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32.決戦2.




 黒ずくめの戦闘衣と顔を覆っている者たちは、ドルフについた暗殺者だろう。彼らが音もなく襲いかかってくると同時に、ジャレッドの背後から同じく黒ずくめのヴァールトイフェルの一員たちが現れる。


「想像以上に、事がはやく進んだようだな」

「だが、そのほうが私たちにとっても都合がいい。我が父を裏切ったドルフ・エインを殺す時間が早まったのは実にいいことだ」


 ヴァールトイフェルを率いて現れたプファイルと、ローザがジャレッドの隣に並ぶ。

 彼らも戦闘衣を身に着け、武装している。戦う意思が明確に表れていた。


「問題は、幹部五人に対しこっちが三人ってことだ」

「なんだ、不安かジャレッド・マーフィー?」

「黙れ、ローザ。俺は、ルザーを洗脳から解くために戦って捕縛したいだけだ。それ以外の奴らは、死んでも死ななくてもどうでもいい」


 ルザー以外はどうでもいいと切って捨てジャレッドに、一瞬驚いた顔をしたローザだがなにも言うことなく、剣を抜き構える。


「まさかこうして共闘するとは思いもしなかったが、お互いに死ぬなよ」

「そっちもな」


 ジャレッドはローザに笑みを浮かべ、彼女は頷いた。


「ジャレッド――この一件が片付いたらハンネさまがおやつをつくってくださるらしい。独り占めしたいが、お前にもくれてやろう」

「ば、馬鹿野郎、この場に旦那さんがいるんだから声を潜めろ!」


 聞かれていないかひやひやしながらうかがうが、公爵は剣を振るい襲いかかる敵を切り伏せていた。


「冗談はこのくらいにしておこう――くるぞ」

「おう」


 襲い掛かる暗殺者たちを、ひとりひとり倒しながらジャレッドたち三人はドルフに向かい進んでいく。

 ドルフを守ろうと彼の部下たちが壁となるが、ジャレッドたちの敵ではない。ジャレッドがナイフを振るい、プファイルが矢を射り、ローザが剣を薙ぎ、ひとりまたひとりと確実に敵を沈黙させていく。

 部下が倒れていく中でも、ドルフは笑みを変えることなく逃げることもしない。

 なによりも、彼のもつ戦力の中で群を抜いた五人がまだ現れていないことに、ジャレッドは疑問を覚えずにはいられなかった。


「やりますね、さすがジャレッド・マーフィーだ。私がもっともほしかった人材、プファイルを倒しただけはある」

「敵に褒められてもうれしくないね。じゃあ、覚悟はできたか?」

「まさか――第二陣よ、いけ」


 ドルフの声に身構えたジャレッドの目に、信じられないものが映る。彼の背後から、ノーランド伯爵家から現れたのは、伯爵家の私兵たちだった。


「馬鹿な! 敵対行為をするなと告げてあるはずだ!」


 後方からライナス・ノーランドが叫ぶ。


「もちろん、誰もが私の手伝いをしないとはっきりと拒絶しました。よい家臣をおもちですね、ノーランド伯爵。これで、妹君がもう少しでもまともであればこんなことになることはなかったでしょう」

「貴様っ!」

「あなたの家臣たちは、すべて私が操らせていただきまいた。彼らは皆、私の操り人形です」


 その証拠と言わんばかりに、ノーランド伯爵家の兵たちの顔には生気が宿っておらず、よだれをたらし、目の焦点もあっていない。

 まさにドルフの言う通り――物言わぬ操り人形と化していた。


「あなた方に、哀れな被害者を殺せますか?」

「この卑怯者めっ!」


 ライナスの叫びにドルフの笑みが深まった。しかし、


「我々ヴァールトイフェルに向かい、その程度の脅し文句が効くと思っているのなら、お前には失望したぞドルフ・エイン」


 ローザが剣を躊躇なく操られた騎士に振り下ろした。袈裟斬りにされた騎士が力なく地面へ崩れ、ライナスが悲鳴をあげる。


「やめろローザ! 罪のない人を殺すな!」

「殺してはいない。だが、阻むのであれば例え己の意志でなくとも切り捨てる。こいつらも自らの意思に反し、主に盾突くことは本意ではないはずだ。騎士であるならなおさらだ」


 反論することができない。

 騎士は主のために戦う。その主に剣を向けるなら死んだほうがマシだと思う騎士は多い。魔術師のジャレッドには到底理解できない考え方、それが騎士道だ。ローザの言葉通り、意に反してとはいえ主の命令とは逆のことをし、下手をすれば主さえ傷つけてしまうやもしれない。そんな状況を騎士が受け入れるはずがない。


