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10.生家訪問1.




 ジャレッドは婚約者のオリヴィエを連れて、久しぶりに生家を訪れていた。

 母の死後、あまりいい思い出のない屋敷に足を踏み入れることは辟易するも、他ならぬ義母からの呼びだしなので断ることはできない。

 母リズが亡くなり落ち込んでいたジャレッドのそばから離れず、必死に慰めてくれた義母。実の子同然にかわいがり、弟も慕ってくれることから、ジャレッド自身ももうひとりの母として接していた。


 単身で訪れる予定ではあったのが、急にオリヴィエがついてくると言いだし驚いた。聞けば、いまだ挨拶もしていないことを気にしていたらしい。

 今まではコルネリア・アルウェイの脅威があったため迂闊に屋敷をあけることはできず、外出もままならなかったが、今はもうその心配もないため、オリヴィエも外へでたいのかもしれない。

 イェニーもついてくると言ったが、祖父母に呼ばれていることから断念することなる。

 もっとも、イェニーがついてくることになると、彼女に執着している弟レックスがなにをするのかわからないため、別行動となったことに安堵していた。


 璃桜もジャレッドの生家にいきたいとだだをこねたが、仮にも竜王国の王族を連れて歩くわけにもいかず、なによりも竜である彼女がなにかの拍子で感情的になったら大惨事になる恐れがあるので、おみやげを買ってくることを約束して屋敷に残ってもらった。

 最近では、ジャレッドのことを兄と慕ってくれる璃桜が、もしも悪感情を抱き接してくる一族の人間と鉢合わせたら――ぞっとしてしまう。


「ここがジャレッドの生家なのね」

「ええ。といっても、あまりいい思い出はありません。それに、王都に戻ってきてからは祖父の屋敷で暮らしていましたし、幼少期も祖父の屋敷にいることのほうが長かったので、愛着などはないんです」

「わたくしと一緒ね。わたくしも、生まれ育った生家よりも、今ジャレッドたちと暮らしている屋敷のほうが好きよ」


 優しい笑みを浮かべるオリヴィエに、ジャレッドもつられるように笑う。


「それでもわたくしは、一度だけで構わないからあなたと一緒に生まれ育った生家を見て見たかったのよ」

「それで、ご感想は?」

「うまく言葉にできないわ。ただ、あなたが生まれてきてくれたことに心から感謝しているわ」


 オリヴィエの言葉に、ジャレッドは照れてしまう。

 かつて生前の母に言われたことしかない言葉を、まさかオリヴィエの口からきくことになるとは思っておらず、内心は驚きだ。

 だが、嬉しい。


 こんなことを口にすれば怒るかもしれないので決して言えないが、オリヴィエ・アルウェイはときどき、亡き母を思いださせることがある。

 やや気の強い言動や、今回のように過去を思いださせてくれる懐かしい言葉、ちょっとしたことばかりだが、出会ってから何度も驚いているのだ。


「兄上っ!」


 屋敷を眺め、目を細めているオリヴィエを見つめていると、不意に声がかけられる。

 声の主は、弟だった。


「ロイク、久しぶりだな!」


 亜麻色の髪を乱して駆けてくる少年を受け止め、抱き上げる。


「はい! お久しぶりです。お元気でしたか? 僕は兄上にお会いできなくて、寂しかったです」


 満面の笑顔を浮かべて久しぶりの兄弟の抱擁を交わしていると、穏やかな笑みを浮かべた亜麻色の髪を伸ばし、ドレスを着こんだ女性が遅れて現れる。

 ロイクによく似た優しそうな女性――義母カリーナ・ダウムだ。


「お待ちしていましたよ、ジャレッドさん。そして、お初にお目にかかります、オリヴィエさま。私はカリーナ・ダウムと申します。本日は、ようこそお越しくださいました。ロイク、あなたもご挨拶しなさい」

「は、はい、お母さま!」


 慌ててジャレッドの腕から離れると、ロイクは勢いよくオリヴィエに向かって頭をさげた。


「弟のロイク・ダウムです。あの、よろしくお願い致します、お姉さま!」

「よろしくお願いします、お義母さま、ロイク。わたくしは、オリヴィエ・アルウェイです。ジャレッドの婚約者でありながら、今までまともにご挨拶をすることもできず大変申し訳ございませんでした。本日は、急でしたが、ジャレッドが生家に戻ると聞き、ついてきてしまいました。ご迷惑をおかけします」


 オリヴィエも挨拶をすると、ロイクがそっとジャレッドの袖を引く。


「……噂と違って、きれいな方ですね」

「噂なんて当てにならないさ、とても優しい人だよ」


 オリヴィエに聞こえないように、そう言ってあげると、ロイクの笑顔に深みが増す。

 彼女の来訪は知らせてあったが、もしかすると弟なりに緊張していたのかもしれない。理由は間違いなく噂のせいだ。最近ではあまり聞かなくなった、オリヴィエを中傷すると言っても過言ではない悪い噂が、まさか十三歳の弟の耳にまで入っているのだと知ると、改めて貴族の噂好きには頭が痛くなる。


 オリヴィエ本人が気にしていないどころか、今まで悪い噂を利用していたが、今後は違う。もう悪い噂を利用して彼女自身から第三者を遠ざける必要はないのだ。

 ゆえに、ジャレッドとしては、少しずつ噂を払しょくすることができればと思っている。

 ただし、ジャレッドだけの力でどうこうなるような問題ではないため、アルウェイ公爵に相談する必要があると考えていた。


「お茶のご用意をしてあります。オリヴィエさまのお口に合うかわかりませんが、どうぞ屋敷の中でおくつろぎください」

「お義母さま、過度なお気遣いはおやめください。ジャレッドの家族であるなら、わたくしにとっても家族ですので、今すぐには難しいかもしれませんが、娘と思っていただけますと幸いです。ロイク、あなたもわたくしのことを実の姉だと思ってくださいね」

「はい、お姉さま!」


 元気いっぱいに返事をするロイクに満足気にオリヴィエは頷く。

 そんな彼女を見ていたカリーナは肩から力を抜くと、


「では、追々そうできますよう、努力させていただきます」


 少しだけ安心したように微笑んだ。




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