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40.決戦10. コルネリア・アルウェイ




 すべてを終わらせる――コルネリア・アルウェイはその覚悟をもってアルウェイ公爵家別宅へたどり着いた。

 屋敷を包囲されたときは終わりだと思ったが、ドルフ・エインによって脱出させられると、一本の短剣を渡された。これですべての決着をつけろという意味だろう。

 その瞬間、コルネリアの覚悟は決まった。


 甘い一面が目立つ夫が本気になり、自分を捕縛するために兵とヴァールトイフェル、そして憎きハンネローネ母子に味方するジャレッド・マーフィーを率いた姿を見て、すべてを失ったのだと理解した。

 ハンネローネのせいですべてを失ってしまったのだと理解してしまった。

 だが、それも自分の行動次第で変わるかもしれない。そう思い、固く短剣の柄を握りしめている。

 はじめから自分で行えばよかったのだ。信用のできない人間を使ったからこんなことになってしまったのだ。

 コルネリアは使えない人間たちを心の中で呪った。


 自分を裏切った娘も、いまだ母を助けにこない息子も、自分を見限った兄と家族に呪いの言葉を吐き続ける。

 だが、もっとも許せないのはハンネローネ・アルウェイだ。

 あの女さえいなければすべてが自分のものになっていたはずだった。

 夫のことだって先に好きになったのは自分のほうだ。だが、夫はハンネローネに夢中で自分の気持ちに気づいてもくれなかった。

 側室になれたときには喜んだが、それもハンネローネの口添えがあったからだと知ると、彼女への敵愾心は憎しみに変わることとなる。


 幼なじみであり、気持ちを知っていたからこそ、よかれとおもった彼女の好意も――自分がみじめになるだけだった。

 あとで家同士の結びつきのために自分が側室となることが決まり、妹同然にかわいがっていた相手を妻に迎えることに戸惑いがあった夫に助言をしてくれただけだと知ったが、一度抱いた憎しみは消えることはない。

 男子を生むことができないにもかかわらず、のうのうと娘と楽しそうにしている姿が気に入らなかった。

 自分は息子を生んだのに、夫の愛情がすべてハンネローネとオリヴィエに注がれていると思うと、気が狂ってしまいそうだった。


 ゆえに行動した。

 行動しなければ、正気を保っていられなかったのだ。

 しかし、結果はどうだ。

 雇った冒険者はことごとくメイドに叩きつぶされ、大陸一の暗殺組織を雇ってもオリヴィエの婚約者によって守られてしまった。

 その婚約者はよりにもよって夫が行き遅れのオリヴィエのために用意したと聞いた。

 また夫だ。ハンネローネとオリヴィエのためなら、ハーラルト・アルウェイはどんなことでもする。対して、自分や自分の子供たちはなにもしてもらっていない。


「許せない……憎い、憎い、ハンネローネが憎い。オリヴィエが憎い」


 きっとあの母子を殺さなければ、自分はこれから生きていくことができない。

 だが、あと少しだ。邪魔な人間もドルフ・エインのおかげで実家に足止めされている。今を逃せば、もう二度と好機は訪れないだろう。

 ハンネローネとオリヴィエさえいなくなれば、愛する夫も目を覚ますはずだ。


「きましたね、コルネリア」


 コルネリア・アルウェイは驚きに目を見開いた。

 なぜなら、憎きハンネローネ・アルウェイが屋敷を背にして自分のことを出迎えたのだから。

 薄い緑色のドレスに身を包んだ歳を重ねても美しさを失わない幼なじみに憎悪が湧く。隣には青いドレスに身を纏ったオリヴィエ・アルウェイが睨んでいた。


「な、ぜ?」


 その問いは、憎き母子が待ち構えていたからもあるが、彼女たちの傍らにいる少年二人のせいだ。


「なぜお前たちがいるっ!」


 東方の血が流れているのだろう黒髪と同色の切れ長の瞳をもつ背の高い少年、オリヴィエの婚約者であるジャレッド・マーフィー。そして、一度は自分が雇ったにもかかわらず敗北した暗殺組織ヴァールトイフェルの少年プファイルが、水色の髪を揺らしこちらに向かい矢を構えていた。


「よくあの包囲網から抜けだしましたね、コルネリア・アルウェイさま。正直、お見事ですとしか言葉が浮かびません。ですが、もう終わりです。俺がいる限り、ハンネローネさまとオリヴィエさまを傷つけさせません」

「ジャレッド・マーフィーっ……」

「もうすぐ公爵もこちらにくるでしょう。もうあなたは終わりです」

「は――あははははあははははっ」


 コルネリアは笑う。すべてを馬鹿にしたように笑い続ける。

 短剣を握りしめ、ジャレッドの言葉など無視してハンネローネに歩み寄ろうとすると、足元に矢が刺さった。


「次は貴様の足を射抜く」

「……プファイルだったわね、まさかあなたまでハンネローネにつくとは思ってなかったわ。殺そうとして失敗した相手に尻尾を振るなんてずいぶん躾がなっていない犬じゃないの。それとも、ハンネローネにうまく懐柔されたのかしら?」

