35.決戦5. プファイル対フレイムズ.
プファイルはフレイムズとともに、ウェザード王立学園の訓練場にいた。
人気はなく、広い訓練場を囲む防御壁のおかげで二人が戦ってもどこかに被害がでることはない。
「はっ、こんなところで戦おうなんてお前もずいぶん酔狂な奴だな」
「私はお前とのんびり話をするつもりはない。さっさと決着をつけよう、フレイムズ」
「……お前のそういう人を見下した態度が俺はずっと――気に入らなかったんだよっ!」
音を立ててフレイムズの魔力が炎へと変換されていく。
プファイルを焼けつくような熱波が襲うが、彼は身構えることもなく平然としている。だが、その姿が余計にフレイムズの怒りを掻き立てていく。
「灰にしてやるっ!」
フレイムズの怒りに連鎖して、炎が意思をもつようにプファイルに襲い掛かるも、プファイルは慌てることなく自らの足を使い丁寧躱していく。
ヴァールトイフェルの後継者として選ばれることだけあり、フレイムズの火力は相当なものだ。しかし、当たらなければ意味がない。熱波が襲いかかってくるため紙一重で避けることはできないが、所詮はそれだけだ。
火傷することを覚悟していれば怖いものではない。
「チョロチョロしやがって!」
「貴様は感情的になりすぎだ。ワハシュはいつもお前のそんなところを案じていたぞ」
「だーかーら、ワハシュなんでもうどうでもいいんだよっ!」
複数の炎が蛇のごとく食い殺さんと襲いかかるも、冷静さを失わないプファイルはあろうことか動きを止めて弓を構えて矢を射った。
矢が炎に触れれば灰と化すことは間違いない。しかし、放たれた矢は、炎に触れることなく、合間を縫うようにフレイムズに届き、彼の胸を射抜く。
「あのさぁ、矢が一本刺さっただけで死ぬはずがねえだろ。矢じりに塗ってある毒も俺には効かないことがわかっていて、お前、なにがしたいの?」
胸から矢を抜き平然としているフレイムズを見ても、プファイルは表情を変えることはなかった。
すべてが想定内だったのだ。フレイムズの実力も、動きも、なにもかもプファイルが知るものと変わっていない。
「もういい。わかった」
「ああ?」
短く呟いたプファイルは、弓と矢をその場に投げた。
これにはフレイムズも目を剥いた。
無理もない。唯一の武器を捨てたのだ。これで、プファイルにはもっとも得意する弓矢がなくなったことになる。
しかし、まだ戦うすべはある――魔術だ。
フレイムズはプファイルの魔術を正確に把握していない。いや、ヴァールトイフェルの中でも、どれだけの人間がプファイルの魔術属性を知っているのだろうか。ワハシュとつき合いの長いローザ・ローエン以外では、思い浮かばない。
魔力で構成された矢――魔弾を放つ。たったそれだけではあるが、それこそプファイルが後継者の中でも最強と謳われる由縁だ。
「ようやく使う気になったか……魔術を使ったお前を倒せば、間違いなく俺が最強だ!」
「――ふっ」
意気込むフレイムズをプファイルは鼻で笑った。
水色の髪を揺らして失笑したプファイルに、もともと沸点の低かったフレイムズの怒りが限界を超えたのは言うまでもない。
魔力が枯渇するのではないかと思うほど、炎の柱がフレイムズから立ち上り、訓練場を覆う防御壁に悲鳴を上げさせる。
「フレイムズ、貴様はいつも私を倒せば最強だと言うが、なぜそう思う? まるで、私が最強であると聞こえるぞ」
「……後継者の中ではてめぇが一番強ぇだろ」
「いや、単純な戦いであればローザのほうが上だ。しかし、私を殺しても、ローザを殺しても、お前は最強にはなれない――永遠に」
「言ってくれるじゃねえか!」
「貴様にはワハシュを超えることができない。私を倒したとしても、ジャレッド・マーフィーを倒すこともできない。貴様は所詮、火力だけが取り柄の獣だ」
左手を弓に見立てて構え、そこに矢があるかのごとく添えた右手を引く――すると、そこには魔力で構成された矢が一本現れていた。
