28.真相2.
公爵家をあとにしたジャレッドの前にプファイルが現れた。
「よう」
「公爵と話はついたか?」
「ああ。公爵の準備が整い次第、コルネリア・アルウェイをノーランド伯爵家から引きずりだして捕縛する」
「つまり、そこでドルフ・エインたちとも決着をつけると考えていいんだな?」
「もちろんだ。早ければ明日にも公爵の準備が整う。ドルフ・エインが面倒なことを起こす前に、コルネリア・アルウェイが二度とハンネローネさまとオリヴィエさまに手出しできないように、すべて終わらせよう」
できることならいますぐ方を付けたいとさえ思うが、気がはやっている状態で戦ってもいいことはない。公爵に準備が必要なように、ジャレッドにも心を落ち着ける時間は必要だった。
ルザーと戦うことを考えると、不安がつきまとう。
雷属性の魔術への対処もそうだが、ジャレッドが自分で想像した通りにルザーと戦えるかという心配もある。
つき合いこそ短かったが、彼はジャレッドにとって恩人であり、兄である。できることなら戦いたくないというのが嘘偽りない本音だった。しかし、どのような理由からかわからないが、ジャレッドに対し恨みを抱いている以上、戦いは避けられないとも理解できていた。
願わくは、彼の誤解を解くことができれば――と思わずにはいられない。
「大丈夫か?」
「どうしたんだよ、急に?」
まるで胸の内を読まれてしまったのではないかと平然を装うも、内心の不安は隠せない。
「私には友がいないので、友と戦ったことはない。しかし、もし私に友がいて友と戦うことになったとするならば――おそらく辛いだろう」
「……ていうか、友達いないっていうけど、俺たち友達じゃなかったのかよ」
「……私とジャレッドは友だったのか?」
心底驚いた顔をするプファイルにジャレッドが笑う。
「出会いは最低だったけど、お前は何度も助けてくれた。まあ、親友というほど信頼はしていないけど、友達くらいには思ってるんだぜ」
「正直意外だった。てっきりお前は私を許していないかと思っていた」
「オリヴィエさまとハンネローネさまを狙ったことに関しては許していないし、きっと生涯許さない。だけど、本人たちがもう気にしていないんだから、俺がとやかく言うことでもないだろう」
「……変な男だ」
「お前には負けるよ。ヴァールトイフェルの人間のくせに、俺に味方して、挙句の果てには一緒に暮らしているじゃないか」
出ていけとも思うわけではないが、他ならぬプファイルが屋敷から出ていこうとしないことが気になっていた。ヴァールトイフェルから任務があればそのうちいなくなると思っていたが、こうして今も屋敷に残っている。
プファイルが屋敷にいることで、ジャレッドがオリヴィエたちのそばに常にいる必要がない。彼が屋敷に住まう人たちを守ってくれることはわかっている。そのくらいの信用はしているのだ。
暗殺組織の人間と聞けば、どれだけ非情で冷酷な人間かと思えば――ジャレッドの知るプファイルという少年は、義理堅く情に厚い。
日中はハンネローネと一緒にイェニーとトレーネを含めて花壇の手入れを日課とし、ときには焼き菓子まで一緒に焼くこともあるそうだ。
ハンネローネのことを「ハンネさま」と呼ぶプファイルは、彼女のことを母親のように慕っているのだと言われずともわかる。だからこそ、彼が屋敷にいることも、彼女たちを守ってくれるであろうことも信じている。
「それもそうだな。どうやら私はお前と戦ったことで、どこか変わったらしい。それがいいことなのか、悪いことなのかまでは不明だが――今の自分のことは嫌いではない」
「じゃあいいことだろ。それでいいんじゃないかな」
「かもしれない。いずれ、はっきりとわかればいいと思う」
プファイルも自身の変化に思うことはあるようだった。出会ったときは感情が希薄に思えたが、今なら表にださないだけで人並みの感情をもっていることもわかる。
打ち解けた証拠だとジャレッドは思っていた。
「私はこれからローザのもとへ向かおう。話をし、部下たちにも準備をさせる」
「間違いなく、ドルフはルザーたちだけじゃなくて総動員してくるはずだ。俺ならそうする」
「私も同感だ。ここで負ければ、奴らはなにもないし遂げることができぬまま終わる。間違いなく戦力をすべて投下してくだろう」
「だから部下を使うのか?」
「そうだ。幹部を潰せばドルフ・エインは終わりだが、元ヴァールトイフェルの一員も甘く見ることはできない。彼らも訓練を積んだ人間たちだ。公爵がどれだけ抱えている兵を動かすことができるかわからないが、元ヴァールトイフェルにはヴァールトイフェルをぶつけるほうが早く、被害も最小限となる」
ジャレッドはプファイルの意見に賛成する。
できることならアルウェイ公爵家の兵が傷つくことは避けたい。もちろん、ヴァールトイフェルの一員たちがどうなっても構わないというつもりはないが、アルウェイ公爵家もノーランド伯爵家もヴァールトイフェルに巻き込まれたと言っても過言ではないのだ。ならば、戦うべき者が戦ったほうがいい。
できることなら誰も傷ついてほしくないと思うのはきっと甘いのだろう。
「では、私はローザのもとへいこう。今日はおそらく戻らない。トレーネに食事の支度はしなくていいと伝えておいてくれ」
「わかったよ。じゃあ、またな」
伝えるべきことを伝えたプファイルは音もなくジャレッドの前から消えていく。
ひとりになったジャレッドはオリヴィエに報告するために帰路につくことにした。きっと今ごろ屋敷で心配してくれているはずだ。
「ようやくひとりになってくれましたね、ジャレッドさん」
声をかけられとっさに身構えた。
眼前にはルザーと一緒にいた白ずくめの少女が立っている。
「……いつの間に」
いくらプファイルと会話していたとはいえ、こうも簡単に接近を許してしまうとは思っていなかった。ジャレッドが甘いのではなく、彼女のほうが気配を消すことに長けているのだ。その証拠に、プファイルも気づくことなくこの場から去っている。
もし、少女にジャレッドを殺すつもりがあれば、今ごろ命の危機に瀕していたかもしれない。そう思うと背筋に冷たいものが流れた。
「どういう理由で現れたのか知らないけど、お前たちを探していたんだ」
「ええ、存じています。ですが、戦うつもりはありません。話があってきました」
まだ幼さを残す少女は戦闘態勢をとるジャレッドに怯えることなく淡々としていた。
「まずは自己紹介をさせてください。私の名前はミア。今のルザーの相棒です」