「貴様と交わす言葉などない」

「私だって、暗殺者と話したくなどないわ」


 忌々しいと舌打ちをする。

 プファイルもはじめは自分のものだった。自分が雇ったものだった。しかし、今ではハンネローネを守るためこちらに矢を向けている。

 これほどひどい屈辱もない。

 矢だけではなく、視線までもが射抜かんと睨みつけているプファイルを手で制し、ハンネローネが前にでる。


「このような形になるとはとても残念です」

「……嘘をつけ。どうせ内心ではざまあみろと笑っているんでしょう!」

「いいえ、ですが怒りを抱いています」

「私がお前を殺そうとしたこと? それともお前のかわいがっている愚かな娘を狙ったことかしら?」

「違います。自分のことだけしか考えず、娘を捨て、息子を顧みず、母親の役目を放棄したあなたに、強い憤りを覚えています」


 コルネリアは目の前が怒りで真っ赤になった。


「お前が、お前がそれを言うのかハンネローネ! お前さえいなければ、私はこんなことをしなかったわ。捨てられたのは私のほうだ。エミーリアは私を裏切り、あれだけ手間と労力をかけた息子はいまだに私を助けにこない! 憤りを覚えるならこちらのほうよっ!」

「あなたは哀れね」

「なんですって!」


 まさかオリヴィエに哀れなどと言われるとは思いもせず、血走った眼で睨みつける。しかし、オリヴィエは退くことなく、真正面から視線を受けて言葉を発した。


「エミーリアがあなたを裏切った? 確かに、あなたにとってはそうなのかもしません。ですが、ひとつだけ言っておきます。エミーリア・アルウェイは母親の暴挙を止めるために、助けるために自分が罪に問われることを承知ですべてを打ち明けたのよ。それを裏切りとは絶対に言わせないわ!」

「それが裏切りだというのよ! 私の娘であるなら、最後まで私に従っていればいいものを、急に怖気づいてしまうなんてはっきりいって呆れたわ」

「あなたっ」


 コルネリアの言葉に、怒りを露わにしたオリヴィエが詰めよろうとするも、隣りにいたジャレッドによって腕を掴まれてしまう。


「もう言いたいことは言ったかしら? あんな娘、最初からどうでもよかったのよ。私のすべきことは昔から決まっているわ。ハンネローネを、お前を殺して私が一番になる。すべてを手に入れるのよぉ!」


 大声をあげ、短剣を構え踏み出したコルネリアだったが、彼女の足をプファイルが宣言通り容赦なく射抜いた。

 激痛の熱が右太ももに走り、バランスを崩して倒れてしまう。痛みに耐えることができず、口から自分のものとは思えない絶叫がほとばしる。

 コルネリアは苦痛に叫びながら、ハンネローネへの憎悪をまき散らす。

 自分がどれだけ憎んでいるのか、どれほど惨めな思いをしていたのか、鬱憤を晴らすかのごとく悪意ある言葉として発し続ける。


「もういい、黙れ」


 プファイルが狂気を滲ませて暴れるコルネリアの口に、布を使い猿ぐつわとする。これ以上、悪意ある言葉を口にさせないためと、万が一に備えて舌を噛むことを阻止するための配慮だ。


「きっと……もうあなたには、どれだけわたくしが言葉を伝えようとしても無理なのでしょう。残念です」


 悲しげに目を伏せるハンネローネに憎悪の言葉を浴びせようとしても口を覆う布が邪魔で声にならない。


「エミーリアたちのことはわたくしが面倒を見ます。親であることを放棄したあなたの分まで、わたくしが愛し育てます」


 ハンネローネはそう宣言すると、呻くコルネリアから視線を外し、ジャレッドに向かって頷いた。

 ジャレッドは地面に倒れるコルネリアに近づき、魔力を帯びた右手を伸ばす。


「あなたを公爵に引き渡します。これで、あなたの悪事は終わりです。もう二度と、あなたの悪意が俺の大切な人たちに届くことはありません」


 そして、


「万が一、あなたがまた悪意をもって二人を狙おうとするのなら、次は公爵家の事情に配慮などせず容赦なく――殺してやる」


 感情のこもらない瞳と殺気を向けられ、コルネリアは短い悲鳴を発した。

 刹那、ジャレッドの腕が首に触れ、小さな衝撃が走る。


「さようなら」


 ゆっくりと意識を暗くしていくコルネリアは、ジャレッドに与えられた恐怖におびえながら、気絶したのだった。




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