39.決戦9. ジャレッド・マーフィー対ルザー・フィッシャー4. 決着
「ルザー?」
急に魔力を高めだしたミアが心配そうに声をかける。だが、ルザーに声が届いていないのか、彼はミアを無視して立ち上がると紫電をまき散らせて魔力を解放した。
「――っ」
どこにそれだけの魔力がまだあったのかと驚かずにはいられない。
時間こそ短いが、お互いに全力をだして戦ったことで体力と魔力を大きく疲弊させていたはずだ。ジャレッドがすでに体力面で限界を向かえているように、ルザーは体力魔力ともに限界を迎えていた。
だが、再び紫電を纏う姿は魔力を枯渇させた人間の姿ではない。
「ルザー!」
「ジャレッド、殺す、お前を、許さない、母を、俺を、裏切り、奪い、殺した、返せ、あああっ、生きていた、よかった、感謝する、殺す」
脈絡なく単語を吐きだし続けるルザーに理性が残っているとは思えなかった。
ミアと目があう。言葉にしなくても、ジャレッドの想いは彼女に伝わっていた。
そして、彼女の気持ちも。
「ルザーを倒してっ、お願いっ、彼を救うために倒して!」
「任せろ」
ミアの心からの願いを受け、ジャレッドは頷き拳を握る。
地面を蹴ったのは同時だった。
魔力により身体能力が限界を超え強化されているジャレッドと、紫電をまき散らしながら咆哮するルザーの速度はほぼ同じ。
拳と拳が互いの体を捕らえ、激痛と衝撃が走る。一撃の威力も同等だった。
「こんなものかよ、ルザー・フィッシャー!」
ジャレッドは笑う。不敵に笑う。かつてルザーに教わった通りに辛いからこそ笑い続ける。
切れて血を流す唇を吊り上げ、腫れた顔で笑顔を浮かべてジャレッドはルザーを殴り続けた。
対してルザーに余裕はない。笑みを浮かべることはもちろんできるはずがない。ジャレッドの言葉に言い返す気力さえないのだ。
ドルフ・エインが施した洗脳――偽りの憎しみという感情を植えつけたことで、ここにきてルザーの彼らしさが完全に消えてしまったのだ。
操り人形が壊れる間際に暴れるがごとく、ルザーの限界は近い。なにも考えずに振るわれる攻撃は、確かに強力ではあるが、それだけだ。
想いもなにもこもっていない一撃など――恐れるにたらない。
「ルザー、覚えているか? これが、お前に俺に教えてくれた戦い方だ!」
剛力に対し剛力をもって攻撃を繰り返す。
戦闘とよべるほど技術があるわけではない。ただの暴力がぶつかりあうだけの、喧嘩のようだ。ジャレッドは拳を振るい、蹴りを放つ。
かつて魔術もなにも使えなかった弱くて泣いてばかりいた自分にルザーが教えてくれたことをすべて彼に返していく。
必ず助けると想いを込めて、一撃一撃に感情を込めて、ジャレッドはひたすらに攻撃を続けた。
「うぉおおおおおおおおおおっ!」
ほぼ互角だと思われていた殴り合いに変化が起きる。
ジャレッドの力がさらに増し、ルザーの力が弱くなっていったのだ。これは、ジャレッドが本来の魔力の五割を十全に使いこなせていなかったのだが、ここにきて魔力を使い続けた結果――ようやく体に魔力がなじんだのだ。
対し、ルザーはもともと限界だった体からさらなる魔力を振り絞っていた。しかし、その魔力も底をつきかけている。いずれは魔力が完全に枯渇してしまい、それでも戦おうとするなら命にかかわるだろう。
そんなことをさせるわけにはいなかいのだ。
ジャレッドの拳がルザーの拳を砕き、腕を折る。蹴りが体を捕らえ、くの字に折り曲げる。
殺すつもりなど毛頭ないが、ルザーが立ち上がり再び戦おうとしないくらいに痛めつける必要があった。願わくは、意識を失ってほしい。
ルザーを殴れば殴るほど、ジャレッドの胸が痛くなる。その痛みを唇を噛み、耐えて、ありったけの力を込めてジャレッドが拳を振りかぶった。
「必ず、お前を連れて帰る!」
魔力の込められた一撃はルザーの頬を捕らえ、振りぬかれると同時に大きく体を吹き飛ばす。
受け身をとることのできぬまま、背を地面にぶつけたルザーはぴくりともしない。
「ルザーっ!」
ミアが駆け寄り、抱きしめた。そして、呼吸をしている確認をし、息を切らせているジャレッドに向かって涙を浮かべ頷く。
「気を失っています。倒してくれて、ありがとうございました」
