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16.魔術師協会からの依頼2.



「わざわざあなたが依頼を届けにきてくださったんですか?」

「はい。少々厄介な件ですので、直接お話した方がよいかと思いまして」


 笑顔を絶やすことないデニスだが、声や表情にわずかな陰りを感じた。

 普段なら魔術師協会の依頼は教師経由で伝えられるのだが、教会員の彼が直接現れたことで急を要することがわかる。


「おい、私たちは席を外した方がいいのではないか?」

「いいえ、お気遣いはありがたいのですが、今回の一件は明日くらいには皆様にも知られてしまうはずなのでどうぞそのままで構いません」

「とりあえず座ってください」

「ありがとうございます」


 クリスタが椅子をひとつ用意すると、デニスが感謝を伝えて腰をおろす。

 そして、依頼内容を話しはじめた。


「ここ王都から東にアルウェイ公爵領があることはご存知だと思いますが、今回はアルウェイ公爵から直々の依頼です」

「アルウェイ公爵が?」

「未確認情報なのですが、アルウェイ公爵領に『竜種』が現れたらしいのです。それだけならよかったのですが、問題は――人を襲いました」


 ジャレッドを含め誰もが声を失った。


「竜種ってそんな、飛竜なんかの比じゃない強力な怪物じゃないか! まさかジャレッドにその怪物と戦えと言うんじゃないだろうな!?」

「そのまさかですヘリングさま。私たちはジャレッド・マーフィーさまに竜種の退治をお願いしたいのです」

「ふざけるな!」


 ラウレンツの怒声が響く。

 無理もない。竜種といえば、ドラゴンの下位種を指す。

 ウェザード王国の隣国であり同盟国でもあるウェルズ竜王国はドラゴンたちの国だ。正確に言うならば、ドラゴンたちが支配している土地をウェルズ竜王国と呼ぶ。

 ドラゴンが人間を襲うことは滅多にないが、竜種と呼ばれる下位種の存在は人間を襲う。だが、人間たちも竜種を襲うのでどちらが悪いとはいえない。

 竜種を襲う人間の多くは冒険者であるため、厄介だ。奴らは自由を主張することで国の言うことを聞きやしないのだ。だが、竜種も同じであり、知能は人間に劣っているため、餌がなくなると人里に現れて被害をだす。そのときはじめて騎士団や宮廷魔術師、もしくは今回のように魔術師協会から派遣された魔術師が戦わなければならない。

 ジャレッドが倒した飛竜は竜種に近い種だが、生息地が大陸中に存在するため分類上魔獣とされている。

 竜種も大陸の至る所にいるが、飛竜よりも体格は大きく、力も上だ。なによりも人間で言う魔術を使うのだから始末が悪い。


「落ち着いてくれ、ラウレンツ。デニスさん、一応聞いておきますけど、俺に断ることはできますか?」

「もちろん、できます。ですが、竜種を倒せる人間は少なく――いえ、騎士団を派遣すれば倒すことはできますが、まだどのような竜種かもわかっていないため、魔術師が向かったほうが早いのです。とはいえ、ただ魔術師が竜種を相手にしても返り討ちにあってしまいます」

「なるほど、だから我が友ジャレッドに白羽の矢を立てられたということか」

「はい。私たちもマーフィーさまを危険に晒したくはありません。同時に、竜種を倒したという功績は大きい。竜殺しなど滅多に行なわれません。現在の宮廷魔術師でさえ竜殺しを成した者はたったひとりだけです」


 つまり宮廷魔術師候補として手柄を立てろということだ。

 ジャレッドはあまり危機感を抱いていなかった。むしろ、今まで出会ったことがない竜種に興味があったのだ。

 戦ったことがある飛竜は、竜と名が付きながら飛んで火を吐くことしかできないただの獣だった。魔術師として一個人として肩透かしを食らったことを覚えている。

 だが、竜種は違う。下位種と呼ばれていても間違いなく竜なのだ。


「興味はあります」

「マーフィーくん!」


 責める声がクリスタから放たれる。彼女だけではなく、ラウレンツもラーズさえも不安を隠せていなかった。


「もちろん、魔術師協会もマーフィーさまおひとりに丸投げするつもりはありません。アルウェイ公爵と協会が協力して討伐部隊を現在進行系で準備しています。マーフィーさまには討伐部隊が間に合わない場合に備えての保険として先行してほしいのです」

「保険、先行、万が一とものは言いようだな。正直、私は不愉快だ。宮廷魔術師を動かせ」

「宮廷魔術師は動かせません。彼らは魔術師協会と協力関係にあっても、魔術師協会から命令はできません。彼らを動かすことができるのは王宮だけです」

「力を持つ者たちが権力に逆らえないとは……哀れだな」


 暴言ともとれるラーズの言葉を誰も否定しなかった。


「俺は依頼を引き受けようと思います」

「ジャレッド!」

「いや、だって、俺がいかないとアルウェイ公爵領の人たちが困るだろ?」

「それはそうだけどマーフィーくんがいかなくても……」


 不謹慎だが友人たちから心配されていることが凄く嬉しかった。

 心優しい彼らと友人になることができて本当によかった。


「ならば僕もいこう。いや、ついていく。もう決めた」

「ラウレンツ様っ!?」


 突然のラウレンツの決意に、ベルタが悲鳴をあげた。


「いやいや待て待て、ラウレンツが協会に依頼されたわけじゃないだろ!」

「なら、お前だって断ることができるのに、危険に赴こうとしているじゃないか!」

「それは……」

「もちろん、僕はジャレッドが心配だ。だが、それ以上に竜種に怯えている人々を守るために戦いたい。そうでなければなんのために魔術師を目指しているのかわからない!」


 ラウレンツらしい正義感にあふれる言葉だった。

 竜種という未知なる生物を相手にするのだ。危険な目に遭うのはひとりでいい。なによりもせっかく友人になれたラウレンツが傷つくかもしれないと思うと、不安でしかたがない。


