17.魔術師協会からの依頼3.
「そしてこれからも変わりません」
と言い残し、準備があるから一時間後にまたくることを約束してデニスは去っていった。
よくも悪くも魔術師協会の方針は変わっていない。よく言えば伝統を守り、悪く言えば停滞していると言える。
少なくともジャレッドには魔術師協会の方針を否定することはできない。ただ、ラウレンツのことを考えると不安が残ることも確かだった。彼が魔術師として優れていることは知っているが、危険を反対する家族がいることを思うと、一緒に危険へ赴くことが正しい判断なのか迷う。
「友よ、心配なのはわかるが、危険を伴うことを承知でラウレンツはともにいこうとしているのだ。心配するなとは言わないが、責任を負う必要はない。ましてや守ってやろうなどとおこがましいことは考えるなよ」
ジャレッドの心情を読んだかのようなラーズの的確な助言に驚きながらも頷く。
確かに守らなければと思っていたが、ラウレンツは決してお荷物ではないことを思いだした。そんなことをすれば、彼はきっと傷つくだろう。
「わかってるよ。ただ、ラウレンツは俺が守る。あいつが俺を守ろうとしてくれているように。対等に思っているからこそ、助け合いたいんだ」
「それならば問題ない。揃って無事に帰ってこい」
「そうだよ! マーフィーくんもヘリングくんも、私たちが心から心配しているんだってことを忘れないでね」
「ありがとう、ラーズ、クリスタ。大丈夫、二人揃って無事に帰ってくるよ」
*
一時間はあっという間に訪れた。
竜種を相手にするわけだが、どれくらいの時間がかかるかもわからなかったので、携帯食を一週間分用意した。
一度、家に戻って戦闘衣に着替え、武器を複数携帯することも忘れてはならない。
祖父母には魔術師協会から連絡がいっているようで、魔術師としてするべきことをしなさいと言ってくれたが、不安であることが隠せていなかった。
無事に帰ってくることを約束して屋敷をあとにする。
学園に戻ってくるとオリヴィエ・アルウェイの手紙を携えた青髪のメイド、トレーネ・グレスラーが待っていた。ハンネローネが心配していること、アルウェイ公爵領の助けになってくれることへの感謝を伝えられ、「どうかご無事に」と彼女も案じてくれた。
オリヴィエからの手紙も同じ内容で、わたくしの婚約者なのだから竜種に負けたら許さない、無事に帰ってきたら屋敷に顔を出せという内容を彼女らしい言葉で書いてあった。
それなりに心配してくれているのだと手紙から伝わってくる。少しだけ不安が薄れた。
学園の広場に着くと、すでに全員が集まっていた。
「お待ちしておりました、マーフィーさま!」
大きな声を出して手を振るデニスの傍らには、彼の身長の二回り以上の巨体を持つ飛竜が二体鎮座している。だが、敵意を感じることはない。
「協会が飼っている、飛竜を用意しました。アルウェイ公爵領まで一時間ほどでしょう」
調教された飛竜は主に従順になる。幼い頃から育てなければいけないという手間はかかるものの、一度主と認識された者は竜騎士として認められることができる。
魔術師協会にも竜騎士がいることは知っていたが、まさかこの目で見ることができるとは思ってもいなかった。
「ジャレッド、待っていたよ」
「ラウレンツ……完全装備だな」
ラウレンツは深い緑色のローブを着込み、長身の彼と同じ長さの棒状の杖を持っていた。杖は魔道具だろう、強い魔力を感じる。ローブの下には同色の戦闘衣に身を包んでいる。
「お前も完全装備じゃないか……だが、魔術師というよりも、暗殺者に見えるぞ?」
「そ、そうか? はじめて言われたんだけど……」
「マーフィーさま、協会員たちもヘリングさまと同じことを思っていましたが、人の趣味をどうこう言うのは躊躇われたのでいいませんでした」
「今言ってるから!」
暗殺者と言われて少なからずショックを受けたジャレッドはそんなにおかしいのかと自分の格好を見回す。
髪と同色の戦闘衣は、膝上までのコートタイプだ。軽量だが、防刃効果がある繊維を使われているすぐれものだ。戦闘衣の下は伸縮性のあるハイネックタイプのニットシャツと、同じく伸縮性と防御にすぐれたズボン。履きなれた頑丈なブーツ。すべて黒だ。
「そんなに変かな?」
「百歩譲って上から下まで黒なのはよしとしよう。だが、太もものナイフや、腰のショートソード、肩から下げている拳銃……ちょっと対人系の武装が多すぎるんじゃないか?」
呆れたようなラウレンツに声に、ようやく暗殺者と言われている理由がわかった。黒一色の衣類、持てるだけ持った武器。うん、たしかに暗殺者だ。
「趣味が悪いな、友よ」
「マーフィーくんの魔術師らしい姿を見たのははじめてだけど、はっきり言って全然魔術師っぽくないかな。どこに誰を殺しにいくのって感じ?」
「お、お前らも酷いな」
苦笑いするラーズとクリスタが、ラウレンツに続き酷いことを言ってくれる。
別に意図して暗殺者風にしたかったわけではないが、相手に見つからないようにするには黒がちょうどいいのだ。
「そろそろ、よろしいですか?」
「ああ、いつでも」
「僕も構わない」
デニスに問われ、ジャレッドとラウレンツは応じる。
何度も準備確認はしてあるので忘れ物はない。オリヴィエからの手紙は懐にいれてある。
「アルウェイ公爵領の現場までは、竜騎士二名がお送りします。竜騎士たちが風属性魔術師ですので、防寒対策は必要ありません。食料も二日分用意しました。アルウェイ公爵家の援軍が到着するまで一日ほどですが、念のため多めにあります」
「助かる。携帯食しか用意してなかったんだ」
「すでに荷物は飛竜に積んでありますので、出発はすぐにでも」
「わかった」
返事をして、不安げに見守る仲間たちに向かい声をかける。
「いってくるよ」
「心配しないでくれ」
無駄に言葉は必要なかった。たった一言だけだが、こうして友人たちに見送られる出撃ははじめてなのでどこか気恥ずかしい。同時、嬉しくもある。
「友よ、無事を願っている」
「気をつけてね、マーフィーくん、ヘリングくん!」
「ラウレンツさま、ご無事で! マーフィー、ラウレンツさまをお願いします!」
「ラウレンツさま、マーフィー、どうか無事に帰ってきてください」
ラーズが手を振り、クリスタが不安げに、ベルタとクルトが案じながら言葉をくれた。
ジャレッドたちは頷くと、竜騎士の手をかりて飛竜に乗る。
ザラザラした固い鱗に足を引っ掛けながら、背に乗り込む。
「では、お願いします! 少しでも早く、討伐部隊を送りますので、お二人ともどうかご無事で!」
デニスの言葉に返事をすると、竜騎士たちが飛竜を操る。飛竜は大きく咆哮すると、翼を羽ばたかせて巨体を浮かべる。
「おおおおっ!」
何度となく戦ったことがある飛竜だが、こうして背に乗ることは初体験であるため驚きが大きい。
「それでは出発します」
「お願いします!」
前に座る竜騎士の声に応じると、飛竜はあっという間に学園の上空に飛翔して東に向かって飛び立つ。
見覚えのある街並みを空から見たのははじめてで、竜種との戦いが待っているにもかかわらず、ジャレッドは空の旅を堪能するのだった。