「俺のためでもあるから気にしなくていいよ。あとは……っと」
感謝の言葉受けるも、ミアのためだけに戦ったわけではない。ルザーのためであり、彼の母ロジーナのためでもある。なによりも、自分自身のために戦ったのだ。
ルザーは倒した。あとはドルフ・エインを倒し、洗脳を解くだけだ。しかし、強敵であったルザーとの戦いのせいで消耗した体力は限界に近く、片膝をついてしまう。
両膝をついてしまえば、もう立ち上がれない気がしたので懸命に堪える。
「ほら、手を貸そう」
「……トレス・ブラウエル?」
「アタシもいるわよ」
「……アデリナ・ビショフも」
応援にきてくれた二人がいつの間にかそばにいた。ジャレッドはトレスの肩を借りて立ち上がると、二人に疑問をぶつける。
「敵は?」
「もちろん、倒したさ」
「元とはいってもヴァールトイフェルの後継者だったことはあったわね。だけど、アイツらこっちのこと舐めすぎ。速攻で倒してやったわ」
「さすが宮廷魔術師だ」
やはり魔術師として先輩であり、才能を認められた宮廷魔術師たちだ。実力もさることながら、培った経験は伊達ではない。ヴァールトイフェルの後継者といえばプファイルやローザと同等であるはずだ。それを怪我らしい怪我をせず倒したことに驚嘆する一方で、二人が応援に来てくれてよかったと心底感謝する。
「君には負けるよ。それにしてもまさか拳だけで倒すとは思っていなかったよ」
「一撃一撃に魔力を感じていたわ。どういう技術なの? そもそもあれは魔術なのかしら?」
「さあ、我武者羅だったから」
「なによそれっ、ちゃんと教えなさいよ!」
「まあまあ、とりあえずすべてを片付けてからゆっくり技術交流をすればいいじゃないか。ジャレッドは僕らの後輩になるんだし、これからいくらでも時間はあるんだから」
今回、魔力を取り込み力に変換した自覚はあるが、ほとんどその場のノリと勢いだけで行ってしまったので説明しようとしても難しい。この戦いが終わればゆっくり研究してみたいが、その前にするべきことをしよう。
トレスに頼み、ミアが抱きしめるルザーのもとへ向かう。
意識を失っている彼は穏やかな顔をしていた。目覚めさえしなければ洗脳に苦しむことはない。ならば、彼が再び目覚める前に――ドルフ・エインをなんとかしなければならない。
アルメイダから聞きかじっているが、やはり洗脳を解くには術者が解除するか、術者を殺すことで魔術を強制的に遮断するしか手はずはない。
ハンネローネを狙うコルネリアに手を貸し続けた元凶といえるドルフ・エインを殺すことになんの躊躇いはない。仮に、彼が自らの意志でルザーの洗脳を解いたとしても、一度抱いた敵意は消えないだろう。どうのような過程を辿ったとしても、奴に与えるのは――死だけだ。
「終わったようだな、ジャレッド・マーフィー」
「ローザ……お前も無事だったんだな」
「誰に言っている。当たり前だ」
軽やかに眼前に現れたのは赤を身に着けたローザ・ローエンだ。彼女もまた戦った相手を倒したのだ。
「私だけではないぞ」
「……私が最後だったようだな。しかし、これで残るはドルフ・エインだけだ」
「よう、プファイル」
火傷を負っているも平然としている水色の髪の少年に軽く手をあげると、彼は薄く笑みを浮かべ頷く。
これで倒すべき敵はあとひとり。そして捕縛するべき相手もひとりだけだ。
「ジャレッド!」
あと少しですべてが終わる――そう思っていたときだった。
コルネリアを捕縛に向かったはずの公爵とラウレンツが血相を変えて屋敷から飛びだしてきた。
「まずいことになった。包囲していたはずが、コルネリアが消えた!」
公爵から告げられた言葉にジャレッドは唖然とする。
ヴァールトイフェルが取り囲む屋敷の中からどうすれば誰にも気づかれずに脱出することができたのか。
「……ジャレッド、屋敷だ!」
プファイルがコルネリアの行方を推測する。ジャレッドも同じことを思った。
「こっちは任せて構わない。残りの兵もすべて僕たちが引き受けよう。それでもまだ君から受けた恩は返しきれない」
「アンタは守りたい人のために頑張りなさい。それがジャレッド・マーフィーでしょう?」
「ありがとう!」
ジャレッドはプファイルとともにオリヴィエとハンネローネたちが帰りを待つ屋敷に急ぐのだった。