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34.決戦4. ローザ・ローエン対睡蓮2.



「見事だ、と言っておこう。まさかその程度ですむとは思わなかったぞ」

「……言って、くれます、わね」


 炎の中から現れた睡蓮にローザは賛辞の言葉を贈る。だが、睡蓮には皮肉にしか聞こえなかっただろう。

 彼女の左半身は焼けただれ、整っていた顔も半分が醜く変貌を遂げていた。伸ばした黒髪の大半が焼け落ち、わずかに残った髪も焦げている。

 なによりも酷かったのは、炭化した左腕だ。

 睡蓮は朦朧とする意識の中で、唯一無事だった右腕と刀を使い、炭化し役に立たなくなった左腕を付け根から切り落とす。


「――ほう」


 憎悪を込めた目で射殺さんと睨み付けるが、相手は気にした素振りさえ見せてくれない。

 あまりにも酷い屈辱を覚え、唇を噛み切ると、わずかに心の中に冷静なものが宿っていることに気づく。


「わたくしの負けです。ローザ・ローエン。まさかこれほどの力をもっていたとは夢にも思っていませんでした。あなたなら、後継者の中でも最強とされるプファイルを倒すこともできるかもしれませんね」

「あいつとは戦わない。同じ後継者として協力することはあっても、お前たちのようにはならない」

「……そう、ですか。それは残念ですわ」

「負けを認めたのであれば、大人しく捕縛されろ。この場で殺してやりたいが、ワハシュの前で申し開きをしてもらおう。あとはワハシュによって裁かるがいい」


 もしかすると、ローザの言葉はかつての仲間を手にかけたくないという表れだったのかもしれない。しかし、睡蓮は鼻で笑う。


「いいえ、あなたに負けたことは認めますが、わたくしにはまだするべきことがあります」

「なに?」


 次の瞬間、睡蓮から目が眩むほどの閃光が放たれ、ローザの視界を一瞬だけ奪う。

 その隙を逃さず、痛ましい体を駆使して彼女は跳躍した。


「貴様っ、まだ足掻くか!」

「足掻きますとも。わたくしは暗殺者ですのよ?」


 ノーランド伯爵家の屋根から睡蓮の声が届く。声こそ笑っているが、体中から血を流し、息切れさえ起こしている。決して余裕があるわけではないのは一目瞭然にも関わらず、睡蓮は笑い続ける。


「わたくしの任務は二つ。ひとつは、ローザ・ローエンを殺すこと。ですが、これは無理でした。残念ですが諦めます。しかし、二つ目の任務はわたくしの誇りと意地と命を懸けて遂行してみせましょう」

「なにをするつもりだ!」

「コンラート・アルウェイの殺害」

「――ッ。コルネリア・アルウェイめっ、余計なことしかしない女だっ」


 忌々しいと毒づくローザにざまあみろと内心笑い、睡蓮が身をひるがえす。


「ではごきげんよう」

「させるものか!」


 たとえ自分が殺されなくとも、コンラート・アルウェイになにかがあれば間違いなくローザだけではなく、この場で戦うすべての者が敗北となる。

 それをさせるわけにはいかなかった。

 ローザは大きく跳躍し、睡蓮を追った。



 *



 コンラート・アルウェイは、ジャレッドに教わった魔術訓練を行っていた。

 傍らでは母が見守っているのが少しだけくすぐったく思う。屋敷の中では、兄と姉たちに邪魔をされるのでこうして訓練場を使うのが一番だ。兄妹たちもわざわざこんなところまでやってくるほど酔狂ではない。


 そんなコンラートには気になることがあった。最近、今まで疎遠だった一番上の兄が声をかけてくれることだ。仲は悪くはなかったが、長男と末の弟であることと母同士が不仲であることから、幼いころは遊んでもらったがここ何年はまったくと言っていいほど接点がなかったので嬉しかった。

 悪意のある言葉ではなく、ただ「魔術を頑張りなさい」と優しく励まされた。驚きと、それ以上に心が温かくなった。一緒にいた母にも丁寧なあいさつをしたので、母もとても困惑していたことはよく覚えている。


 長男トビアスの変化もそうだが、昨日から殺気立っている父にも驚いた。

 ジャレッドが訪ねてきたようだが、なにかあったのかもしれない。師であり兄と慕う姉の婚約者が、父からとても頼りにされていることをよく知っている。コンラートも、母テレーゼも信頼に値する人物であると好感を抱いているのは言うまでもない。

