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8.そして翌日8. 夕食の時間.




 ルザーを見舞ったジャレッドが帰宅し、本家に戻っていたオリヴィエも帰ってくると、自然と夕食になった。

 貴族の食事となると、マナーを重視するため会話は最低限だが、この屋敷ではそうはならない。

 ハンネローネが会話を好むため、自然と今日なにがあってどんなことをしたのかと話をたくさんする。


 食事の席には、プファイルはもちろん、メイドのトレーネも一緒だ。可能なことは自分でするのがこの屋敷の決まりではあるが、トレーネが率先していろいろなことをやってくれているのも事実。しかし、それは家人としてではなく、家族として世話を焼きたいからという思いがあるからだと以前聞いたことをジャレッドは思いだした。

 ハンネローネを中心に会話が弾む。プファイルですら、今は微笑を浮かべて雑談に混じるのだから、彼もこの屋敷で暮らすようになって随分とかわったのだと思わずにはいられない。


「すまないな、遅くなった」


 すると、そこへフリルがあしらわれたかわいらしいエプロンと制服を身につけたローザが現れる。

 ジャレッドは一度目にしたことがあるため、驚きは少なかったが、他の面々は違う。

 とくにローザからライバル視されているイェニーなどは、目を大きく見開いていた。

 オリヴィエとトレーネも絶句しており、平然としているのはアルメイダと璃桜、そしてハンネローネだけだ。


「……ローザ、どうしてお前が我が物顔で屋敷に帰ってくるのかとか、どうして一緒に暮らしているんだとか、言いたいことは山のようにあるけど、まず――そのウェイトレス姿で帰ってくることはやめろ、いいな」

「すまない。今日は仕事が長引いしまったので、慌てていた。以後気をつけよう」


 改めてローザが給仕をしている光景が脳裏に浮かばない。

 ジャレッドが頭を抱えていると、いち早く冷静さを取り戻したトレーネがローザの食事を用意する。


「あの、ローザ……お尋ねしてよろしいですか?」

「なんだ、イェニー?」

「あなたは本当にその制服で給仕をなさっているのですか?」


 ジャレッド同様に、ローザの給仕姿が想像できなかったのか、心底不思議そうにイェニーが問う。

 しかし、ローザは首をかしげてから、自分の姿格好を確認すると、


「かわいいだろう?」


 なぜか満足した表情を浮かべて、そんなことを言う。

 そうじゃねえよ、と大きな声をあげてしまいそうになったジャレッドだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 ローザから視線をずらすと、プファイルがなんとも言えない顔で同僚を見ていた。彼と目があうと、そろってため息をつく。


「あなたの制服がかわいらしいのはおいておくとして、ローザ。あなたに聞きたいことがあるのだけど、構わないかしら?」


 唖然としていたオリヴィエだったが、話題を変えるように問う。


「なんだ?」

「ワハシュは今も王都にいるのよね?」

「ああ、王都にいる。ハンネローネ殿が私だけではなく、父にも屋敷への滞在を勧めてくださったが、さすがに気まずいだろうと断った」

「……お母さま、ローザだけではなくワハシュにまで声をかけていらしたのね」

「あら、いけなかったからしら?」

「いえ、そういう意味ではないのですけど……」


 困ったような顔を向けられ、ジャレッドは曖昧な笑みを浮かべる。

 ワハシュが祖父だと名乗ったことに、ジャレッドは意外と冷静だった。

 驚きはしているし、認めたくない感情もある。だが、ヴァールトイフェルの長であるワハシュが本当に祖父であるのなら、彼の力を使って母の死の真実を知ることができるかもしれないという考えもあるのだ。

 いずれワハシュとは向き合わなければならないだろう。しかし、今はまだその準備ができていないように思えた。


「それで、そのワハシュは今どこにいるんだよ?」

「詳細は聞いていないが、友人の屋敷に泊まると言っていた」

「……あいつ、友達いたのか」

「お前な……私の父を、いや、自分の祖父をまるで友達のいない人間だとでも思っていたのか?」


 呆れた声をだすローザだが、ジャレッドには暗殺組織のトップである男に友人がいるとは微塵にも考えていなかった。

 子供がいる以上に、出会いがあり愛する人間もいたのかもしれないが、どことなく友人がいなさそうな雰囲気があったので勝手に思い込んでいたのだ。

 その友人がどういう友人なのかまでは興味がないが、どうせ類は友を呼ぶと言うので似たような人種なのだろう。

 しかし、ジャレッドは、ワハシュという男がどのような人物なのかも知らなかった。


 思い返せば、ジャレッドは亡き母のこともあまり知らない。最近になって、話を聞くことはあったが、今までは元宮廷魔術師であり、ジャレッドにとっては優しく快活な人だったくらいしか覚えていない。

 幼いころになくなってしまったからだといえばそれまでではあるが、実の母親のことをたいして覚えていないことは少し寂しく思う。


 だからなのかもしれない。母の死の真相を知ろうと思っているのは。

 しかし、毒殺された母の犯人を見つけて、自分がどうしたいのかまでは考えていなかった。復讐として殺すべきか、罪を償わせるべきなのか、それすらなにも決まっていない。

 ただ――なぜ母が死ななければならなかったのか。それだけを知ることができれば、もしかしたら心の中でかけている母への想いが埋まるかもしれない。

 だが、もしも、犯人がわかって新たな感情が生まれたら――そのとき自分はどうするのだろうか、と疑問に思う。


「ジャレッド、どうかしたの?」


 思考に耽っていたせいで、食事の手を止め会話にも参加していなかったため、オリヴィエが心配そうに声をかけてくれた。

 気づかってくれる婚約者になにごともないように微笑むと、母の死を頭から追い出し、食事を再開するのだった。




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