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1.そして翌日1. ジャレッドとルザー1.




 ジャレッド・マーフィーがルザー・フィッシャーのもとを訪れたのは、コルネリア・アルウェイが捕縛された翌日だった。


「洗脳されていた自覚はなかった。でも、お前への憎しみに対する違和感だけはずっと覚えていたんだ」


 目を覚ましたルザーは、ワハシュの言葉通り洗脳が解かれていた。

 いまだ洗脳のせいで頭が重く、ジャレッドとの戦いで負った怪我もあり、動き回ることはできない。しかし、洗脳は間違いなく解けて正気を取り戻している。念のため、とアルメイダがわざわざ足を運んで診察してくれたので間違いはない。ジャレッドは、年齢不詳だが魔術師としてはるか高みにいる彼女を心から信頼しているのだ。


 ルザーは、ジャレッドと別れてから洗脳されていた間のこともはっきり覚えており、たくさんの人間を、逆らえなかったとはいえ傷つけていたことに酷く気を落としていた。

 短絡的な行動に走らなかったのは、再会できた母親の存在が大きかった。

 彼と彼の母ロジーナは、再会を喜びあった。お互い無事であることを、心から安堵し、救ってくれたジャレッドが困るほど感謝の言葉を続けたのは言うまでもない。


「フィリップス子爵のほうも公爵に頼んであるから、しばらくはこの屋敷で療養していてくれ」

「なにからなにまですまない」

「本当に、心から感謝しております、ジャレッドさま」


 度重なる礼を言われてしまい、ジャレッドは困ってしまう。

 まだフィリップス子爵の件もどうなるのかわからない。ルザーの父親になるフィリップス子爵ではなく、問題は彼の正室である女性だ。彼女が考えを変えない限り、親子には苦難がまた訪れるかもしれない。


 ジャレッドがそれ以上に恐れているのは、雷属性の魔術と剛力をもつルザーが感情のまま行動しないかどうかだ。

 一応、短慮なことはしないようといってあるが、もしも母が危害をくわえられたら黙っていないだろう。

 この屋敷にフィッシャー親子がいることが明らかになることはないだろうが、万が一ということもあるため油断はできない。


「ジャレッド・マーフィー」

「うん?」

「私までここにいてもいいのでしょうか?」


 そうたずねてきたのはミアだ。

 彼女もまたルザーたちと同じようにダウム男爵家で保護されている。ルザーもミアも正式なヴァールトイフェルの人間ではない。ドルフ・エインの配下にあったが、他に選択肢がない利用されていた存在だ。ミアに関しては深く尋ねていないが、ルザーが彼女を遠ざけるつもりがないのなら、ジャレッドも同じように扱おうと決めている。


 なによりもロジーナが、ずっと息子に連れ添った彼女から離れていた間の話を聞いているので引き離せることもできない。

 ロジーナは母親として、息子に選択肢がなかったとはいえ、してしまったことをすべて知るべきだとミアから話を聞き続けているという。彼女から明かされることに涙することもあったが、洗脳されていてもロジーナの記憶に残る息子のやさしさがわかるエピソードには、とても喜ぶ場面もあった。

 ミア自身も、まだ一日しか接していないが、だいぶロジーナに懐いているのでジャレッドとしても引き離すことには気が引ける。


「私は、ドルフ・エインに従いルザーを洗脳する手助けをしてしまいました。そんな私がのうのうとここにいてもいいのかと悩みます」

「ここにいてくれ、ミア」


 彼女に応えたのはジャレッドではなくルザーだった。


「俺はちゃんと覚えている。お前は俺のためにいつもそばにいてくれた。苦しんでいるときは抱きしめてくれた。そんなお前に今さらどこかにいけなんて言えない」

「だ、そうだよ」

「……ルザー」


 涙を瞳いっぱいにためたミアがルザーを見上げる。困ったように微笑むルザーがジャレッドに助けを求めるも、笑顔を向けるだけで丸投げした。きっとミアが求めているのは、ジャレッドの言葉ではなく、ルザーの言葉だ。


「言い方が遠回しだったな。ミア、これからも俺のそばにいてくれ」

「――っ、はい! 私はルザーの望むままに!」


 告白ともとれるルザーの求めに、ミアは花が咲いたような満面の笑みで応えた。


「若いっていいわね。私が旦那さまに求められたときを思いだすわ……」


 息子の情熱的な場面を目にし、体をくねくねさせるロジーナに、ルザーが顔を引きつらせる。


「父親と母親の馴れ初めなんて聞きたくない」

「あら、残念ね」


 頬を膨らませるロジーナは、ルザーと再会してから劇的に明るくなった。今の彼女こそ、本来のロジーナ・フィッシャーという女性なのだろう。

 息子が行方不明であることと、病気で長い間苦しんだことから気落ちしていたが、もう心配しなくてもいいと思えた。


「私は幸せよ。大切な息子がお嫁さんと一緒に戻ってきてくれたんですもの。いろいろあったけど、これからは家族三人で乗り越えていきましょうね」

「――ぶっ」

「……お、お嫁さんって……私、ですか?」


 ロジーナの発言に、ルザーが大きく咽て、ミアが目を丸くした。ただし、ミアは満更ではないのか顔を赤らめもじもじしている。


「あら、違うの?」

「る、ルザーが望むなら喜んで!」


 息子が反論する前に、ミアが真っ赤になって返事をしてしまったので、ルザーは言葉が出ない。

 しかし、嫌がる素振りはなく、顔を赤くしていることから、照れているのだろうとジャレッドはほほえましくなる。

 幸せそうな三人を見ていると、こちらまで心が温かくなってくる。本当に、ルザーを取り戻すことができてよかったと思った。


「ま、まあ、なんだ、お嫁さんとかそういうのは、落ち着いてからおいおいな。その前に、母さん」

「なにかしら?」

「家族は三人じゃない。四人だ。二度も間違えないでくれ」

「――そう、そうよね。私ったら、申し訳ありません、ジャレッドさま」


 慌てて頭を下げるロジーナに、ジャレッドも困ってしまい頭を上げてもらう。


「もうひとりの息子のように思っていると言っておきながら、大切なところで遠慮してしまいました。ジャレッドさまを家族と呼ぶには、お世話になり過ぎていて……つい」

「謝らないでください。家族と思ってくださるなら、私がルザーやあなたたちを助けるのは当たり前です。どうか、これからももうひとりの息子として、お世話をさせてください」


 嘘偽りのないジャレッドの言葉に、ロジーナが涙ぐむ。


「いい息子が増えてよかったな。俺も最高の弟をもててよかったよ」

「そうね、本当にそう思うわ」

「ありがとうございます。ジャレッド・マーフィー、私はいつかあなたに恩返しをしましょう」


 三人から感謝されてしまい、ジャレッドはくすぐったさを覚える。

 家族ならもっと気軽に――と思うが、それにはきっと時間が必要だ。

 今はただ、大切な兄とその家族がひとつに戻ったことをただ喜ぶことにした。




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