、一時はジャレッドが次期当主として考えられていた。
しかし、宮廷魔術師になることが決定した今、それも難しい。
ジャレッドは祖父の後継ぎになることは嫌ではないが、宮廷魔術師になれば伯爵位を与えられるため、男爵位ではいざ指揮をとる場合に舐められるのではないかという心配もある。
ただし、ダウム男爵家は、建国時から続く由緒ある一族だ。男爵家と爵位こそ低いが、先祖代々直系の血筋が絶えず続いている希少な一族でもある。
仮に、父の興した男爵家とどちらを継ぐかと考えるなら、祖父の後継ぎになったほうが歴史ある一族と当主として名を残せるので利点も多い。それ以上に、戦場に駆りだされることも多くなるが。
自分の息子に爵位を与え、当主の母となりたいと考えることは貴族としては普通だ。実に貴族らしい。ジャレッドやオリヴィエのように、爵位にあまり興味がないという人間のほうが貴族社会では珍しいのだ。
「お義父さまとお義母さまが、レナさんとの結婚を認めないと言っていますが、アネットさまは聞く耳持たず、旦那さまは放置なのです」
「お義母さまのお考えはいかがですか?」
ジャレッドは当然、ロイクが家督を継ぐべきだと思っている。
慕ってくれる弟を贔屓しているからではなく、父の期待に応えようと努力している姿を知っているからだ。
レックスは年齢がまだ幼いということもあるが、剣にあまり興味はなく、魔力もないのに魔術に興味を抱いていると聞いている。わがままな弟は、唯一魔力をもつジャレッドをねたんでいるとも耳にした。
「私は、ロイクではなく――長男であるジャレッドさんにダウム男爵家を継いでもらいたいのです。そして、ロイクは補佐として支えさせたいと思っています」