43.Epilogue2.コルネリア・アルウェイ.
コルネリア・アルウェイは、夫であるハーラルト・アルウェイによって猿ぐつわを解かれた。
だが、怒鳴ることもできず、ただ茫然とこれから過ごす一室を眺め信じられないと震えている。
「今日からここがお前の住まいだ、コルネリア」
「嘘、でしょう……あなた、こんなことは許されないわ。私は、あなたの妻なのよっ、それがどうしてこんな部屋で!」
コルネリアが連れてこられたのはアルウェイ公爵家の領地にある別宅のひとつだった。三階建ての屋敷は別荘とも呼ぶことができるたたずまいだ。しかし、彼女がいる部屋だけは違う。
ベッドからソファまで王都の本家で使っていた物と遜色ない一級品がそろっているが、問題はそこではない。
窓はすべて覆われ太陽の光を遮断している。ご丁寧に鍵まで厳重にかけられており、脱走することは不可能だ。仮に、窓を壊すことに成功し脱走しようとしても、この部屋は三階にある。体を動かす心得などないコルネリアにとっては、はるか上空にいるも同じだった。
軟禁される――そう聞いていたが、その実は監禁だ。牢屋に閉じ込められるのと変わらない。
憎悪を込めた目で夫を見るも、感情の一切こもらない瞳を見てしまい、驚く。
今まで一度でも、このような目を夫に向けられたことがあるか――否、だ。
「私は何度かお前にチャンスを与えた。一度でも、お前がしでかしたことを自覚し、反省をしてくれれば、もっと軽い罰にするつもりだった」
「どういう、意味よ」
「エミーリア、トビアス、ハンネローネ、オリヴィエの四人がそろってお前を許してくれと嘆願してきた。しかし、私は不安だった。たとえ、言われるがまま許したとしても、お前が反省していなければ同じことをするのではないかと。それゆえに、賭けることにしたのだ」
できることならそのような賭けなどせずに妻であり幼なじみのコルネリアに温情を与えたかった。しかし、仮にも幼いころからのつきあいである、かつては姉と慕っていたハンネローネを殺そうと長年暗躍したコルネリアをハーラルトは信じ切ることができなかったのだ。
コルネリアの自業自得といえばそれまでだが、ハーラルトは長年一緒に暮らしてきた妻へわずかな願いを込めて、賭けとした。
だが、賭けは失敗で終わることとなる。
悲しくもあったが、やはりと思う気持ちは半々だった。
もし彼女がわずかでも自らの行為を反省しさえしてくれればよかったのだ。そのために、コルネリアの兄ライナスにも説得する猶予を与えた。だが、その猶予はいくら相手から接触があったとはいえドルフ・エインを使いハンネローネを再び害そうとした。
捕縛するために多くの力を借りて屋敷の乗り込むと姿はなく、逃げたと思いきや、単身でハンネローネを殺そうとする始末だ。
なにがそうコルネリアを突き動かす原動力になっているのか理解できなかった。
そして、本当の意味での最後として、今この場で少しでも悔い改めてくれれば温情を与えようと思っていたのだが、彼女からそのような素振りは微塵も感じない。むしろ、罪を犯しておきながら不満を隠すことなく堂々としている態度は、いっそ感心さえ抱いてしまった。
「私は、二度とお前をこの部屋からださない。本当であれば殺しても足りないが、お前のような女でも妻であり母親だ。生きて、自らのしたことを悔いるそのときがくるまで、ここから出ることはできないと思え」
「――ふ、ふざけないで! そんなことができるはずがないわっ!」
「いや、できる。それとも、罪人として裁かれるか? 私はもちろん、ハンネのお父上もお前に対してずいぶんとお怒りだったぞ」
「――っ」
黙り込んだコルネリアにハーラルトは呆れる。
昔から爵位など地位を気にする子だった。ハンネローネの実家は侯爵家であるため、コルネリアの実家よりも爵位が高い。その気になれば実家ごと潰される可能性だってあるのだ。
仮にコルネリアがハンネローネを殺害することに成功したとしても、なぜ実家が黙っていると思っていたのかが不思議である。それこそ、公爵家を含め、争いになっていただろう。
「ま、まだよっ、トビアスが当主になれば私のことを解放してくれるわ!」
「なにを言っている?」
「トビアスさえいれば、私はまだやり直せる」
「それは無理だ。トビアスが当主になることを期待しているようだが、それはありえない」
「なに、を……」
明らかに戸惑いの表情を浮かべたコルネリアに、ハーラルトははっきりと告げた。
「トビアスは、お前がハンネを亡き者にしようとしたことの責任をとるため、当主になることを辞退した」
「うそ、よ。そんなことはないわっ、それじゃあ、まるで私のせいじゃないの!」
「そうだ。お前のしでかしたことのせいで、トビアスが当主になる道は完全に閉ざされたのだ」
「そんな……うそ、でしょう……」
その場に座り込み、信じられないとばかりに呟くコルネリア。
「トビアスと話をした。あの子は当主ではなく教師になりたいそうだ。昔から勉強が得意な子だったから理解もできる。いや、もっと早くあの子の夢を気づいてやれなかったことを不甲斐なく思っている。今後は、あの子が教師になれるように一緒に歩むつもりだ」
