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4.そして翌日4. オリヴィエとエミーリア2.




「お母様のことは聞きました。最後まで抗ったそうですね」

「ええ。残念だわ」

「わたくしも残念ですわ。ですが、母の気持ちもわからないわけではありません。母はきっと……引くに引けない一線を越えてしまったのでしょう。心のどこかでもうやめてしまいたいと思ったとしても、戻れないところまで進んでしまったせいで、意固地になっていたのかもしれませんわ」


 かつてエミーリアはオリヴィエと比べられれば比べられるほど、オリヴィエを恨んだ。

できのよい姉がいるせいで、努力しても努力を誉めてもらえない。悪意がないとわかっているが、二言目には「オリヴィエのように」と言われてしまうのが嫌だった。

 姉の悪い噂を流すことで鬱憤を払い、挙句の果てには同い年の姉の婚約者に痛い目を見せようと生徒をけしかけたこともある。しかし、すべてが失敗に終わった。それどころか、エミーリア自身が姉の婚約者に興味を持ってしまう始末だ。


 ジャレッド・マーフィー。十歳も年の離れた姉の婚約者であり、誰もが嫌がる悪い噂がつきまとう姉に対して平然としていた少年。

貴族であれば大なり小なり世間体を気にするが、彼はまったく気にしなかった。

 だからだろう、彼が気になり――そして惹かれてしまったのも。


「またジャレッド様がご活躍されたようですね」

「ジャレッドには迷惑ばかりをかけて申し訳ないと思っているわ。何度も危険な目に遭わせてしまったのよ。わたくしと関わらなければ、宮廷魔術師として華々しい未来が待っていたはずなのに、わたくしのせいで彼の未来は狭まってしまったわ」


 以前、ジャレッドの師匠アルメイダに言われたことをオリヴィエは思いだす。

 いや、片時もわすれたことがなかったというべきだろう。ジャレッドがオリヴィエと出会い、婚約したことで彼の未来に数多存在した選択肢が限られてしまった。

 宮廷魔術師にならずに彼が彼らしく魔術師として生きていく未来も存在していた。師匠の元に戻り、一から存分に魔術を学ぶこともできたはずだ。だが、オリヴィエが婚約するにあたってつけた条件、宮廷魔術師になることを律儀に守った結果、彼は関わらなくてもいい事件にも巻き込まれたことがある。

 すべてがオリヴィエのせいではない。しかし、きっかけはオリヴィエにあったのかもしれない。そう考えると、胸が痛む。


「わたくしは少しだけしかジャレッド様とお話ししたことはありませんが、きっと気にしていませんわ。少なくともわたくしはそう思います」

「そうだといいのだけど……」


 オリヴィエには自信がない。ジャレッドが自分に対して不満を言ったことは一度もない。もちろん、オリヴィエだって彼に対しての不満などない。いや、戦うたびに大けがを負うのはやめてほしいが、彼自身にはなにもないのだ。

 しかし、彼が自分の知らないところで不満を抱いているのではないかと思うと不安になることはある。


「ごめんなさい、今日はわたくしの不安をあなたに話すためにきたのではなかったわ。今後のことに関して、話をしたかったのよ」


 共通の人物を知っているせいか、話の軌道がずれてしまったため慌てて本来の話にはいる。

 エミーリアがわずかに息を飲んだのがわかった。


「お父様からオリヴィエがわたくしと話がしたいと伺っていました。ですが、話をしてどうするつもりですの?」

「それをこれから一緒に考えるのよ」

「――え?」

「お母さまは命を狙ったあなたの母親を許したわ。だから、わたくしもあなたを許すことにしたの。もっとも、あなたに関してはそこまで怒っていないわ。噂だってわたくしは利用させてもらったもの。でもね、ジャレッドとイェニーまで巻き込んだことには思うことはあるの。でも、他ならぬ本人がまったく気にしていないし、あなた自身が責任をもうとっているからわたくしはなにも言わないわ」


 すでにエミーリアは自分のしたことの責任を取っている。

 母の悪事を父に伝え、自らは軟禁された。コルネリアが捕縛されたのもエミーリアが情報を明かしたことが大きい。そうでなければもっと時間がかかっていただろう。

 ジャレッドはイェニーがさらわれたときには激怒していたが、助けるにあたって情報をくれたエミーリアに感謝していたし、さらったのはローザ・ローエンだ。


 イェニーも捕まっているときにエミーリアが気づかってくれたことをオリヴィエたちに伝えており、そのことは父の耳にも届いている。

 根から悪人ではない。姉への嫉妬からはじまり、憂さを晴らすにはちょうどいい爵位をもっていた――それだけだ。母コルネリアのハンネローネとオリヴィエに対する悪感情からも影響を受けており、軟禁されてからの彼女は憑き物が落ちたように落ちついていると聞いている。

 エミーリア自身もコルネリア・アルウェイの被害者だと言えなくもない。


「その、でしたらなぜわたくしとこうして会っているのですか?」

「だから言ったでしょう、これからのことを話したいのよ。あなた、これからどうするつもり?」


 エミーリアは問われて即答できなかった。

 すでに学園に通うことは許され、見張りつきではあるが登校も再開している。しかし、屋敷にもどればすぐに自室に閉じ込められる日々の繰り返しだ。

 自由のある兄が毎日のように会いにきてくれることと、末の弟が顔をだしてくれることが唯一の慰めだ。


 兄とは腹を割って話をした。母とそろって勝手なことをしてしまい申し訳ないと何度も謝った。当主になることができたかもしれないのに、邪魔をしてしまった。そのことがあまりにも申し訳なく、何度も繰り返し謝罪をした。しかし、兄はむしろこれでよかったと言ってくれたのだ。もともとコルネリアに望まれて当主になるべく領地運営などの勉強をしていたが、トビアスは当主になりたいと思っていなかった。彼は公爵家の当主になる器ではないと自分のことを思っていたし、他にやりたいことがあったのだ。だが、母の手前、自分の夢を言うことはできなかった。

 エミーリアは自由に生きすぎた。そして、兄トビアスは我慢しすぎたのだ。もっとはやく、お互いの心中を明かしていればよかったと泣きながら笑ったのは記憶に新しい。


「なにも、考えていません。なにをどう考えればいいのかすら、わたくしにはわかりませんもの」


 兄と和解し、昔のように仲を取り戻すことはできたが、未来が不鮮明であることはかわらない。

 末の弟コンラートとも、たくさん話をした。意地悪をしてごめんねと謝罪し、彼は許してくれた。

 コンラートから魔術師としてジャレッドに学んでいることを知ることができたのは、心の慰めでもあった。もう二度と会えないかもしれない、初恋とも呼べる相手のことを知ることは、数少ないエミーリアの楽しみでもあった。


 魔術師としての才能を生かそうと頑張っているコンラートがまぶしく、未来など考えることができない自分が嫌になる。

 公爵家と繋がりをもちたいどこかの誰かと結婚させられるのか、それとも母のようにどこかで余生を過ごすのか、父の決断ひとつで決まるだろう。そう思ってしまうだけで、思考が停止する。どんなに頑張っても、未来など考えられなかった。


「オリヴィエお姉様……わたくしは、どうすればいいの?」




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