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33.決戦3. ローザ・ローエン対睡蓮1.




「プファイルはフレイムズと、ジャレッドはルザーと戦いだしたか。まだ姿を現さない奴らが気なるが、今は少しでも敵の数を減らすとしよう」

「あら、そうはさせませんわ」

「――私の相手はお前か、睡蓮」


 ローザが鬱陶しげに視線を向けると、東方の島国の衣装着物を身に纏い、刀を構えた女性がいた。手入れの行き届いた艶のある黒髪を腰まで伸ばした女性の名は睡蓮。ローザと同じくヴァールトイフェルの後継者のひとりだった。


「お久しぶりです、といいたいのですが、今あなたに届ける言葉は――さようなら」


 刹那、キンッ、と金属音が鳴り響き、ローザの剣と睡蓮の刀が火花を散らす。

 二度、三度打ち合うと、動きを止めて睡蓮が微笑を浮かべる。


「さすがはローザ。わたくしのライバル」

「ふん、光栄だとでもいえばいいのか?」

「まさか。わたくしが一方的にライバルだと思っていても、あなたは微塵もわたくしのことなどきにしていなかったでしょう」

「そうでもない。なにかあるたびに突っかかってくる鬱陶しい奴だというくらいの認識はあった」


 明らかな挑発に睡蓮の刀を握る手に力が入る。


「……いいですわ。殺す前に、少しくらい会話をしようと思っていましたが、それも無駄だったようですわね。では、最後に一言だけ。わたくし――あなたのことをずっと殺したかったのですわ」


 言葉とともに睡蓮が地面を蹴った。流れる水のごとく緩やかに、だが確実に距離を縮めた睡蓮の動きは、水属性魔術によるものだ。

 技術交流をすることがあるヴァールトイフェルの後継者たちでも、自分のとっておきを明かしたりはしない。そのためローザも睡蓮の力のすべてを知っているわけではない。


「それは残念だ。私はお前のことは嫌いではなかった。しかし、裏切り者には死あるのみ」


 流れるように肉薄し振るわれた刀をローザは難なく受け止めた。多くの敵を屠ってきた一撃をいとも簡単に受け止められてしまったことに睡蓮が目を見開く。

 ローザは確かにどういう技術を使って睡蓮が攻撃を放ってくるのかわからない。だが、何年もともに任務をしてきたのだ、相手の癖も技量も把握している。なによりも、もっとも得意とする睡蓮の技術を長年見てきたのだ。対応策くらいいくらでもあった。


「一度だけ問おう――なぜ、ワハシュをヴァールトイフェルを裏切った?」


 息づかいが聞こえるほど近づいた距離で、胸ぐらを掴みローザが問う。


「なぜ? 本気で聞いていますの?」

「そうだ。本気だ。フレイムズは以前からワハシュに反抗していた。自由に魔術を使いたい、プファイルが邪魔だ、ただひとりの後継者になりたいと公言していたので聞くまでもないが、お前は違う」

「あはっ、あはははっ、あなたがわたくしにそれを聞きますの?」

「なに?」


 もう一度刀が振るわれ受けるが、距離を取られてしまう。

 剣を薙ぎ、邪魔な兵を切り捨てると、睡蓮と距離を縮めるべく地面を蹴る。しかし、敵意をむき出しにしていたはずの睡蓮が、再び距離をとる。

 睡蓮の行動を理解できないが、足を止める理由にはならない。一度でも切り伏せれば、問うべきことを問い、答えを得るだけだ。

 ローザもかつてはともにヴァールトイフェルの後継者として戦った睡蓮を殺したくはない。だが、裏切り者は裏切り者だ。厳しく律しなければ組織は成り立たない。ゆえに、ともに戦いときには助け合った仲間であっても殺す。


「わたくしはずっとあなたのことが羨ましいと思っていましたのよ。同じ女でありながら、強く高潔で誇り高く、後継者の中でも群を抜いた実力の持ち主でした。ですが、ローザ、あなたはワハシュの娘であることが当たり前だと言わんばかりに振る舞っていました。二言目には、我が父ワハシュと……ああっ、忌々しい!」

「なにが言いたい? まさか、私が父の威光を笠にきていたとでも言うつもりか?」

「その通りではなくて?」


 戦闘が始まってからずっと微笑を絶やさなかったローザから、表情が消えた。


「あなたがただひとりの後継者であったのなら、その傲慢な態度も許せました。しかし、そうではなりません。わたくしも同じ後継者であり、あなたよりも実力のあるプファイルがいます。だが、あなたの態度はさも自分が一番のような振る舞いでした。ゆえに、わたくしは思ったのです。ワハシュが退けば、この組織は崩壊すると」


 睡蓮が刀を横に振るうと、それだけで幾重もの水の刃が生み出される。


「わたくしがドルフ・エインについたのは組織を裏切りたかったのではありません。理由はひとつだけ、ローザ・ローエンを殺したかった。それだけです」


 そう告げると同時に、水の刃がローザに向かって放たれた。

 射線上にいるヴァールトイフェルや離反者たちを容易き両断しながら迫る刃は受け止めることなど不可能な一撃だ。

 水の形にとらわれない一面と、睡蓮の鍛え上げた斬撃を融合させた水刃は、鋼の体をもつ地属性の魔物ら両断できる。

 人間がその身に受ければ、待っているのは――死、のみ。


「なるほど、お前の言いたいことはよくわかった」


 しかし、ローザに睡蓮の一撃は届かなった。


「……な、ぜ」


 放たれた水刃がローザに近づいた刹那、蒸発し消えてしまったのだ。

 絶句する睡蓮の視線の先には全身から陽炎が発せられているローザの姿があった。


「そう、そうなのね、あなた――火属性魔術師だったのね!」


 ローザを何年も前から知っている睡蓮でさえ知らなかった、彼女の属性魔術。しかし、納得できない。睡蓮の水刃は高密度の炎を纏う魔物でさえ切り捨てることができる。だが、刃が届くことなく蒸発した。


「私は父ワハシュから魔術を使うことを禁じられていた。ひとつは、ヴァールトイフェルの戦闘者として魔術に頼らないため。もうひとつは、私の魔術は――あまりにも強すぎる」

「なにかしらの魔術を使えるとは知っていましたけど、まさか火属性魔術だったなんて――フレイムズが聞けば間違いなくショックで心臓が止まるでしょうね」

「止まってしまえばいい、殺す手間が省けていい。もっとも、プファイルと戦う選択肢を選んだことで、あいつには未来はない」


 ローザの手にする剣に炎が宿る。

 睡蓮の目には、剣にわずかな炎が宿ったようにしか見えない。だが、息苦しいほどの熱が襲い掛かってくるのを身をもって体験している。

 呼吸するだけで喉が焼かれてしまいそうになる。どれだけ魔力を込めて水を生み出しても、片っ端から蒸発していく。

 残されたのは接近戦による剣技だが、この熱量のでは近づくことさままならない。

 どうすれば勝てる、いや、違う。どうすれば死なずにすむのかを必死で考える。


「そして、お前もわたしと戦った以上、死んでもらう。さらばだ、睡蓮」


 ローザが炎を纏った剣を高く掲げる。だが、まだ睡蓮には対抗策すら思い浮かばない。

 なにもできず、ただ熱に怯えるだけの弱者になり下がった睡蓮は、ローザから放たれた紅き灼熱の炎の体を飲み込まれた。




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