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9.そして翌日9. 夕食の時間2.




 食事が終わるとローザがジャレッドを呼び止めた。


「明日、ワハシュがお前と話をしたがっている。少し時間を作ることはできないか?」

「悪いけど、断るよ――おばさん」


 余計な一言を添えてジャレッドが断りをいれると、周囲の空気が凍った。

 そして、


「……ぷっ、ふふっ」


 まずイェニーが小さく吹きだした。続いて、オリヴィエ、トレーネまでが笑いだす。


「――な、なななな……」


 まさかの言葉を受け絶句し、言葉がでないローザを見て、我慢していたプファイルも吹きだした。

 ワハシュがジャレッドの祖父であるなら、ローザはリズ・マーフィーの妹ということになる。つまりジャレッドにとっては年の離れた叔母にあたる。

 だが、まだ二十歳にも満たない年ごろの女性が「おばさん」と呼ばれて喜ぶか――否、そんなわけがない。


「きっ、貴様ら――よりにもよってこの私をおばさん扱いだと……おいっ、プファイル! お前まで笑うんじゃない!」

「すまない……ふっ、ふははっ」


 ローザから睨まれるも反省した様子のないプファイルに、彼女の額に血管が浮く。

 明らかに怒っていると言わんばかりに顔も赤くなっている。


「そ、そうでしたね、お兄さまのお母さまの妹になるのならローザはおばさんになりますね――ふふっ、うふふふっ」


 笑いを堪えようにもできないイェニーの言葉に、オリヴィエたちが頷く。


「ならわたくしもおばさまと呼んだほうがいいのかしら?」

「やめろっ、やめてくれ! いくら血縁的に叔母でも、言葉で言われたくない! だいたい、おばなんて言葉があうほど年を取っているわけではない! 私がおば扱いなら、そこのオリヴィエ・アルウェイのほうはどうなるだ! 私よりも年上ではないか!」

「――あ?」

「失言だった、申し訳ない」


 とっさにオリヴィエを引きあいにだしたローザだったが、貴族の令嬢とは思えないほど低く威圧する声が発せられたため、瞬時に謝罪する。

 助けを求めようと同僚に目を向けるも、声こそ押し殺しているがいまだ笑っている水色の髪の少年に裏切られた気分になる。

 必ずいつか仕返ししてやると胸に誓った。

 そんなローザたちをハンネローネとアルメイダはほほえましそうに見守り、璃桜は一度は興味を示したが今は食後のデザートに夢中だった。


「お、おのれ、ジャレッド・マーフィー……貴様のせいで――表にでろ!」


 楽しそうに事の成り行きを見守っていたジャレッドにローザは噛みつく。

 とはいえ、内心安堵もしていた。

 叔母扱いされることはあまりにも遺憾ではあるが、自分を叔母だと言うのなら、ワハシュを祖父だと認めているのかもしれないとも思う。

 本心はわからないが、完全に拒絶されていないなら少しほっとする。


 父から記憶に残っていないリズ・マーフィーについて聞かされたが、過去を語る言葉や表情からどれだけ愛していたのかわかった。

 孫であるジャレッドと長い間会わなかった理由はわからないが、父が彼を家族として認識していることは感じていた。

 ローザとしては、ジャレッドと戦いもしたし、決着がついていないが悪感情はない。年の近い甥だということには受け入れがたい抵抗はあるが、血縁関係があることが嫌なわけではないのだ。


「落ち着けよ、おばさん」

「――殺すっ!」


 訂正しよう。やはり悪感情はある。

 婚約者よりも若い女性に向かっておばさん扱いする姉の息子を、絶対に泣かすとローザは誓った。


「そろそろやめなさい。ローザをからかうのは楽しいのだけれど、話が進んでいないわ」


 いまだ笑みを浮かべたままではあるがオリヴィエが話を進めましょうと間にはいる。

 ローザは深呼吸して怒りを抑え、ジャレッドも婚約者の言葉に返事をした。


「とにかく、父はお前と話したがっている」

「俺は話すことはないよ」

「それでいいのか?」

「いいのかって、なにが?」


 拒絶――とまではいかないが、明らかにワハシュと関わろうとはしないジャレッドにローザは適切な言葉が見つからずにいた。

 他の面々のジャレッドの拒絶の声に、笑顔を消し見守る。


「お前の祖父だ」

「かもしれない。だけど、そんなことはどうでもいいだろ」


 もしかするとジャレッドになりにワハシュに思うことがあるのかもしれない。もしくは、いまだ急すぎる祖父の存在を受け入れることができていないだけか。

 少なくとも、今ジャレッドはワハシュと向きあうつもりはないようだ。


「ジャレッド、本当にそれでいいのかしら?」

「オリヴィエさままで、そんなことを……」

「わたくしだって思うことはあるけれど、それでもあなたのお祖父さまよ。お母さま、リズ・マーフィーさまのお父上なのよ?」


 オリヴィエも自分と母を狙った暗殺組織のトップに思うことがないわけではない。だが、そんなことは今さらだ。先日の、ドルフ・エインの一件で、ヴァールトイフェルを暗殺組織として率いていたのがワハシュではないとわかった。いや、ワハシュも組織のトップとして動いてはいたが、ドルフのような悪党ではない。無論、善人とも言えないが。


 なによりも、直接的に襲撃してきたプファイルとローザが一緒に暮らしているのだ、いまさらワハシュに怒りを抱くのもなにかが違う。

 元凶となったコルネリア・アルウェイは捕縛され、もう二度と会うことはないだろう。もう終わったことなのだ。

 ゆえにオリヴィエはもっとジャレッドに考えてから結論をだしてほしかった。拒絶するのは構わない。だが、感情的になることなく、しっかりと考慮したうえで答えをだしてほしいと願わずにはいられない。


「ローザ、急には無理よ。ジャレッドにだって受け入れる時間は必要じゃないかしら」

「そうだな。わかった。父にもそう伝えておこう」

「そうしてちょうだい。そういえば、ジャレッド。明日は用事があったのよね」

「……ええ、義母に呼ばれていまして」


 ジャレッドがルザーと別れ帰宅すると、母のあと正室となった義母から相談したいことがあると手紙が届いていた。母の死後、実の息子同然に接してくれた義母を慕うジャレッドは、すぐに伺う旨を手紙に記し送ったのだ。


「先約があるならばそれもしかたがない。ただ、私からも頼む。一度、ワハシュと会ってほしい」

「考えておくよ」

「頼む。あと、オリヴィエ、イェニー、お前たちのこともワハシュは呼んでいる」

「わたくしも?」

「どういうことですか、ローザ?」

「詳しくは知らないが、アルウェイ公爵、ダウム男爵――祖父のほうも交えて、話をしたいそうだ」


 ジャレッドだけではなくオリヴィエとイェニーも呼ばれたことに驚きを隠せない。

 無関係でいるつもりはなかったが、ワハシュのほうから自分たちを呼ぶとは思っていなかったのだ。それも公爵と男爵まで交えてなど。

 オリヴィエは思う。もしかすると、ダウム男爵もすべてを知っているのかもしれない。

 それは、ジャレッドの出自だけではなく、なぜリズ・マーフィーが死ななければならなかったのかも――。

 そう考えると、ジャレッドはいずれ母の死の真相を知ってしまうかもしれない。オリヴィエには、そのことがどうしようもないほど恐ろしかった。




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