 なによりも、自分の魔術の才能を見出し、嫌な顔をせず訓練をしてくれるのだ。慕うなと言うほうが難しい。

 ジャレッドが宮廷魔術師になることはすでに決まっているので、将来的には彼のもとで役に立ちたいと思う気持ちと、できることなら同じ宮廷魔術師として並びたいという将来への想いだってある。


「コンラート、そろそろ屋敷の中に戻りましょう。旦那さまに怒られてしまうわ」

「はい、母上」


 本当なら父から今日は訓練せずに屋敷の中でおとなしくしろと言われていた。しかし、毎日日課として行っているものをやめることはできず、理由も話してくれなかったのでこうして隠れて訓練をしていたのだ。

 母も事情を知らないのか、それとも知っていて隠しているのかわからないが、自分から目を離そうとしないことが不思議だった。


 屋敷の中にいれば兄妹たちから嫌がらせを受けるので戻りたくはないが、父の言いつけを破り母を困らせたくもない。

 流していた汗をタオルでぬぐうと、建物の中に戻ろうとしたそのとき、


「コンラートっ!」


 母が血相を変えて自分の名を呼ぶので、なにごとかと思い足を止めてしまった。

 母の視線は自分ではなく、背後に向いている。

 よせばいいのにコンラートは振り返ってしまった。

 すると、背後には恐ろしい化け物がいた。


「うぁああああああああぁっ!」


 尻もちをつき、無様に悲鳴をあげることを恥だと思う余裕すらなかった。

 半身に酷い火傷を負い、片腕のない女が血を流しながら刀を構えている。見るに堪えない醜く爛れた顔と、焼け落ちた髪が痛々しい。左腕の付け根から流れる血を見ると、腕を失ったのはついさきほどなのかもしれない。焼け焦げた服から除く皮膚もまた爛れ、どうすればこうも酷いことになるのか理解できず、なぜ彼女が動くことができるのかさえわからない。

 逃げなければならないにも関わらず、体が恐怖ですくんで動いてくれない。

 母が走ってくるが、それよりも早く、女が刀を振り下ろした。


「――え?」


 しかし、刀がコンラートを傷つけることはなかった。なぜなら、火傷を負った女と自分の間には赤毛と髪と同じ色の戦闘衣に身を包んだ女性が、剣を構えて守ってくれていたからだ。

 赤毛の彼女は深紅の炎を剣に宿すと、奇声をあげて突進してくる女に向かい一閃した。刃から放たれた炎が一筋の刃となり、横一線に女の焼けただれた体を両断すると、熱波を発し一遍も残らず灰にしてしまった。


 ――これが炎か、これが魔術か!


 コンラートに宿っていた怯えが消え、赤毛の女性が放った火属性魔術に目を奪われていた。


「大丈夫か?」


 こちらを振り返った彼女は、自分を見て安堵の息をはく。すると、優しく微笑えまれた。

 頬が急に熱くなる。自分がどんな格好をしているのか思い出したコンラートが、慌ててたたずまいを直しお礼を言おうとすると、


「コンラートっ!」


 大きな声をあげて母が抱きしめてきた。

 心配をかけてしまったことを謝罪し、大丈夫だと告げると、母が安心して涙を流す。そして、助けてくれた彼女に視線を向ける。


「心配するな、脅威は排除した。私は、その、あれだ、ジャレッド・マーフィーの仲間だ」

「マーフィー殿の……しかし、なぜ、コンラートが?」

「ふむ、私もすべてを把握しているわけではないし、勝手に話していいものか判断に困るな。すまないが私からは話すことはできない。事情を知りたければ公爵から直接聞くといい」


 それだけ言うと、彼女は踵を返してしまう。

 コンラートは慌てた。なぜだか知らないけど、このまま彼女を返したくはなかった。


「あのっ!」

「ん?」

「助けてくださってどうもありがとうございました!」

「気にすることはない」

「お名前を、お名前を教えてくださいませんか?」


 彼女と、ついでに母がわずかに戸惑った顔をした。

 しかし、赤毛の彼女は微笑を浮かべると、


「私はローザ・ローエン」


 名前を教えてくれた。そのことがとれも嬉しくて、自分も名乗る。


「僕は、コンラート・アルウェイです。本当に、助けてくださり、どうもありがとうございました!」


 深く頭を下げると、母も同じようにした。

 赤毛の彼女――ローザは、もう一度「気にする必要はない」と言い残し、今度こそ去っていく。

 彼女の後ろ姿を見ていると、胸の高鳴りを覚える。ジャレッドに頼めば会わせてくれるだろうか、とそんなことを思った。

 もう視界の中から消えたローザを思い浮かべ、コンラートは熱い吐息を吐きだした。



 ――コンラート・アルウェイ、初恋だった。




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