「ならっ、当主は誰がなるというの!」
「今はトビアスの話をしているんだぞ!」
「そんなことはどうでもいいのよっ! だいたい、あなたが長男を当主にしようとしなかったのが、すべて悪いのよ。トビアスが当主になれないのなら、いったい誰が当主になると言うの!?」
「コンラートだ」
息子のことを話しているにも関わらず、関心が公爵家の次期当主にしか向いていないコルネリアに呆れながら、誰にも打ち明けたことのない次期当主の名をハーラルトは初めて口にした。
驚き、絶句するコルネリアに向かい、続ける。
「お前を含め、多くの人間がアルウェイ公爵家の当主になることを理解していない。我が一族は王都守護を任されている。いわば、武人の一族だ。私が信頼するダウム男爵をはじめとする者たちが皆武家の人間であることに気づいていないようだな」
王都を守護するため、ときには騎士団に命令をだすことはもちろん、公爵家の抱える私兵を率いて王都を守る義務がある。それが――アルウェイ公爵家だ。
「お前を含め、側室たちは子供たちに領地運営の勉強ばかりさせていた。私が剣を学べと言ったにも関わらず、当主になるのだから関係ないと、無視をした。私に従い、懸命に剣を学んだのはコンラートのみだ。ゆえに、私は選んだ。コンラートはいずれ騎士団に入団させる。もしくは、ジャレッドの下で魔術師として経験を積ませ、いずれは当主とする」
「どうして……どうして、そんな、なぜなの? 一度でも説明してくれれば喜んで息子に剣を学ばせたわ」
「それでは意味がないとどうしてわからない。言われてやるのではだめだ。いや、違うな。私は何度も助言し続けた。それを聞かなかったのはお前たちだ」
対してコンラートは剣術を学んだ。純粋に剣を好きになっていった。次期当主を狙う子供たちがみんな領地運営を学んでいるため、一切かかわらず父親に言われたとおり剣を学ぶ姿をはっきりと見せることで当主に興味はないと示したかったコンラートとテレーゼだったが、その行動がハーラルトに次期当主として選ばれるきっかけになっていたとは夢にも思っていないだろう。
「私がいまだにコンラートのことを明らかにしないのは、お前が長年ハンネとオリヴィエを狙っていたせいだ。最近まで、はっきりとお前だとわからなかったが、もしコンラートが次期当主と決まれば誰がなにをするのかわからない。そのため、私は一切当主に関して誰にもなにも言わなかったのだよ」
だが、と公爵は力なくうなだれるコルネリアに向かい、はっきりと言い放った。
「お前がこうして捕縛されたことで、今後はもう心配することはない。誰もが愚かな行動を起こせばお前の二の舞になると恐れるだろう。コンラートが成人したそのとき、正式に発表する。わかるか、コルネリア。つまり、お前を助けようとする人間は――いないのだ」
「待って!」
ようやく本当に自分が助からないと理解することができたコルネリアだが、もう遅い。
手を伸ばす彼女から離れ、ハーラルトは部屋をでる。
ゆっくりと扉が閉まり、密閉された部屋にコルネリアを閉じ込める。
「お願いっ、お願いだから考え直してっ! なんでもするわっ、ハンネローネに頭をさげて許しを請うからっ、ここからだしてっ!」
「もう遅いのだ、コルネリア。お前が、もう少しでも早くそう言ってくれればもっと違った未来があったはずなのにな……」
内側から扉が叩かれるが、人間の力で殴って壊れるようなものではない。
「お前を、二度とこの部屋からだすことはしない。月に一度だけ、エミーリアとトビアスの面会は許す。しかし、外の情報は制限する。お前にそのような勇気があるかわからないが、自ら命を絶つことは許さない。この屋敷にはお前のために、医者も用意している。お前は、常に監視されていると思え」
「お願いしますっ、私をっ、私をここからだしてっ、二度と、二度と愚かなことはしないから!」
「万が一、お前が死ねばトビアスもエミーリアも殺す。お前の血族は皆、根絶やしにしてやろう」
「子供は関係ないわっ、あなたの子供でもあるのに、どうしてそんなことが言えるの!」
「お前にだけは言われたくはない。以上だ。もう私が会いにくることもないだろう。最後に、なにかあれば聞いておこう」
無論、ハーラルトが子供たちとコルネリアの一族になにかするつもりは毛頭ない。だが、このくらい言っておかなければ、罰にならないのだ。
「お願い致しますっ、お願いですから、許してっ!」
「駄目だ。私はお前のことを――死んでも許せない」
扉越しに絶句するのがわかった。
ハーラルトは、もう用がないと踵を返す。
「お前はその狭い牢獄の中で、朽ち果てるまで惨めに生きながらえればいい」
その言葉を最後に、コルネリアがどれだけ叫んでもなにを言っても彼は振り返ることなく離れていく。
残されたコルネリアは、太陽の光が注ぐことがなく、ランプの淡い明かりしかない部屋の中でひとり、自らが招いたこの結末に絶望するのだった。