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31.決戦1.




 ノーランド伯爵家は王都の貴族地区にあった。領地をもっているが、ほとんど代官に任せており、一族は王都で暮らしている。ノーランド伯爵となった、コルネリアの兄ライナスなどは騎士団に所属していた経験もあり、そのときからアルウェイ公爵とは知己である。もともと父親同士が親しかったことも理由のひとつだ。


 だが、そんなノーランド伯爵家とアルウェイ公爵家の仲はコルネリア・アルウェイによって壊れかけようとしていた。

 彼女が長きにわたりアルウェイ公爵家の正室ハンネローネ・アルウェイの命を狙い、その立場を取って代わろうと企んでいたのが露見してしまったのだ。他ならぬ彼女の娘の手によって。


 コルネリアの娘エミーリアは、母に加担しかけたものの父とジャレッド・マーフィーに母の所業を伝え、力を貸したことで一応は許されることとなる。息子であるトビアスは長男でありながら家督を継げない状況に甘んじているようにも思えたが、もとから野心などなく、彼自身が母のしたことを知り後継者にならないと父に伝えた。

 これにより、コルネリアの目的だった、自らが正室となり息子に家督を継がせることが不可能となる。だが、コルネリア自身は、すべてが露見するまえに実家に逃げ込んでいたため息子の動きまで知ることができていない。


 その結果、彼女はヴァールトイフェルを離反したドルフ・エインたちを雇い、再びハンネローネを狙おうとした。だが、プファイルとローザ・ローエンのおかげで事前に知ることができたジャレッドは公爵にすべてを伝え、彼が本腰を入れてコルネリアの捕縛へ踏み切るきっかけを作ったのだ。


 そして――ジャレッド・マーフィーは、ノーランド伯爵家を前に戦闘衣を身に着けていつでも戦える準備を終えていた。

 魔力は万全だ。心配だった屋敷も、師匠アルメイダと竜少女璃桜が守ってくれている。もし、屋敷を襲えば襲撃者のほうが五体満足では済まないだろう。ゆえに、安心してコルネリアの捕縛、そして恩人であり行方を捜し続けていたルザー・フィッシャーの洗脳を解くために、まずとらえることに集中できる。


 集められた兵は少なく、自ら指揮をとる公爵を筆頭に、公爵家の私兵である騎士たちが二十人ほど。中には騎士に疎いジャレッドでも名を知る者もおり、少数精鋭であることは一目瞭然だった。

 すでに騎士たちと挨拶を交わしており、「婿殿」とオリヴィエの婚約者であることから言われ、期待されたのは嬉しいことだ。騎士は魔術師の折り合いが悪い場合があるので、オリヴィエの婚約者であるとはいえ不安があっただけに、受け入れられたのはありがたい。


 ここにはいないプファイルとローザ、そしてヴァールトイフェルの戦闘者たちもすでに配置についている。離反者たちはヴァールトイフェルに任せ、ノーランド伯爵家の私兵も公爵家の私兵が受け持つ予定だ。

 ジャレッドはルザーをはじめとする離反者たちの幹部連中と戦うことだけを考えればいい。

 武装し、鎧に身を包んだ公爵は、自らコルネリアを捕縛することを決めている。

 あとはノーランド伯爵に送った使者からの返答を待ち次第、戦いが始まる。


 王宮からは事を大きくすることなく解決せよ――そう命じられていると聞く。王都守護を役割とするアルウェイ公爵家にとって、側室が問題を起こした挙句、暗殺組織の離反者たちと手を組んだという事実は好ましくない。どちらにせよ秘密裏に処理するつもりだったのだろう。


「使者が――いや、当主本人がきたようだな」


 公爵の言葉通り、伯爵家から武装していない男性が両手を挙げて歩いてくる。彼がコルネリアの兄ライナス・ノーランドなのだろう。

 騎士のひとりが暗器を隠しもっていないか確認し、公爵の前に通された。


「ノーランド伯爵家当主ライナス・ノーランド。直接お返事をしたく参上しました」

「聞こう」


 膝をつき、首を垂れたライナスははっきりと告げた。


「ノーランド伯爵家はアルウェイ公爵家と争うつもりは皆目ございません。コルネリアのしでかしたことの重大さは身にしてわかっております。しかしながら、どれだけ説得しても妹は話を聞こうとしませんでした。せっかくハーラルト様に猶予をいただいたというのに、まことに申し訳なく思っております」

「君の誠意は伝わっている。悪いのはコルネリアだ――と言ってやりたいのだが、君に問いたい」

「なんなりと」

「コルネリアが新たに暗殺者を雇ったことは知っているか?」

「――そんな、ばかな。冒険者ギルドと魔術師協会はコルネリアの依頼を受けないようになっていると聞き及んでいましたが、まさか」


 驚きをあらわにするライナスを見て、ジャレッドは演技ではないと判断する。間違いなく知らなかったのだろう、呼吸が荒く冷や汗を流している。もし、これが演技であるならば、貴族をやめて役者になったほうがいい。


「いえ、以前ハンネローネ様に無礼を働いた際にヴァールトイフェルを使ったことは知っていましたが、軟禁しているコルネリアに接触をとることができたとは……」

「見張りつけていたのかな?」

「もちろんです。今も、三人の騎士を見張りにつけています」

「ジャレッド」

「はい」


 突如名を呼ばれて、驚くも返事をする。


「ドルフ・エインという離反者たちがどこにいるかわかっていない以上、たった三人の見張りでコルネリアはどうなると思う?」

「見張りについている騎士の実力がわからないのでなんとも言えませんが、現状を知り脱出しようと思えば可能だと思います」

「ライナス・ノーランド伯爵。君が私と敵対するつもりがないのであれば、コルネリアの捕縛に反対はないね?」

「もちろんです!」

「ならばいこう。逃げられる可能性があるのなら、それよりも早く捕縛したい」


 公爵の声に、騎士たちが動きをそろえる。

 ジャレッドは、屋敷の中までついていくつもりはない。屋敷の外で、妨害してくるであろうルザーたちを迎え撃つ。

 すでに公爵には伝えており、承諾を得ている。公爵からしても、ヴァールトイフェルを離反したとはいえ、後継者とされる人物や同等の実力者が五人いることを忌々しく思っていたようだ。だが、その五人をジャレッドやここにはいないプファイルたちが引き受けてくれるのならば、コルネリアの捕縛も楽になる。


「ノーランド伯爵家の人間が抵抗しないとはいえ、どこに暗殺組織の人間が紛れ込んでいるかわからない! 抵抗されれば可能なら捕縛し、無理であれば切り捨てよ」


 ――おおっ! と騎士たちが剣を掲げて返事をすると、伯爵家に向かう。


 と、同時に、


「残念ながら、簡単に依頼人は渡せません」


 湧きでたように騎士たちを阻むがごとく現れた眼鏡をかけた男性が、蛇のような笑みを浮かべて両腕を広げた。

 騎士たちの動きが止まる。


「貴様がドルフ・エインだな」

「ハーラルト・アルウェイ公爵様に名を覚えていただけるとは恐悦至極です。できることならあなたに雇っていただきたかったのですが、コルネリア様が依頼人である以上あの方をお守りするのが私たちの役目です。ゆえに――戦いましょう」

「いいだろう。貴様たちをすべて倒し、コルネリアを捕縛しよう。抵抗するならば切り捨てるだけだ」

「あぁ、恐ろしい。ですが、私はもっと恐ろしいですよ」


 にぃ、と唇を吊り上げたドルフが指を鳴らすと、どこかに隠れていたのか彼の配下たちがいっせいに襲いかかってきた。




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