「ジャレッド、お前がなんと言おうとついていくぞ。魔術師協会にとって僕は大したことのない魔術師なのかもしれないが、学園内ではトップクラスの魔術師だ。お荷物にならないと約束するし、もしなったら捨て置いて構わない」

「いえ、魔術師協会はべつにヘリングさまを蔑ろにしているわけではありませんが……」

「そんなことはどうでもいい! 僕が同行していいのか、駄目なのかどちらだ?」


 問われデニスは考えるように腕を組む。そして、


「私としては構いません。ですが、ヘリングさまにはご家族、とくにヘリング伯爵に当てた手紙を書いてください」

「手紙だと?」

「はい。あなたに万が一のことが起きた場合のためです。こういうことは言いたくありませんが、魔術師協会の依頼は危険がつきまといます。いえ、冒険者だろうと同じですが、そのために本人の同意書が必要なのです。とくにあなた方は未成年なので保護者の許可もいただきたい」


 魔術師協会に属するだけなら同意書は必要ない。だが、依頼を受けたいのなら必要だ。ジャレッドはすでに同意書を書いており、保護者である祖父も承諾している。つまり、依頼によってジャレッドが死ぬことになってもダウム男爵は遺恨を残さないということになる。

 魔術師協会はウェザード王国の組織であるため、国の貴族との揉め事は困るのだ。


「マーフィーさまには一時間後には出発していただきます。その前に、ヘリング伯爵に手紙をだしていただき、許可を得たら同行を認めましょう」

「わかった。クルト、頼めるか?」

「ですが……」

「心配してくれるのはありがたいが、頼む」

「……わかりました」


 渋々ながらクルトが返事をするとラウレンツは椅子から立ち上がる。


「父上に手紙を書く。一時間で返事をもらうようにするから、待っていてくれ」

「失礼します」


 そう言い残すとジャレッドの返事を聞かずに食堂の中に入っていく。彼のあとをベルタとクルトが慌てて追う。


「色々と考えているようなので猪突猛進とは言わないが、大変なことになってしまったな」

「頼むからお前までついてくるとか言うなよ?」

「言わんよ。友の助けになってやりたいが、生憎戦闘は苦手だ。さて、魔術師協会の人間よ、少し聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「ラウレンツはなぜ魔術師協会と学園から授業免除をされていない? 実力だけなら、ジャレッドに劣るだろうが、こやつは規格外なのでしかたがない。だが他に免除されている生徒と比べると、いささか疑問を覚える」


 ラーズの問いにデニスは大きく頷いた。


「そのことに関しましてはおっしゃる通りです。協会も学園もラウレンツ・ヘリングさまに授業の免除をし、実践経験を積んでもいただきたかった。しかし、家の方で反対されてしまいました」

「初耳だぞ。ラウレンツは知っているのか?」

「先ほどの反応を見ると知らないようですね」


 確かに知っていれば、わざわざ自分を卑下したようなことを言わなかっただろう。ジャレッドたちの知るラウレンツは前向きだから。


「お父上であるヘリング伯爵はご子息が魔術師としての経験を積む場を求めていましたので、こちらの提案には賛成でした。ですが、お母上が、そのなんといいますか、ご子息を心配しすぎる傾向があるといいますか、その、ご察しください」

「つまり過保護だと言うわけだな?」

「まあ、そういうことです」

「ってことは、ラウレンツくんのお父様は賛成で、お母様は反対。だとしたら今回は、賛成されるんじゃないの? だって、ラウレンツくん、お父様に手紙をだすんでしょう?」

「だろうな」


 おそらくデニスはわかっていて父親に手紙をだして了承を得るように言ったのだろう。確かに依頼を受けるなら家族の承諾が必要だ。

 魔術師協会としては、これを機にラウンレツに依頼を与えたいのだろう。


「以前からヘリング伯爵から依頼を受けさせたいと打診されていました。友人の危機のためにともに戦いたいとなれば、危険な依頼であっても断ることはないでしょう。まあ、そのあとでお母上がどうなるかまでは知りませんが……そこはもう家族の問題ということで」

「あんた、結構ひどいな。だけど、本当にいいのか? なにかあっても俺には責任がとれないぞ?」

「もちろん責任に関しては私が取ります。ヘリングさまはもちろん、マーフィーさまに万が一のことがあれば命をもって償わせていただきます」

「生命って……、協会の人間は生命をかけて魔術師育成に力を入れるって噂を聞いたことがあるけど、本当なんだな」


 やや呆れたようにジャレッドが呟くと、躊躇いなくデニスは肯定する。


「私たち魔術師協会は魔術師のための組織です。魔術師を守りたいと願っていますが、組織が守ることが本当の意味で魔術師を守ることにはなりません。ときには危険を伴うことでも経験させなければならないのです。その上で、魔術師は成長する。しかし、協会員だけ安全であることは許されません。ですから私たちも同じように生命をかけています。私たちはずっとそうしてきました」




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