「俺が本当に獣かどうか、確かめてみやがれぇえええええええっ!」
津波のような炎が襲いかかるも、プファイルは微動だにしない。
呼吸を整え、迫りくる赤い波に飲まれ姿を隠したフレイムズから発せられる魔力をたどり、居場所を見つけだすと、そっと矢をつまんでいた指を離す。
刹那、音を立てることなく矢が放たれた。
放たれた矢は、一本から二本へ、二本から四本へ、四本が八本へ次々と数を増やしていく。
「ジャレッドに使うことができなかった私のとっておきだ。存分に味わえ――万を超える魔力の矢を貴様はどう対処する?」
返事は聞こえない。
炎の波を、魔力の矢が射抜き、霧散させていく。訓練場を埋め尽くすほどの魔力の矢に、フレイムズはなにもできずに飲み込まれていく。
「しまった、威力を間違えてしまった」
プファイルが舌打ちをすると同時に、訓練場に覆われていた防御壁が限界を超えて音を立てて砕けていく。見学席が、破壊され、周囲を覆う壁すらも砕かれていく。
土埃が舞い、視界が悪くなる。たった一撃で、宮廷魔術師が数人がかりでなければ破壊することができない防御壁を無に帰してもなお、力を抑えていたプファイル。
この一撃がジャレッドとの戦いで使われていれば、勝敗の結果は変わっていたかもしれない。
「……威力もそうだが、魔力をほとんど消費してしまった。一撃だけしか使えない魔術など、戦術に組み込むことはできないな。だが、いずれは使いこなしてみせよう」
新たな課題を得たプファイルは、視界が晴れていくのを確認すると倒れているフレイムズを見つけ、足を進めた。
「ちく、しょう……」
「さすがだな、すさまじい生命力だ」
大の字になって倒れているフレイムズだが、その姿はまさに死に体だった。
四肢はちぎれ、体のいたるところに風穴があいている。急所にも魔力の矢が射抜いたあとが残っているが、即死しなかっただけで称賛されるべく生命力だ。
しかし、彼の命の炎はもう消えようとしていた。
「言い残すことはあるか?」
「なんだよ、あれ? あの、矢は、ただの、魔力じゃねえ、だろ?」
「正解だ。私は光属性の魔術師だ。私の使った弓も矢もすべて魔術だ」
かつてジャレッドと戦った際には、魔弾と称した魔力の矢だが、今回はまた別ものだった。
ジャレッドに敗北したことをきっかけに、魔弾を改良し、魔術としての要素を多く取り込み一から作り出したのが、まだ名前もない光属性の魔術。
弓矢に形を括ったのは、それが自分の戦闘スタイルだからだ。
「どうして、魔術を、使った……ワハシュに、罰を、受けるぞ……」
「甘んじて罰を受けよう。お前と戦えば、どちらかが死ぬことは覚悟していた。ならば、全力をもって戦うことが礼儀だと思った。それだけだ」
「嬉しいねえ、もっと、前から、俺と、本気で、戦って、ほしかった、ぜ」
「すまない」
もう目が見えていないのか、フレイムズの視線が虚空をさまよう。
「悔しい、な、悔しくて、たまらな、い……プファイルに、勝ち、たかった。ジャレ、ッド、に、勝ちた、かった……だけ、ど、楽しかったなぁ」
彼は、そう言い残して呼吸を止めた。
プファイルは静かに黙祷を捧げる。
思えば、いつも子供のように強さばかりを気にする男だった。年上でありながら、年下の自分につっかかり、挑発してきたのも戦いたかったそれだけだったのだろう。
戦闘狂の気質はあったが、愛嬌のある一面もあり、部下の面倒見のよいところもあった。
もしかすると、後継者のひとりとして選ばれたのも、単純な火力だけではなく部下を導く一面を期待されていたからかもしれない。
「安らかに眠れ、フレイムズ」
だが、彼はヴァールトイフェルを裏切った。ワハシュを、自分を裏切り、利益と欲にまみれた男に着いてしまった。
それだけが酷く残念だ。
「今日ですべてを終わらす。いずれ、また会おう」
かつてともに戦った同士に別れの言葉を告げ、プファイルは決着をつけるべくこの場をあとにした。