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7.そして翌日7. 父と娘2.




「私もお前に聞いておきたいことがある、オリヴィエ」

「なんでしょうか?」

「エミーリアのことは、本当に構わないのか?」

「ええ、もちろんです。なによりも母が一緒に暮らしたがっています。お父さまだってお認めしたではないですか」


 再度確認しようとする父の心配はわかるが、オリヴィエも母と決めたことなので今さら意見を変えるつもりはない。

 エミーリアが望めば、ともに暮らす。そう決めたのだ。


「確かに認めた。だが、一度は反対したことを覚えておいてほしい。お前とハンネの決断は正しく、勇気があるものだ。尊敬さえする、だが――あまりにも難しいことではないのか?」

「だから無理だと思える条件をつけて、わたくしたちを諦めさせようとしたのですね?」

「そうだ。しかし、お前はその条件を飲んだ。父親としてお前を誇らしく思う一方で、呆れもしている」


 嘆息する父親にオリヴィエはほほ笑む。

 苦い表情をしている父は、母と自分を心から案じてくれているのだ。そして、エミーリアのことも同様に心配している。

 今までは、父の不器用な愛情にも気づけなかったが、ジャレッドと出会い心に余裕が生まれたおかげで気づくことができるようになった。


「わたくしにとって、どちらも褒め言葉ですわ」

「意思は変わらないのか?」

「もちろんです」

「ならばエミーリアのことはハンネとお前に任せた。トビアスに関しては、私に任せなさい」


 妹を託されたオリヴィエは、しっかりと頷いた。


「はい。姉としてしっかり面倒を見ますわ――ところでお父さま……」

「なんだ?」

「お父さまはジャレッドのお母さま――リズ・マーフィーさまがヴァールトイフェルの長ワハシュの娘であることをご存知でしたか?」


 娘の問いに父が息を飲むのがわかった。

 様子を伺えば心底驚いているようだ。


「――どこで、知った?」

「そのワハシュ本人が現れジャレッドの前で祖父だと告げました」

「そうか、そんなことが……私がコルネリアに気を取られていた間に、まさかあの男が現れるとは、正直意外だった」

「そのご様子ですと、やはりご存じだったのですね?」


 父は首肯した。

 オリヴィエは覚悟していたが、驚きを隠せない。まさか母を狙った組織のトップと婚約者が祖父と孫という関係だったとは、夢にも思っていなかった。

 しかし、その事実を父まで知っていた。


「言っておくが、コルネリアがヴァールトイフェルを使ったと知ったのも本当に最近だ」


 ハーラルトはヴァールトイフェルの存在を知っていた。繋がりもある。そして、組織のトップがリズ・マーフィーの父であり、ジャレッド・マーフィーの祖父であることもはじめからわかっていた。

 しかし、ヴァールトイフェルがハンネローネを狙っているのを知ったのは、ジャレッドが領地にて相対したことを聞いたときが初めてだった。


 嫌な予感はしていた。いつかジャレッドに秘密が明かされることは、ヴァールトイフェルが現れたときから予感していた。

だが、まさか、ダウム男爵が隠していた秘密が、まさかこのような形で明かされるとは思っていなかった。


「もしかすると、わたくしの婚約者にジャレッドを選んだ本当の理由は――」

「お前が考えていることは違う。お前には、いや、お前だけではなく多くの者に彼の母の出生は隠していたが、そのことは関係ない。ダウム男爵家と私たちには深い繋がりがあるのだよ。上司と部下という関係だけではない、もっと深い血縁だ」

「血縁ですか?」

「そうだ。ダウム男爵婦人は私の姉にあたる」

「――っ、知りませんでした」


 初めて知る事実に、オリヴィエは再び驚かされた。つまりジャレッドとオリヴィエは少なからず血縁関係があるということになる。


「愛人の子であるため不遇な扱いではあったが、私にとって大切でありもっとも慕っていた家族だ。ダウム男爵だからこそ、大切な姉を託すことができたのだ」


 過去を思い返すように、ハーラルトは目を細める。


「大切な姉と、信頼できる騎士の血を受け継ぐジャレッドであれば、お前たちの力になってくれるかもしれない――そう思ったのだ」

「実際、わたくしたちはジャレッドによって救われました」

「ああ、そうだな。これほど私たちのことを救ってくれる存在になるとは思っていなかった。実に嬉しい誤算だ。お前も変わった、以前と比べられないほど明るくなった。エミーリアも最後の一線を踏み越えなかったのはジャレッドの影響があったからだと聞いている。あの屋敷もにぎやかで羨ましい、父として夫として彼にはこれ以上ないほど感謝しているよ」


 オリヴィエは安堵する。父がジャレッドを婚約者に選んだ理由が、ただの打算ではないことに。

 純粋に彼を慕っているオリヴィエは、たとえジャレッドが気にしていないとはいえ負い目があるのだ。そこへ、すべての原因が父の打算から始まっていたとなれば、どう詫びていいのかわからなくなってしまうところだった。

 少なからず打算はあったのだろう。それはわかる。貴族の結婚などそういうものだから。しかし、打算だけではないことが重要なのだ。


「お父さま、最後にひとつだけ教えてください」

「言ってみなさい」

「リズ・マーフィーさまがお亡くなりになった理由をご存知でしょうか?」


 そして、オリヴィエは父の口から驚くべき真実を知らされることとなる。

 ジャレッドに伝えることが躊躇われてしまう、彼の母の死の真相を。

 明るく前向きなジャレッドが、変わってしまうかもしれない――かつて父が思ったことを娘も同じように思う。


「今はまだ言うことは禁ずる。しかし、別の誰かから彼の耳に入ったときには、お前が支えなさい。いいね?」

「わかりました。ですが、なぜ今、ジャレッドに伝えてはならないのですか?」

「私が得た情報が、本当に事実なのか裏付けを行っている。いや、もう行ったが、私が納得するまでしなければジャレッドに伝えられない。しかし、ワハシュが現れた以上、そう言っていられる時間は限られているのかもしれないな……だが、もうしばらく時間がほしい。お前も辛いだろうが、本当にこの情報が事実であるのだと納得ができるまで、待っていてくれ」


 オリヴィエは迷う。できることなら今すぐにでもジャレッドに伝えたい衝動に駆られている。

 しかし、同じくらい、ジャレッドには知られずに、墓場まで持っていきたいとも思った。

 愛しい婚約者を想うオリヴィエは、考え抜いたうえで、父に従うことに決めた。

 だが、もしかすると――オリヴィエの行動は一種の逃避だったのかもしれない。



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