「以前にも言ったはずだ、甘さは捨てろ、と」

「――わかった」

「ジャレッド殿! 頼む、家臣を殺さないでくれ!」

「ええ、殺しません。俺は俺のやり方で止めます」


 ライナスに頷いて見せると、彼は明らかに安堵の表情を浮かべる。対して、ローザは舌打ちをした。

 ジャレッドは魔力を高めていく。

 地属性の精霊たちに干渉し、力を借りていく。求めるものは、操られた騎士たちの動きを止めること。石化はできない。一度でも石化してしまうと、元に戻す方法をジャレッドは知らないからだ。ならば、身に着けている防具のみを石化して身動きできなくしてやればいい。いや、もっと根本的なはなしだ。

 地そのものを操り捕らえよう。

 ジャレッドの意志をくみ取った精霊たちが、地面に潜り込み力を使おうとする。

 詠唱もなにもいらない。ただ、合図をすればいい。それだけで、意思なき騎士たちの多くが戦闘不能となるはずだ。


「やらせないぜ、ジャレッド」


 しかし、ジャレッドの魔力がすべて精霊たちの捧げ終わる前に、大剣が風を切って飛んできた。

 跳躍して交わすと、同じ高さに笑みを浮かべたルザー・フィッシャーがいる。

 洗脳されていると知ってもなお、懐かしさを覚えることができるのは、洗脳時に彼が抵抗したからだ。


「ルザー!」

「よう、兄弟。ようやくだ、ようやくここでお前を殺してやる」

「ジャレッド! 今、向かう。まだまともに戦うな!」


 ルザーの登場にプファイルが救援に向かおうとこちらに声を放つが、彼が動くよりも早く深紅の炎が襲った。


「――っ」

「おいおい、この弓矢野郎。テメエの相手はこの俺だ。今日こそ、お前を殺して俺のほうが上だと証明してやる」

「フレイムズっ」


 赤髪の青年が、炎を纏いながらプファイルに襲い掛かる。プファイルは戦闘衣を焦がしながらも、一撃一撃を丁寧に避けていく。


「ヴァールトイフェルを裏切ったと思えば、ワハシュの教えさえ忘れたか。我ら戦闘者は魔術に頼るな――そう教わったはずだ」

「ばーか。それで死んだらどうするんだ。そもそも、テメェにはそんなことを言う資格がねえんだよ。ジャレッド・マーフィーに魔術なしで負けて、魔術使っても負けて、それで偉そうなことをいうじゃねえ」


 フレイムズから炎が吹き上がり、プファイルを飲み込む。


「ははははっ! これで俺が後継者の中では一番だ!」

「――哀れだな、フレイムズ」

「……まだ生きてるのかよ、しぶといな」


 炎の中から火傷こそしつつも平然としているプファイルが、障壁に包まれて歩き出す。

 一度だけジャレッドに視線を向けると、「俺はいいからそっちをなんとかしろ」と返事がきたので、言葉に従う。


「確かに私はジャレッドに敗北した。それは事実だ、認めよう。しかし、だからといって――私が貴様よりも弱くなったということにはならない」

「言うねぇ」

「場所を変えよう。お互いが本気をだすことのできる、邪魔の入らない場所で決着をつけよう」

「いつもワハシュワハシュと言いなりだったお前から、そんなお誘いがくるとは思っていなかったぜ。いいぜ、いいぜ、やってる。そして、お前を灰にしたら、次はローザだ」


 フレイムズが跳躍すると、プファイルが追う。ジャレッドは二人の背を一瞥すると、笑顔のまま攻撃をしかけてくることなく様子をみているルザーに向き直る。


「さて、やろうぜ兄弟」

「待っていてくれたのか?」

「もちろんだ。仲間が気になって力を出せませんでした、じゃあ俺が納得できない。ミア」

「はい」


 ルザーの背後から白ずくめの少女ミアが現れる。彼女の腕には大剣が抱えられていた。ミアから大剣を受け取りジャレッドに切っ先を向けると、


「兄貴としての優しさだ――許しを請え」


 ジャレッドの知るやさしさが宿る笑みを浮かべたまま、そんなことを言われ胸が痛くなる。

 洗脳されているとわかっていても、こうも恨まれていることが辛い。たとえ、それが偽りの記憶と感情であったとしても、恨みを向けられること耐えがたい苦痛だった。

 彼の背後ではミアも泣き出しそうな顔をして、ルザーの背を見つめている。


「許しを請うつもりはない。ただ、ルザーが生きていてくれてよかった。そして、かつて俺を助けてくれたように、今度は俺がルザーを助ける番だ」

「なら、もういい。いくぞ、ジャレッド!」


 大剣を構え、雷を纏うルザーに向けて、ジャレッドは限界まで高めた魔力を解き放った。




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