29.真相3.
ミアと名乗った白ずくめの少女に警戒しながら、構だけは解いた。そうしなければ、彼女からルザーの情報を聞き出すことができないと判断したのだ。
「ちょうどいい、俺は君に聞きたいことがあったんだ。この間の言葉――俺の声がルザーに届かないってどういう意味だ?」
「そのままの意味です。今日は、そのことであなたにお願いがあってきました」
「お願い?」
「どうか、ルザーを助けてください」
言葉と同時に深々と頭をさげるミアにジャレッドが驚いたのは言うまでもない。
ルザーをなにから助ければいいのかすらわからず、ミアの言葉の続きを待つが、彼女はさげた頭を上げる気配がない。
「とりあえず、頭をあげてくれ。話が理解できない。ルザーをなにから救えっていうんだ?」
ゆっくり頭をあげたミアが、泣きそうな顔をして言い放った台詞に、
「洗脳です」
「――っ」
ジャレッドが絶句する。
「ルザーはあなたと施設を脱出するも捕まってしまいました。そこで、以前からドルフ・エインに目をつけられていたこともあり、洗脳魔術を施されてしまったのです」
「馬鹿な、洗脳魔術なんて……そんなものが実現していたのはもう何百年前の時代だぞ?」
加えていうのであれば、魔術が黄金期を迎えていた時代であっても洗脳魔術だけは忌避されていた。良識のない悪意に満ちた魔術師が、奴隷や戦うだけの兵を作り上げるためだけに開発された魔術こそが洗脳魔術だ。人格を崩壊させて都合よく再構築するとまでいわれていた洗脳魔術は、当時であっても使い手は少なく、難易度が非常に高い魔術でもある。
それを現代の魔術師が使うことができるとは到底思えない。そもそも、洗脳魔術そのものが失われている現代で、どう再現できるというのだ。
「ヴァールトイフェルの長ワハシュは魔術が盛んだった時代から生きていると聞いています。あの方の所有する文献には失われた魔術も多く、ドルフは側近だった立場を利用して盗みみたようです。しかし、魔術師として才能に恵まれていないあの男には洗脳魔術など使いこなせることができませんでした」
「だろうな」
たとえ文献があったとしても、一朝一夕で使うことができるほど古代魔術は簡単ではない。当時の魔術師たちは、資質、魔力ともに現代の魔術師をはるかに上回っていたらしいため、たとえ手段がわかっていたとしても現代では再現不可能な魔術は多い。
ドルフ・エインがどれほどの魔術師なのか不明ではあるが、洗脳魔術を使いこなせないと聞いて十分に納得できた。むしろ、使いこなせていていると言われていればミアの言葉を信憑性がないとすべて疑い切り捨てていただろう。
「しかし、あの男は不完全な洗脳魔術をルザーにかけてしまったのです。完全ではない魔術を補うために、あなたへの恨みを植えつけ復讐することを目的とした道具にしようとしました」
聞いているだけで怒りが込みあがってくる。
「ですがルザーの精神力は強く、抵抗したことにより雷属性の魔術に目覚めたこともあり――結果、ジャレッド・マーフィーを理由なく恨み、憎み、復讐を果たすためにドルフ・エインに従うという形になってしまったのです」
「これでドルフ・エインを許せない理由がひとつ増えたよ。それで、君は相棒といったけど、役割があるんだろう?」
「はい。私の役割は――ルザーにかけられた洗脳魔術を維持するための媒体です」
気づけばジャレッドは少女に肉薄し、片手で首を締めあげていた。
殺しこそしなかったが、このまま続けていればいずれ少女は死に至る。それでも構わないと思う。この少女さえいなければルザーの魔術が解けると判断したからだ。
「私が、ルザーの、そば、で、魔力を与えること、で……不完全な、洗脳、魔術が、維持、されて、いま、す」
「だからこの場で殺してやる。俺の恩人を、兄を洗脳しやがって」
怒りに任せて首をへし折ろうとすると、
「私が、死んで、洗脳が、解けるな、ら、喜んで、死に、ます」
命乞いをするのではなく、ルザーのためになら死ねると言った少女の言葉と流した涙に手を緩める。
地面に膝をつき、大きく咳き込む少女が落ち着くのを待ってから、冷たい声で先を促す。
「続けろ」
「はい。もし私が洗脳を維持するための役割を拒絶すれば、間違いなく処分されてしまうでしょう。ですが、それは怖くありません。ルザーのためなら、喜んでこの命を差しだします。しかし、それができない理由がるのです」
「どんな理由だ?」
「あの男はルザーに不完全な洗脳魔術を施す際に、半ば無理やり行いました。そのせいで、私が定期的に魔力の乱れを抑え、外部から魔力を注がなければ維持できません。同時に、その維持をやめてしまえば不完全な洗脳魔術がルザーにどのような効果を促すのかもわからないのです」
「だから君は現状を維持することだけをしているのか?」
少女は力なく首肯する。
しかし、わからないこともある。このようにお手上げな状態で助けを求められても、自分に何ができるのかわからない。
その答えを知るべく、ミアに問う。
「俺になにを求めるんだ?」
「ルザーを助けるために力を貸してください」
「それはわかった。そのために俺はなにをすればいい?」
「――ドルフ・エインを殺してください」
「わかった。俺がドルフ・エインを殺す」
即答したジャレッドに、ミアが目を見開いて驚きをあらわにした。
そして、期待が込められた震える声で、
「いいのですか?」
縋るように問いかけてくるので、首肯し応じる。
「もちろんだ。ルザーを道具のように利用するだけでも許せないのに、よりにもよって俺への復讐心や憎しみを植えつけるなんて――絶対に許すことはできない」
「だけど、人を殺すんですよ?」
「自慢できることじゃないけど、殺しをしたことがないとは言わない。約束する。俺は必ずルザーを救う」
「ありがとう、ございます」
きっと今まで誰にも打ち明けることができず、ひとりで抱え込んでいたのだろう。
ルザーを救いたいと願った少女は、ジャレッドの協力を取り付けることができ、心が緩んだのか嗚咽をこぼしはじめた。
ミアのおかげで、ジャレッドは自分のするべきことがわかった。
間違いなくルザーは目の前に、かつてない強敵として現れるだろう。だが、殺さず倒す。そして、ドルフ・エインを倒し、ルザーの洗脳を解く。それがジャレッド・マーフィーの義務だ。
「最後にひとつだけ、教えてくれ。君はどうして、そうまでしてルザーを救いたいんだ?」
もっともわからなかったのは、ミアの行動理由だ。一年ほど行動をともにしたことで情が沸いたのか、それとも単に罪悪感からか。
「ルザーは名前すらもっていなかった私にミアという名前をくれました。いつもそばにいる私を守ってくれた大切な人です。私は、ルザーを心から愛しているのです。だから、ルザーを救ってあげたいのです」
「そっか、なら救おう。俺たちの手で」
頷くミアに手を差し伸ばし、ジャレッドは立ち上がらせる。一度はミアに怒りを抱いたが、彼女も自分と同じくルザーを心から案じていることがわかった以上、大切な協力者だ。
真相を知ることができたジャレッドは、きたるべき戦いに備え覚悟を新たにするのだった。