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5.そして翌日5. オリヴィエとエミーリア3.




「お母さまはあなたの母親に、トビアスとあなたを自分の娘として愛すると宣言したわ。だから、腹違いとはいえわたくしも本当の姉妹としてあなたたちと接しようと覚悟してきたの」


 かつて幼いころは本当の姉妹として遊んでいた思い出がある。

 ならば、もう一度そのころに戻ることもできるはずだとオリヴィエは思っている。

 母とトレーネしかいなかった狭い世界からジャレッドが連れだしてくれた。おかげで、狭まっていた視野が開けたのだ。今のオリヴィエならば、昔のようにエミーリアの手を取ることができる。


「お姉様……本当に、そこまでわたくしのことを考えてくださっているの?」

「当たり前でしょう。わたくしは姉で、あなたは妹なのよ。もっとも、わたくしだってジャレッドから教わったのよ」

「ジャレッドさまから?」

「ええ、そうよ。ジャレッドは、自分のことをあとまわしにして誰かのことでたくさん苦労して傷ついているわ。珍しく、自分のために行動したかと思えば、自分のためでもあったけれど大切な友達とその家族のためだったのよ。たまにはわがままを言っているところを見てみたいわ」


 しかし、きっとジャレッドがわがままを言うことなどしないだろう。

 オリヴィエとジャレッドの距離は近い。婚約者だからではなく、出会ってからお互いに影響されたことが理由だ。

 それでも、ジャレッドの心の深いところまでオリヴィエは知ることができない。彼も明かそうとはしない。


 先日、ルザー・フィッシャーにまつわる過去を聞くことができたが、そのことを話してくれただけで涙がでそうなほど嬉しかった。

 秘密主義ではないが、尋ねても必要がなければ話してくれない一面をジャレッドは持っている。おそらく、施設に収容されてから王都に戻ってくるまでの間にオリヴィエの知らない別のなにかがあったからだろうと予想している。


 複雑な過去を背負いながら、ジャレッドは前向きだ。ときどきうしろを振り返って歩みを止めることがあっても、足が止まっていると気づけば再び歩きだすことができる心の強さをもっている。

 十代の少年らしく不安定さはあるものの、長い時間停滞していたオリヴィエにとって見習う点はあまりにも多い。

 エミーリアと歩み寄ろうとしたのも、ジャレッドのように前向きになりたいと思ったからだ。


 母だってそうだ。命を狙ったコルネリアを許し、彼女の子供を我が子として育てる決意をしている。その場の思いつきでは決してできない大きなことだ。母がどれだけ考えた上で、決意したのかオリヴィエにはわからない。しかし、守らなければならないと思い込んでいた母の、本当の強さを垣間見た瞬間だった。

 それゆえにオリヴィエは、前に向かって歩んでいくことを決めた。ゆっくりな歩みかもしれないが、一緒に歩んでくれる人たちがいる。本当は自分が守る必要などなかった強い母、支えてくれた妹同然の存在、そして複雑な過去をもつ愛しい婚約者が、歩幅をあわせてくれる。


 彼だけではない。ずっと気にかけてくれていた父、婚約者を兄と呼び慕うイェニー、命を狙いながらも許され気づけば一緒に暮らしているプファイルもいるのだ。

 そこにエミーリアが加わることに、なにも抵抗はない。


「わたくしは誰かのことを気づかうことのできる優しい人間になりたいの。ジャレッドに守ってもらえたことを、誇らしく思ってもらえるように――」

「わたくしはお姉様が羨ましいですわ。ジャレッド様と一緒に歩んでいけることが……」

「なら一緒にやり直しましょう」

「え?」


 驚いた顔をする妹の手を取り、オリヴィエはほほ笑む。


「あなたもわたくしも、時間はまだたくさんあるわ。諦めないで、前を向いていきましょう。そして、いつかどこかの未来で今このときを思いだして、懐かしめるように。こんなこともあったのだと笑い話にできるように、進みましょう」

「ですけど……わたくしはこの屋敷からでることはできません」

「それこそ気にすることなどないわ。お母さまはあなたを娘として愛すると堂々と言ったのよ。わたくしたちと一緒に暮らしましょう」

「――っ」


 思いがけない姉の言葉に、エミーリアが言葉を失う。

 話の流れからまさかとは思っていた。淡い期待もあった。しかし、本当にともに暮らそうなどと言われるなんて思ってもいなかったのだ。


「で、ですが、わたくしは、お姉様に酷いことをしました。わたくしの母だって、ハンネローネ様の命を……」

「それを言ったらヴァールトイフェルのプファイルだってわたくしたちと一緒に暮らしているわ」

「い、イェニーさんも巻き込んでしまいましたし……」


 妹の言葉にオリヴィエは思いだしたように困った顔をしてから、諦めたように微笑んだ。


「実は、昨日からそのイェニーを誘拐した張本人が屋敷で暮らし始めたのよ……」

「そっ、それはなんといいますか、豪気と言っていいのか、大胆と言うべきなのか……」

「きっとなにも考えていないわ。だから、あなたもなにも考えずにおいでなさい」


 努めて優しい声でオリヴィエは妹誘う。

 同情からではないし、エミーリアのためだけというわけでもない。他ならぬオリヴィエ自身のためにもエミーリアとともに暮らしたいのだ。

 すでに父ハーラルトとは話がついている。娘を見捨てて実家に逃げたコルネリアを知ったときから、いずれ母を失うかもしれないと母が父に掛け合っていたのだ。母の覚悟は自分よりも早く、そして大きなものだったと知らされた。


エミーリアさえ頷けば、本家からオリヴィエたちが暮らす別宅へ移動する許可をすでに取りつけてあるのだ。

 言いだしたのは母ハンネローネだ。コルネリアにエミーリアとトビアスを我が子として愛し育てると言った以上、そばにいてあげたいと思っている。しかし、母が本家に戻ることでいらぬ波風を立てたくはない。

 エミーリアが屋敷で窮屈な思いをしていることは耳に入っていたので、別宅ならば偏見をもつ人間はいないことから自由に――と言うことはできないが、自分を抑え込んで生きる必要はなくなる。

 難色を示した父にもいくつか条件をつけることで了承させているため、あとはエミーリア次第だ。

 しかし、


「……少しだけ、考えるお時間をください」

「わかったわ。わたくしたちだけの考えばかりであなたの考えを聞かずにごめんなさい。突然だったのは、わたくしたちも同じなの。ゆっくり考えていいのよ。時間がかかったからって、話をなかったことにはしないから」

「ありがとうございます。オリヴィエお姉様」


 このまま本家で暮らしても窮屈であり、居心地が悪い日々になるだろう。しかし、迷惑をかけた相手と一緒に暮らすことを平然とするほどエミーリアは図太くない。

 ゆえに悩む。

 だが、悩んでくれたほうがいいのだ。短絡的に答えを出すよりも、じっくりと自分が納得するまで考えたほうが、あとでどのような結末になっても納得できる。

 できることなら後悔しない選択をしてほしい。そうオリヴィエは思うのだった。




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